響子の隊はオフロード車両二台に響子を含めた八人の部隊規模にも及ばない小集団だったが、全員が相当な手練であると思わせる雰囲気を纏っていた。
「真由美さん、残念ですけど……全員は乗れません」
一人一人の兵士が放つ歴戦の雰囲気に圧倒されていた真由美に、響子が申し訳なさそうな表情で告げた。
「えっ、いえ、最初から徒歩で避難するつもりでしたから……」
「そうですか。しかしそれでは余り長距離は進めません。何処へ避難しますか?」
克人ではなく真由美に話しかけたのは彼女が顔見知りだったからだろうが、真由美としては克人と相談して欲しいところだった。
「保土ヶ谷の部隊は野毛山を本陣とし、小隊単位でゲリラの掃討に当たっています。山下埠頭の敵偽装艦に今のところ動きは見られませんが、直に機動部隊を上陸させてくるでしょう。そうなれば海岸地域は戦火の真っ只中に置かれる事になりますから、やはり内陸へ避難した方がいいでしょうね」
「えっと……予定通り駅のシェルターに避難した方が良いと思うんだけど」
「そうだな。それが良いだろう」
迷いが拭えない口調で問うた真由美に、克人は即座に頷き答えた。
「では前と後ろを車で固めますからついてきてください。ゆっくりと走りますから大丈夫ですよ」
「藤林少尉」
「何でしょうか?」
片方の車両に向かう響子を、克人は背後から呼び止める。まるでそれを予期していたかの如く、響子は全くのタイムラグ無しで振り返った。
「まことに勝手ではありますが車を一台貸していただけませんか」
「何処へ行かれるのですか?」
今は別行動が許される状況ではないのだが、響子は克人の願いを頭から断ったりせずに、何に使うのかその理由を訊ねた。
「魔法協会支部へ。私は、代理とはいえ師族会議の一員として、魔法協会の職員に対する責任を果たさなければならない」
「分かりました。楯岡軍曹、音羽伍長。十文字さんを魔法協会関東支部まで護衛なさい」
克人の使命ある者の覚悟が篭った声に対する響子の答えは、実にあっさりしたものだった。かえって克人の方が戸惑いを隠せぬ中、二人の部下を指名し車両を一台貸し与えた。
「さぁ行きましょう。無駄に出来る時間はありませんよ」
もう一台の車に乗り込み、荷台に立って真由美たちへ呼び掛けたのだった。
響子の部下に先導されて地下シェルターが設置されている駅前広場にたどり着いた真由美たち一行は、その惨状に言葉を失った。
広場が大きく陥没しており、その上を闊歩する巨大な金属塊。
「直立戦車……いったい何処から……」
「このっ!」
「花音『地雷原』はまずいよ!」
茫然自失から回復した直後、一瞬で沸騰した花音が魔法を発動しようとするが、五十里が腕を掴んでそれを押し止める。
地下が如何いう状況なのか分からないのだ、この状況で地面を振動させる魔法は惨劇を拡大する可能性が高い。
「そんなもの使わないわよ!」
五十里の制止を振り切って魔法を発動させようとした花音が見たのは、穴だらけになって白く凍り付いていた金属塊だった。
「あっ……」
「真由美さんも深雪さんもさすがね。手を出す暇もなかったわ」
「……地下道を行ったみんなは大丈夫みたいです。誰かが生き埋めになっている形跡はありません」
「そうですか。吉田家の方がそう仰るなら確かでしょうね。ご苦労様です」
「いえ、大した事では」
真由美と深雪を賞賛し、目を閉じたまま地下を探っていた幹比古を労う響子。真由美は少し照れながら、深雪は微かな笑みを浮かべて一礼をし、幹比古は少し早口で答える。
「それで、これから如何するんですか?」
少し挑戦的な口調でエリカが訊ねたのだが、響子はその口調に全く動じたところが無かった。やはり大人の余裕というものなのだろう。
「こんなところまで直立戦車が入り込んできているのですから状態は思ったより急展開しているようですね。私としては野毛山の陣内に避難する事をお勧めしますが」
「しかしそれでは敵軍の攻撃目標になるのではありませんか?」
「摩利、今攻めて来ている相手は戦闘員と非戦闘員の区別なんてつけてないわ。軍と別行動したって危険は少しも減らない……むしろ危ないと思うわ」
「では七草先輩は野毛山に向かうべきだと?」
摩利が唱えた原則論を真由美がやんわりと否定し、こんどは当然とも思える五十里の問い掛けにも、真由美は首を横に振った。
「私は逃げ遅れた市民の為に輸送ヘリを呼ぶつもりです。まずあの残骸を片付けて発着場所を確保し、ここでヘリの到着を待ちたいと思います。摩利、貴女はみんなを連れて響子さんについていって」
「何を言う!? お前一人でここに残るつもりか!?」
「これは十師族に名を連ねる者としての義務なのよ、摩利。私たちは十師族の名の下で様々な便宜を享受している。私たち十師族は時として法の束縛すら受けずに自由に振舞う事を許されているわ。その特権の対価として、私はこういう時に自分の力を役立てなきゃならない」
「――でしたら私もこの場に残ります」
真由美の言葉に込められた決意に呑まれてしまった摩利に代わって、愛梨がそう応えた。
「私も師補十八家の一員として政府から色々な便宜を受けていますから」
「僕も数字を持つ百家の一員として残ります」
「啓が残るなら私も! 私だって百家の一員よ」
「じゃあアタシもだね。これでも一応千葉の娘だから」
「私たちも百家の一員としての責務を果たします」
師補十八家、百家の面々が残ると表明し、残りのメンバーも残ると言い出した。雫にいたっては会社のヘリを飛ばすように父親に連絡するとまで言い出した。
「それにしても……みんなバカね」
演技ではなく本気で嘆かわしいとため息を吐いた真由美は、その美貌を諦めに染めて響子に向き直った。
「お聞きの通りです。本当にウチの子たちは聞き分けが悪くて……せっかくのご好意を申し訳ありません」
「頼もしいですね。それでは部下を置いていきますので」
「いえ、それには及びません」
深々と頭を下げた真由美とその後ろで決まり悪げに目を逸らしている集団を見て、表情だけは真面目なままで響子は面白がっていた。
そしてそんな響子の背後から一人の男性の声が聞こえてきた。
「警部さん」
「和兄貴!?」
同じ人物を指す異なる呼びかけ。千葉警部は自分を「警部さん」と呼んだ響子に身体を向けた。
「軍の仕事は外敵を排除する事であり、市民の保護は警察の仕事です。我々がここに残ります。藤林さん……っと、藤林少尉は本隊と合流してください」
「了解しました。千葉警部、後はよろしくお願いします」
タイミングが良すぎる登場とリハーサルしてきたようなセリフには何も触れずに、響子はピシッと敬礼して颯爽と去っていった。
「う~ん……良い女だねぇ」
「あ、無理無理。和兄貴の手に負える女性じゃないって」
しみじみとつぶやいた独り言に妹から容赦の無いツッコミを受け、千葉警部は苦々しげに表情を歪めたのだった。
改変し放題ですが、ちゃんと軸は残していきたいと思ってます。