劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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新刊発売日です。ちなみに既に読破しました。


敵の正体

 装甲車の残骸を漁っていた達也は、中から一辺三十センチ程度の立方体の箱を取り出し、その箱をカメラに向けて訊ねた。

 

「これですか?」

 

『そう、それだ。アナライザーを向けて……ふむ、間違いないようだね。それがソーサリー・ブースターだよ』

 

「ただの箱に見えますが」

 

『接続も操作も百パーセント呪術的な回路で行われてるから、機械的な端子は存在しないんだ』

 

 

 取っ手が付いている以外平坦な箱の表面を見て訝しげに眉を顰めた達也に、ディスプレイの中の真田はそう説明した。

 

「装甲車の対物障壁魔法はブースターで増幅されていたということか?」

 

『その通り。推測に過ぎないけど、間違いないだろうね』

 

 

 質問の形を取った柳の推測に、真田も同意を示した。

 

「これで敵の正体がハッキリとしたわけだ。まぁ最初からそれ以外の可能性は無かったが」

 

『証拠というには弱いけど、僕たちは警察でも判事でも無いからね。最も、分かったからといって対応が変わるわけでも無いけど』

 

 

 ディスプレイのこちら側と向こう側で黒い笑みを交わす二人の大尉。こうはなりたくないよなと手遅れ気味な事を考えながら、達也は次の指示を仰いだ。

 

「では、大亜連合の偽装戦闘艦を撃沈しますか?」

 

『港内で撃沈させるのは拙い。港湾機能に対する影響が大きすぎる』

 

「では乗り込んで制圧しますか?」

 

 

 真田を押しのけてフレーム・インした風間に柳がそう訊ねる。何だかこの少人数で敵艦に攻撃を仕掛ける事が規定事項になっているような気がすると達也は思っていた。今更ながら達也は、この知人たちが冗談の通じない、というか普通なら冗談で済む無茶を日常的に押し通している人種だという事を思い出してた。

 

『それは後回しだ。駅前の広場で民間人が避難民脱出用のヘリを手配している。現在地の監視を鶴見の先行部隊に引き継いだ後、駅へ向かい脱出を援護せよ』

 

「了解しました」

 

 

 柳の隣で同じように敬礼をしながら、勇気ある民間人が居たものだと達也は感心した。自分が脱出するついでとはいえ、逃げ遅れた市民を一緒に連れて行こうというスタンスは賞賛に値する、と考えていたのだが――

 

『なお、ヘリを呼んだ民間人の氏名は七草真由美、及び北山雫だ。両人から要請があった場合は助力を惜しまぬように全員に徹底してくれ』

 

 

――聞き覚えがタップリある名前が耳から入ってきて、達也は思わず咳き込みそうになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻、敵の正体について別の場所でも同じ推定に至っていた。

 

「この直立戦車だけど、機械的なコントロールだけで動いていたんじゃないと思うんだ」

 

「つまりなんらかの術を併用していたという事ですか?」

 

「ええ、そうです。この三輌は手足の動きが奇妙に人間的でした。胴体部が操縦席で占められてる直立戦車は人間と構造が違いすぎます。過度に人間の真似をさせようとすればかえって動力のロスに繋がるはずです」

 

「それなのにコイツらは、『過度に』人間の動作を再現しようとしていた、って事か?」

 

 

 レオに問い掛けに幹比古は迷いの無い様子で頷いた。

 

「ピストンや歯車やワイヤーで伝えられた動力だけじゃなく、手足を直接人間の身体の動きを真似て動かす力が働いていたとしか思えないんだ」

 

「つまり魔法で? いったいどんな魔法なの?」

 

「多分、剪紙成兵術の応用だ」

 

「せんしせいへいじゅつ?」

 

 

 エリカの問いに対する幹比古の答えに淀みは無かったが、聞き慣れぬ術式名にエリカが小首を傾げた。

 

