劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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今日は何の振り替えなんだろう……


ムーバルスーツ

 駅前広場の片隅では、千葉兄妹の心温まる……とはいえ言えない団欒が繰り広げられていた。何故片隅なのかというと、直立戦車の残骸を片付け、引きずり出したパイロットを尋問し、ヘリが着陸出来るように路面を整える作業に、エリカも寿和も向いていなかったからだ。エリカは兎も角、現役警部の寿和が「尋問に向いていない」のは如何かと思うが……兎に角そういう訳で二人はあぶれてしまったのだ。

 エリカは役立たず扱いされ不貞腐れているが、寿和は特に気にした様子も無い。ちなみにエリカは役立たず扱いはされてなく、されたのは寿和一人で、役立たず扱いをしたのは部下の稲垣だ。

 

「……で? 何で和兄貴がここにいるわけ?」

 

「何でとは心外だな。心優しい兄が、愛する妹の手助けをしたいと思ったとしても、何の不思議もないだろ?」

 

「心優しい!? どの面下げてそんな空々しいセリフを」

 

「こらこらエリカ。女の子が「どのツラ」なんて下品な言葉を使っちゃいけないよ」

 

「アンタが! 今更! このアタシに! お嬢様らしく振舞えなんて言えた義理!?」

 

「やれやれ、哀しいなぁ……俺はこんなに妹の事を愛しているのに」

 

 

 さすがに白々しさが極まったのか、激していたエリカの感情がスッと冷却された。一転して冷ややかな眼を向けてくる妹に、寿和はつまらなそうにため息を吐いた。

 

「手助けに来た、というのは本当だ」

 

 

 シラけた顔と投げやりな口調でそう告げて、その言葉を鼻で笑った妹に寿和は意地の悪い笑みを向けた。

 

「そんな態度で良いのか、エリカ」

 

「何よ」

 

 

 エリカが少し怯んだ表情を見せた。相手が絶対的な強者であった子供の頃――今よりもずっと小さかった子供の頃の苦手意識はそう簡単に拭い去れるものではない。

 

「俺はお前に良い物を持ってきてやったんだぞ?」

 

「良い物? いらないわよ別に」

 

「そう言うな。今日のお前には必要なものだ」

 

 

 寿和はもたれ掛かっていたワゴン車から緩やかなカーブを描く長大な得物を取り出した。そのシルエットを見て、エリカが目を見張り絶句する。

 

「大蛇丸? 何故ここに……」

 

「何故? 愚問だぞエリカ。大蛇丸は『山津波』を生み出す為の刀で、『山津波』を使えるのはお前だけだ。親父にも修次にも『山津波』は使えない。型をなぞる事は出来ても『使える』と言えるのはお前一人。故に大蛇丸はお前の為の刀だ」

 

 

 差し出された大太刀を受け取るエリカの手は震えていた。身体ごとよろめきそうになる重量をしっかりと握り締める事で、漸くその震えは止まった。

 千葉家が作り出した最強の武具。雷丸と共に刀剣型武装デバイスの最高傑作と千葉家が自負する秘密兵器。例えほんの一時の事であったとしても、この刀を自由に振るう事が許されるとはエリカは思ってなかったのだ。

 

「嬉しそうだな」

 

 

 兄の声にハッと顔を上げる。兄に抱いている反発心を忘れるほど、エリカは大蛇丸に心を奪われていた。何故ならこの刀は――

 

「自分の分身たる愛刀を手にしてそれほど嬉しかったか、エリカ? フッ……やはりな。親父が如何思おうと、修次が何を考えていようと、エリカ……お前は千葉の娘だよ」

 

「……フン! 今回は礼を言っとくわ」

 

「だから女の子がそんな下品な……」

 

 

 寿和のセリフを最後まで聞かずに、エリカはクルリと背中を向けた。大蛇丸を手にスタスタと遠ざかっていくエリカ。妹の分かりやすい態度に、寿和は楽しそうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縛り上げられたパイロット二人は、顔に軽い凍傷を負っている以外は特に怪我は無かった。その内片方を稲垣が、片方を摩利が訊問している。

 

「どう?」

 

 

 真由美は摩利の方へ近寄って簡単に状況を訊ねた。

 

「ダンマリだ。こんな事と分かっていたら、もう少し強い香水を持ってきたんだがな……」

 

「仕方ないわよ。薬物を使わない、が今日関本君から話を聞く時の条件だったんだもの」

 

 

 思うように成果が上がらない事に少し苛立っている摩利を、真由美は苦笑いを浮かべながら宥める。対人戦闘のスペシャリストと自他共に認める摩利は、魔法や刀剣だけではなく、小型銃器、更には化学兵器の扱いにも長けている。

 気流を操作して揮発性の薬物を敵だけに経鼻投与するのも得意技の一つ。向精神作用のある香水を相手にだけ嗅がせるという悪女(というか犯罪そのもの)の技も隠し持っているのだが、今ある薬物では、残念ながら効果は見られなかった。

 

「拷問でもするか」

 

「ちょっと、それはいくらなんでも」

 

 

 摩利が物騒なセリフをつぶやき、真由美が慌ててそれを止める。

 

「大丈夫だ。一切傷跡を残さず苦痛を与えるだけの自信がある」

 

「そういう事を言ってるんじゃないの! ……摩利、貴女少し休んだら?」

 

「……そうだな、そうさせてもらおうか」

 

 

 思考が煮詰まっているという自覚があったのだろう。摩利は大人しく訊問を止めスタスタと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 独立魔装大隊は独立した作戦単体として「大隊」と位置づけられているが、人数面では二個中隊の規模しか無い。今回は本来の任務の為に出動していた人数はその内の五十人。大型装甲トレーラー二台にその人数分の新装備が搭載されていた。

 

「如何かな、特尉」

 

「さすがです。脱帽しました」

 

「サイズは合ってるはずだから、早速着替えてみてくれ給え」

 

 

 真田に促されて達也が着ている物を全て脱ぎ捨てる。トレーラーの中には女性士卒の目があったが、達也は特に気にした様子は無かった。相手側には若干の羞恥心が見られたが……

 

「問題は無いようだね」

 

『ええ、誤差は許容範囲です』

 

「防弾、耐熱、緩衝、対BC兵器はもとより、簡単なパワーアシスト機能も設計通り付けておいたよ。そして無論のこと飛行ユニットはベルトに仕込んである。緩衝機構と組み合わせて射撃の反動相殺としても機能するように作ってあるから、空中での射撃も可能だ」

 

「お見事としか言いようがありません。自分が設計した以上の性能ですね」

 

「いや、僕も良い仕事をさせてもらったよ」

 

 

 二人がガッチリと手を握り交わしているところへ風間がやってきた。

 

「真田、そろそろ気は済んだか」

 

 

 無言で敬礼を返す部下をジロリと睨み、風間は達也に視線を転じた。

 

「では早速だが、特尉は柳の部隊と合流してくれ。柳の隊は瑞穂埠頭へ通じる橋の手前で敵部隊の足止めをしている」

 

「柳大尉の現在位置はバイザーに表示可能だよ」

 

「了解しました」

 

 

 マスクを付け直し柳隊との相対位置を確認して、達也はトレーラーの外へ向かう。タラップを使わずにトレーラーから飛び降りた達也は、その勢いが消えぬ内にベルトのバックルを叩いた。

 それは飛行魔法用CADのスイッチ、軽く地面を蹴って達也はそのまま空へと駆け上がったのだった。




原作では達也の着替えを気にしない女性仕官も、ここでは若干意識しちゃってます

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