劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

236 / 2283
警戒とは名ばかりですからね……


警戒チームの戦闘

 第一高校警戒チームで、最初に気付いたのは幹比古だった。風に乗せてばら撒いた呪符により喚起された精霊が敵の映像を送ってきたのだ。

 

「来た。直立戦車……さっきとは違う。随分と人間的な動きだ」

 

「人間的?」

 

 

 幹比古の言葉に、何故か鼓膜保護用の耳当てをつけているエリカが首を傾げる。

 直立戦車は階段や瓦礫を通り抜けやすいよう無限軌道に短い脚部を取り付けただけで、戦闘ロボットとして開発されたものではない。少なくともエリカが知る限りでは人間の動作を再現するロボットは存在しない。

 

「もうすぐ見える……そこ!」

 

「戦闘用ロボット!?」

 

 

 右手にチェーンソー、左手に火薬式の杭打ち機、右肩に榴弾砲、左肩に重機関銃が取り付けられているそれは、まさに戦闘用ロボットだった。

 自分の妄想が現実になったような錯覚に、エリカが思わず声を上げたが、その隣では深雪が氷の眼差しを禍々しいフォルムの機動兵器に向けており、その兵器が視界に入ると同時に深雪は魔法を発動し、三輌の機体の無限軌道を凍らせ停止させた。

 もちろん深雪は動きを停めただけではなく凍火も同時行使しており、機銃も榴弾砲も火を吹かないようにしていたのだ。

 火器が封じられたと見るや、レオが飛び出した。手にする得物は双頭ハンマーに似た短いスティックで全長は約五十センチ、グリップがおよそ三十センチ。ハンマーヘッドから突き出した先端はグリップよりも幅広で長さも約十センチ、横幅に比率はラテン十字の十字架に近い。

 そのヘッド部分がモーターの駆動音を立てスティックの先端から黒いフィルムが吐き出される。

 薄い、薄い、黒く透き通ったフィルム。モータ音が止まった直後、そのフィルムは真っ直ぐな二メートルの刃に変わった。完全な平面、横からでは存在を確認できない極薄の刃、これこそが千葉一門の秘剣「薄羽蜻蛉」だった。

 スタートを切る反応はレオに一歩遅れをとったが、獲物を仕留めたのはエリカの方が早かったかもしれない。

 耳当ての位置を直し、左腕で抱くように立ててていた大蛇丸の柄を掴み鯉口を切り、手の内をそのままに鍔のすぐ下にあるボタンをエリカは右手の人差し指で押し込む。

 全長百八十センチの得物を肩に担ぐように持ち上げる。この時には既に魔法が発動しており、重さ十キロの大蛇丸が軽々と振りかざされた。

 旧式のスクラップ工場で聞こえるような金属が潰れて裂ける破砕音が轟く。

 加重系・慣性制御魔法「山津波」。自分と刀に掛かる慣性を極小化して敵に高速接近し、インパクトの瞬間、消していた慣性を上乗せして刀身の慣性を増幅させ対象物に叩き付ける秘剣。この偽りの慣性質量は助走が長ければ長いほど増幅し、最大で十トンに及ぶ。

 慣性を消した不安定な状態で駆け抜ける足捌きと刃筋をぶれさせない操刀技術、何より無慣性状態のスピードに負けない知覚速度と運動神経。それが山津波の必須条件。

 エリカの先天的な「速さ」に加え、ただこの技を修める為に費やす事を強いられた日々があって初めて可能となる秘剣。 

 刹那の後、破砕された直立戦車の前で、薄羽蜻蛉を解除したレオが両耳を押さえて蹲っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二手に分かれた「警戒」チームのもう一方も、直立戦車との戦闘に突入していた。ここでは五十里が予め地下三メートルの地層に振動を遮断する壁を作って、地面を媒体とする花音の魔法を使用可能としている。

 そして五十里が地下に張った「陣」は、地上にも索敵という作用を及ぼしていた。五十里が得意とするこの技術は、幹比古が使う古式魔法の呪法陣と似通っている。

 結局のところ、現代魔法も古式魔法も「魔法」である事に変わりは無いという事だろう。ならば二人が同じ役割を担っていてもある意味当然だろう。

 

「来たよ」

 

 

 五十里の声に花音が起動式を展開する。いくら五十里がカバーしているといっても、地下が如何いう状況なのかハッきり分かってない以上、余り強力な振動魔法は使えない。

 舗装された路面が細かく砕けて砂になり、細かく振動する地面から水が滲み出て水溜りを作る。直立戦車の全高が頭一つ分低くなった。

 無限軌道は砂地や湿地も平原同様に走行する為のものだが、砂と化し液状化した路面は、小型のキャタピラを苦も無く呑み込んだ。

 千代田家の魔法「地雷原」のバリエーションの一つ、「振動地雷」。その効果は今この場で展開されている通り。

 立ち往生した直立戦車の左右に、寿和と桐原が姿を見せた。

 空中から襲い掛かる寿和、直立戦車の操縦者はそのスピードに反応出来ない。隼もかくやの勢いで舞い降り、その勢いのまま操縦席を深々と切り裂く。

 秘剣「斬鉄」。刀を「刀」という単一概念の存在として定義し、魔法式で設定した斬撃線に沿って動かす移動系統魔法だ。――得物がこの「雷丸」以外であれば。

 雷丸を以って「斬鉄」を発動した場合、刀だけではなく剣士も魔法の対象に含まれる。刀が単一概念で定義されると共に、「刀を振るう剣士」が集合概念として定義され僅かなブレも無い高速の衝撃、高速の斬撃が可能となる。

 刀を振り下ろす時、自分の身体が如何動いているか。何千、何万、何十万回という素振りと型稽古により全身に斬撃動作を刷り込ませて初めて可能となる技。

 人知れず愚直に型稽古を繰り返した結果、寿和は雷丸による斬撃「迅雷斬鉄」を会得したのだ。

 稽古を他人に見せるわけには行かなかったので、彼を怠け者扱いする者は多かったが、果てしない努力の末に彼はこの秘剣を手にしたのである。

 寿和の横では、桐原が地を蹴って直立戦車に近づき、間合いまで後一歩まで接近した。機銃の銃口が桐原に向けられたが、銃撃が放たれる事は無かった。

 紗耶香が小太刀を投げ機銃に突き刺さり直立戦車の肩から捥ぎ取り、三十野が榴弾砲を斬りおとしたのだ。

 火器が無力化されたのを見て、桐原は最後の一歩を踏み込んだ。頭上から振り下ろされる巨大なチェーンソー、だがその軌道は見切っていた。身体を自然にスライドさせながら桐原の刀は直立戦車の左脚を両断する。

 高周波ブレード。彼が最も得意とする魔法は、地雷や対戦車ライフルを想定した装甲板を易々と斬り裂いた。

 のしかかるようにして倒れ込んでくる車体。桐原は後退しながら杭打ち機を根元から切り落とし、側面に回って操縦席に刀身を突き込んだ。手に伝わる肉を貫く感触、桐原は僅かに顔を歪めて刃を引き、大きく跳び退って転倒した直立戦車から距離を取った。

 彼が見せた表情は、笑い顔では決して無かった。




削るに削れない場面が多すぎる……また進みが遅くなってるような気が……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。