劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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新刊を読んで思ったこと。自分の妄想があながち的外れではなかったのではないか……


滅びの風

 真由美の横で何故か雫がハウスキーパーと通信ユニットを使って会話をしていた。

 

「黒沢さん? ……うん、そう。……ううん、ありがとう」

 

 

 通信ユニットを耳から離すのと、ヘリのローター音が聞こえてきたのはほぼ同時だった。

 

「七草先輩。会社のヘリがもうすぐ到着するそうです」

 

 

 雫がこう報告すると、難しい顔をして情報端末を見詰めていた真由美が顔を上げて作り笑いを浮かべた。

 

「分かりました。北山さんは女性、子供連れの家族を優先的に収容して脱出してください。稲垣さんは同じヘリに乗って北山さんのサポートをお願いします。それと稲垣さん、先に避難する人とそうでない人の誘導をお願いできますか。私と市原でお手伝いしますので。光井さんは周囲の警戒にあたってください」

 

 

 テキパキと指示を出しながら、真由美はコッソリとため息を吐いた。

 

「(何をグズグズしてるのよ、もう!)」

 

 

 本当は二機同時に到着するのが理想的だった。ただでさえ子供にイニシアティブを握られてる事に対して感情的な反発を覚えている者が少なくない状況で、避難を後回しにされたら当然不満を持つだろうと思ったからだ。

 

「(本当は十文字君や達也君がいてくれたらよかったんだけどな……)」

 

 

 十師族の跡取りである克人と、こういった状況に何故か慣れている達也の事を思い、真由美はもう一度ため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十字路を曲がろうとした装輪式装甲車がグリップを失って横滑りにスピンする。

 

「花音!」

 

「任せて!」

 

 

 五十里の魔法で車輪を空回りして転倒した装甲車を、花音の魔法で行動不能に陥らさせた。迎撃ポイントを押し上げた結果、地下に避難した生徒への影響を考慮する必要が無くなったので、千代田家の代名詞「地雷原」が使えるようになったのだ。

 大型機銃の弾が二人の隠れるビルの壁を削る。悲鳴を上げる花音を胸の中に庇いながら、五十里が壁面に沿ってベクトル逆転の力場を築く。

 反射された銃弾に曝され装甲車が沈黙した隙を狙って向かい側に隠れた摩利が酸素濃度低下の魔法を発動したが、気密された車内は空気組成が難しい状況になっており彼女の魔法は不発に終わる。

 舌打ちしながら酸素濃度情報に対する干渉を解除し、擲弾銃の砲口から過熱した空気を送り込む。丁度発射寸前でランチャーにセットされていた擲弾が隣の機銃を巻き込んで爆発する。

 攻撃力を失った装甲車に桐原と三十野が上下に別れて攻撃を仕掛けた。脚を切り裂きバランスを崩した装甲車の運転席に高周波ブレードが突き刺さる。後部ハッチが開き拳銃を手にした兵士に短い矢が飛来し、右肩をクロスボウで射抜かれた兵士の喉を桐原が、腹を三十野の刀が切り裂いた。

 

「壬生、大丈夫か?」

 

「無理しなくてもいいのよ?」

 

「大丈夫、ここは戦場だもの。覚悟の上よ」

 

 

 紗耶香は蒼い顔で、それでも気丈に答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪の干渉力は敵の魔法の存在を許さない。例えそれがブースターで増幅されたものであってもだ。

 凍りついた装甲車へ「薄羽蜻蛉」が襲い掛かる。長ければ長いほどシートを刃として硬化する魔法の難度は増していくはずなのだが、レオは十メートルの刃を難なく形成して装甲車を水平に斬り裂いた。

 

「右から来ます! 核の位置は同じ!」

 

 

 美月が側面から回り込む敵の直立戦車を先回りして捉え、幹比古が破呪の術式を行使する。敵機がガクッ見えない壁にぶつかった様な挙動を見せ、両腕がダラリと下げられる。

 そこへ目にも留まらぬ速さでエリカが斬れ込んだ。山津波、大蛇丸の長大な刀身が二倍の身長を持つ機械兵を叩き潰す。深雪と幹比古の援護射撃で、レオとエリカのコンビは敵を戦闘車両を次々と撃破した。

 一段落ついてホッとしている美月の名前を深雪は呼び、別働隊の動向を訊ねた。

 

「美月、千代田先輩たちの方はどんな状況か視える?」

 

「えっと……場所は変わってないみたいです。現在も交戦中」

 

「如何したの深雪? 今更考え込んじゃって」

 

「変だと思わない? 何故、敵はわざわざ私たちが待ち構えてる所へやって来るのかしら?」

 

 

 美月の言葉に眉を顰めた深雪の言葉に、エリカも眉を寄せた。

 

「駅の方に行くには私たちの居る所を通らなきゃならないからじゃないんですか?」

 

「それは幅の広い道を通るなら、という条件付きよ美月。敵だって通信機くらい持っているだろうし、こちらは十数人しかいないのだから、私たちが居ない所をすり抜けていく事だって出来るはずなのに」

 

「……足止めかも」

 

 

 エリカの言葉に美月がハッとした顔を見せた。

 

「来たよ!」

 

 

 しかし幹比古の告げた新たな敵の襲来に、彼女たちの推理は中断を余儀なくされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒沢が操縦するダブルローターの輸送ヘリが上空に姿を見せ、着陸しようと高度を落としている最中、それは起こった。

 突如として飛来した黒い雲。空気中から湧いて出たとしか言いようの無い唐突な登場を見せたのは、季節はずれの蝗の大群だった。

 たかが蝗と言っても、エンジンの吸気口に飛び込まれては厄介な事になる。それにこんな不自然に現れたモノが自然の生物とは思えない。ヘリの出迎えに来ていた雫は、咄嗟の判断でポーチからCADを取り出した。

 小型拳銃そっくりの銀色のCAD.九校戦が終わった直後に購入したシルバーモデルのセカンドマシン。インストールされている起動式はループ・キャストの「フォノン・メーザー」。もちろん達也に頼んだのだが。

 空に向けて引き金を引く、音の接線が蝗の群れを薙いだ。

 

「数が、多い……っ!」

 

 

 焼け死ぬのではなく燃え尽きたように消えていく蝗の群れ。だがそれは黒い雲を成す大群のほんの一部。次々とフォノン・メーザーを発動しヘリに近づく蝗を撃ち払っているものの、回り込んだ群れがヘリへ迫る。

 ほのかもそれに気付いていたが、彼女の魔法はこういう敵の迎撃に向いていない。雫の魔法と相克を起こすのを恐れて手が出せない。傍にいた愛梨たちも同様に手を出すのを躊躇っていた。

 蝗の群れがヘリに取り付くと見えたその時、滅びの風が吹いた。黒雲を成す大群が幻の様に輪郭を崩し、色を薄れさせ消えていった。

 空を仰ぐ雫とほのか。異変に気付くのに遅れた真由美と鈴音、そして愛梨たちも同じように空へ目を向ける。

 そこには黒尽くめの人影が銀色のCADを構えて浮いていた。

 

「達也さん……?」

 

 

 そうつぶやいたのは雫かほのかか。同じ黒尽くめのスーツに身を包んだ集団が飛来し、ヘリを守るように陣を組む。輸送ヘリは再び降下を開始して、無事着陸したのだ。




愛梨たちにも達也の秘密が伝わる流れですね……まぁ親には流れないでしょうけども。

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