「陰陽道系の人形使役の術式ですか? 元は道家の術だとか」

 

 

 代わって応えた深雪の言葉に、幹比古は感心を隠しきれない顔で頷いた。

 

「そうです。紙を人の形に剪み切り、雑霊を宿して兵と成す術、それが剪紙成兵術だよ」

 

「ようするに、敵は大亜連合ってこと?」

 

「十中八九そうだと思う」

 

 

 幹比古はエリカの意見を支持して、確証を得る為に必要な人物を呼ぶために音声通信ユニットを起動したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幹比古の通信相手である真由美は、スピーカーから聞こえてきたリクエストに思わず大声で訊き返してしまった。

 

「えっ? 柴田さんに来て欲しい? ……そう。まぁ一理あるとは思いますけど……ええ、分かりました。でも一応本人の意思を確認してから……そうですね、直接説明してもらった方が良いでしょう」

 

 

 真由美は端末を顔から離して美月の方へ差し出した。

 

「柴田さん」

 

「あの、何でしょうか……」

 

「深雪さんたちの所へ、柴田さんに来て欲しいそうです。直接理由を説明するとの事ですから、それを聞いた上で決めてください。」

 

 

 真由美と美月にそれほど接点は無い。だからなのかやや事務的な口調で差し出されたユニットを、美月は緊張した面持ちで受け取った。

 

『あっ、柴田さん?』

 

「吉田君?」

 

 

 通信の相手が幹比古だと分かって、美月は幾分ホッとした表情を浮かべた。エリカだと何時爆弾が降ってくるか分からないし、深雪と話してると今でも時々理由も無く緊張してしまう事がある、だからといって幹比古だと何故安心するのか……その理由を美月は自覚していない。

 

『柴田さんの力を貸して欲しいんだ』

 

「えっ、力って?」

 

『敵は剪紙成兵術という古式魔法の術式で機甲兵器を動かしている。僕が使う魔法とは性質が違うから僕には敵の術式を上手く捉えられない。でも柴田さんの「眼」なら魔法を継続的に行使している敵の動向を僕より早く捉える事が出来るだろうし、敵の魔法の核となっている部分を見つけ出す事も出来るはずなんだ。核が見つかれば僕の魔法で敵の剪紙成兵術を無力化出来る。だから柴田さんにこっちへ来て欲しいんだ。もちろんそこに居るより危険だけど、絶対に怪我はさせないから』

 

「――っ!」

 

 

 絶句した美月の顔は赤く茹で上がっていた。他意など無い事は美月にも分かっている。しかし――

 

『良かったわね美月。吉田君が守ってくれるそうよ?』

 

『「っ!」』

 

 

――通信に割り込んできた深雪の発言に電波を通して互いに言葉を失った。

 

『もちろん吉田君だけじゃなくって、私たちも精一杯カバーするわ』

 

 

 通信を傍受していた真由美は、「深雪さんってやっぱりSだったのね……」と心の中でつぶやいていた。

 

『そ、そう! 僕たち全員でディフェンスの方はカバーするから!』

 

 

 色々な意味で必死に訴えかける幹比古の言葉に、美月はコクリと頷いた。

 

「分かりました。今からそちらに向かいます」

 

 

 通信端末を顔の横から下ろし、大きく息を吐いた美月は、端末を真由美に返してペコリと頭を下げると、幹比古たちの陣取る「前線」へと小走りで駆けて行った。

 

「あの、七草先輩……」

 

「何かしら? 光井さん?」

 

「今の通信って深雪ですよね? 何かあったのですか?」

 

 

 魔法で空中に地図を出していたほのかが、今の通信を気にしていた。

 

「大したことじゃないわよ。ただ吉田君と柴田さんを同時に深雪さんがからかっただけだから」

 

 

 そこだけ伝えると大いなる誤解が発生するのだが、真由美はそれ以上説明をする事は無かった。




あの展開は予想出来なかったな……あと真夜さんが可愛かった。

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