飛行魔法で出せる速度は、魔法師がこの魔法に何処まで習熟しているかによって決まる。飛行魔法を一から作り上げた達也は、この魔法の事を誰よりも理解している。彼が操る飛行魔法にとって、トレーラーの移動本部から柳の隊の現在位置まで指呼の内と言えた。
高速で過ぎ去っていく景色。達也は戦闘訓練の中で動体視力も十分鍛えていたが、空を飛ぶという人間には本来不可能な行動下で自分の身体機能を過信してはいなかった。肉眼と共に
全長一メートル程度の小さな飛翔体。全体を黒く塗ったエンテ型の機体は低空無人偵察機に間違いなかった。それが目的地点の上空を周回していた。
達也は偵察機の魔法探知を避ける為に一旦上昇して無人機の遥か上空に達すると、CADを右手に構えて飛行魔法を切る。頭から真っ逆さまに落下し、無人偵察機と再接近したところで分解魔法・雲散霧消を発動させる。
一瞬で塵となって風に溶けた無人偵察機を確認して、達也は再度飛行魔法を発動させ着地態勢を取った。
達也が柳と合流した時、最初の戦闘は既に終結していた。柳は負傷者の治療に立ち会っているところだった。そして達也が声を掛けるより早く、柳が達也の姿を認め呼び寄せる。柳の前でサッと敬礼をした後、達也はスーツを脱がされて横たわる負傷者を覗き込んだ。
「特尉、丁度良かった。弾は抜いた、後は頼めるか」
「了解です」
ヘルメットを脱いだ柳の顔に表情らしきものは浮かんでいなかったが、瞳の色が心の裡を隠しきれていなかった。だが達也はキッパリとした返事で柳の罪悪感を不要なものとして否定し、左腰から銀色のCADを抜いた。
負傷した隊員の低い呻き声が途絶え、その代わりに閉ざされていた達也の口の中から奥歯が軋む微かな音が柳の耳に届いたのだった。
ほのかの魔法で侵攻軍の俯瞰映像を入手していた鈴音は、その兵力が思ってたよりも少ない事に気付いていた。
「それにしては戦線が派手に広がってるような気がするが?」
「現在戦線と呼べるものは存在しません。内陸部の戦闘は点で行われてます。潜入したゲリラ兵によって交信と通信を混乱させ、上陸部隊が直線的に目標の制圧に当たる……これが侵攻軍の基本戦線だと思います」
「リンちゃんがそう言うならその通りなんだろうけど……じゃあ敵の目標って何かしら?」
摩利の疑問に遠慮の無い回答をした鈴音は、首を傾げて投げかけてきた真由美の疑問に、少し考え込む素振りを見せた。
「……一つは真由美さんの推測通り魔法協会関東支部、これは確実でしょう。もう一つは海路で脱出を試みる市民を狙ってるように見えますが……こちらは多分人質を欲しているのではないかと」
「人質?」
「市民を殺傷する事が目的とは思えませんし。もしそうならば揚陸艦ではなく砲撃艦で進入してきたと思います。人質交換か身代金か……最終目的は分かりませんが」
「ならばいきなり砲弾やミサイルが浴びせられる危険は少ないという事だな」
「恐らくは。しかし人質が目的ならここも標的になる可能性が高いと思います」
「さっきの響子さんの話からすると、鶴見の援軍はそろそろ到着するはずだわ。ルートを考えれば瑞穂埠頭に集まった市民を保護して余った兵力で掃討戦という手順になるはず」
真由美の予測に鈴音が頷き同意する。
「敵の目的が人質なら、守りの薄いこちらへ流れてくるか……ならあたしは花音の方へ加勢に行ってくる」
「そうね……人数が少ないとはいってもあちらには深雪さんがいるから」
「ああ、アイツの冷凍魔法は戦略級と言っても差し支えない」
「でも摩利、無理はしないでね。貴女は機械化部隊と相性が悪いんだから」
「分かってるさ」
小走りに駆けて行く摩利の背中を見て、近くに控えていた愛梨が真由美に話しかける。
「私たちも迎撃に向かうべきでしょうか?」
「一色さんたちはヘリが来たときに手伝ってもらわないといけないから。それに深雪さんたちの目的は迎撃ではなくあくまでも警戒。私たちはプロの実戦魔法師じゃないんだから我が身を危険に曝してまで戦う必要は無いし、戦うべきじゃないわ。むしろ逃げる事を考えなきゃね」
真由美の言葉を聞いた愛梨たちは「あの司波深雪が逃げるとは思えない」と半ば以上確信していたのだった。
真由美が言う警戒チームは、鈴音の予想した侵攻経路に従って二手に分かれることになっている。その分岐点に到達した時、桐原が口を開いた。
「やっぱり壬生や平河先輩たちは後ろに下がっていてくれないか」
「確かに私や千秋はあまり役に立てないかもだけど、壬生さんは問題ないんじゃないかな?」
「そうよ、桐原君。私にだって真剣勝負に臨む心構えくらいあるわよ」
「壬生、お前が真剣勝負なんて軽々しく口にしないでくれ。確かに剣は人と戦う為の道具、槍や弓と違って最初から人を斬る為に作り出された武器だ。それを使う者がいつか人の血に塗れる事を覚悟するのは間違ってねぇよ。だけど壬生、剣道が真剣を扱う必要は無いんじゃねぇかな? 人斬りの技術からスポーツが生まれても良いんじゃねぇか?」
「確かに私も桐原君の言いたい事は分かるわ。壬生さん、剣道部の貴女が血に塗れる必要は無いわ。血に塗れるのは私たち剣術部だけで十分よ」
「桐原先輩、とも先輩、アタシも二人の言いたい事は分かるよ。でもね、決めるのはさーやだよ」
エリカの力強い眼差しが、桐原と三十野の目を射抜く。
「確かに実戦は一緒に稽古するのとは訳が違う。桐原先輩やとも先輩がさーやの手を、剣を血で汚したくないと願うのもきっと間違ってない。だけどさーやが友達だけに危ない思いをさせたくないって思うのも同じくらい間違ってないんだよ。……あはっ、アタシ何らしくない事言ってるんだろ」
照れくささに耐えられなくなったエリカは、何時も以上に明るい表情を見せてクルリと背中を向けた。
「これ以上アタシはお邪魔だろうし、後は三人で話し合って決めて」
そそくさとエリカがこの場から逃げ出し、沙耶香と三十野、そして桐原の三人は落ち着きを取り戻した顔で向かい合い話し合うのだった。
付き合ってないから、紗耶香を如何現場に送るか悩み作ったキャラが三十野巴。出番は多くないですが必要だったのです。