劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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240話目です。そして詰め込んだ所為で三千字オーバー……いっぱい切ったのに多すぎだよ……


怒りの深雪

 達也、克人、将輝がそれぞれ戦う中、深雪たちのグループもまた敵と遭遇していた。小規模な落雷が街路に乱舞し、敵の銃撃が止む。遭遇が散発的なものになっており、直立戦車や装甲車の新手は姿を見せなくなっていた。

 

「七草先輩がヘリで迎えに来てくれるそうよ。市民の脱出用とは別に私たちが脱出する為のヘリを用意してくれたみたいね」

 

「さすが七草、太っ腹ね」

 

 

 真由美からの連絡を受けた深雪が状況を説明すると、エリカが変な仕草で感心した。

 

「太っ腹とは少し違うような……きっと先輩を確実に脱出させる為じゃないかな」

 

「だとしてもありがたい事だぜ」

 

「そうですね。おかげで私たちも脱出の目処がついたんですから」

 

 

 幹比古、レオ、美月とそんなお喋りをする余裕が出来たのも、敵の攻撃が沈静化しているからだろう。

 

「あっ、来たんじゃない?」

 

 

 エリカに指摘されなくても、全員がヘリのローター音に気付いていた。しかし音はすれどもヘリの姿が見えない。そんな時深雪の端末に通信が入り、深雪は通信ユニットを耳に当てた。

 

『深雪さん? 悪いけど狭くて着陸出来ないの。ロープを下ろすからそれに掴まってくれる?』

 

 

 返事をする間も無く、何も無かった頭上からロープが五本下りてきた。良く見ればロープの端で陽炎が揺らめいている。

 

「……透明化、いえ光学迷彩と言うべきかしら。器用ね、ほのか」

 

 

 そうつぶやきながら深雪はロープを掴み、末端のステップに片足を置いた。準備完了の意味で軽く引っ張ると、ロープはスルスルと巻き上がっていく。他の四人は慌ててそれに随った。

 ヘリに乗り込んでみれば、ほのかが何をしているのか深雪以外の目にも明らかとなった。半球面のスクリーンに空の映像を屈折投影させているほのかは、魔法の制御で口を開く余裕も無い。空ではなくもっと変化の激しい景色が背景ならば、移動しながら光学迷彩を維持する事は出来ないに違いなかった。

 

「それでも、待ち伏せにはもってこいの魔法だね」

 

「本当に。こんな複雑な処理を持続させるなんて、ちょっと真似出来そうにないわ」

 

「深雪さんでもですか?」

 

 

 友人たちのそんな声も、ろくに耳に入っていないようだ。

 

「もうすぐ到着です。でも辛かったら解除しても構いませんよ」

 

「大丈夫です」

 

 

 そう励ます真由美の声に応えを返すのがほのかの精一杯だった。

 しかし摩利たちを速やかに回収する事は残念ながら出来なかった。摩利たち八人はライフルとミサイルランチャーを主兵装とする魔法師混じりの歩兵部隊から猛攻撃を受けていた。寿和一人で背後の敵に当たっている事を知らされていない真由美たちは、一人足りない事に動揺を覚えながらも、八人の援護に当たった。

 正確に表現するならば、援護の魔法を放ったのは真由美一人なのだから、「真由美たち」というのは適切ではないかもしれない。

 敵兵の身体に雹が降り注いだ。氷の粒ではなくドライアイスの弾丸が、自然現象ではありえない超音速で襲い掛かり防護服を貫く。空中から地上への攻撃、しかもこちらの姿は見えていないという優位も手伝って、真由美の魔法は五分と掛からずにその場を制圧した。

 

『お待たせ、摩利。ロープを下ろすから上がってきて』

 

「ああ、頼む」

 

 

 微妙に釈然としないものを感じながら、摩利は残りのメンバーに声を掛ける。五十里と花音、桐原と三十野と紗耶香、平河姉妹が歩いてくる。

 彼らが周囲の警戒を欠いてしまった事を責めるのは難しいだろう。つい今しがた迄激戦の渦中にあったのが、光学迷彩を解除したヘリが頭上から守ってくれるのだ。安堵感を覚えてもしょうがなかった。

 だがゲリラの真骨頂は、こういう状況における不意打ちにある。

 

「危ない!」

 

 

 そう叫んだのは摩利。その声に真っ先に動いたのは桐原だった。紗耶香と三十野を突き飛ばし刀を振る。咄嗟に発動した高周波ブレードは胸を狙った銃弾を奇跡的に弾き飛ばしたが、カバー出来たのは上半身だけ。脚に銃弾が突き刺さり右脚が太腿の下から千切れた。

 

「「桐原君!」」

 

「啓!」

 

「お姉ちゃん!」

 

 

 別の場所では五十里が花音を押し倒しその上に覆いかぶさっていた。背中一面からは流れ出す血。また別の場所では小春が千秋を庇って背後から撃ち抜かれている。どちらもおそらくは致命傷だ。

 

「啓! 啓!!」

 

「桐原君! しっかりして!!」

 

「こんなところで死ぬ人じゃないでしょ!」

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃんってば!!」

 

 

 泣きすがる四人の少女。摩利が奇襲を仕掛けたゲリラに魔法を発動しようとしたが、彼女の魔法は圧倒的な干渉力がその場を覆った事によって不発に終わる。慌てて隣へ――その発生源へ目を向ける。

 そこではヘリから飛び降りた深雪が重力をまるで感じさせない動作でスッと着地し、恐ろしい無表情で右手を前に掲げていた。

 深雪が封じていたのは達也の力だけではない。達也の力を封じ込める為に、深雪は自分の魔法制御の力の半分を常に兄に向けていた。

 深雪が魔法を暴走させるのは、兄の魔法を押さえ込んでいる副作用だ。今達也の能力を解き放った事で、深雪自身の能力も解き放たれている。

 右手を前に差し出す。それだけで世界が凍りついた。凍結したのではなく静止した。身体が凍りついたのではなく精神が凍りついた。

 系統外・精神干渉魔法「コキュートス」。

 凍りついた精神が蘇る事は無い。凍りついた精神は死を認識出来ない。肉体に死を命じる事も出来ない。凍りついた精神に縛られた身体は死ぬ事も出来ず、最後に命じられた姿勢のまま彫像と化して転がった。

 深雪が何をしたのか説明出来る者はいなかった。だが全員が世界の凍りつく幻影を見た。全員が直感的に深雪が何をしたのか覚っていた。

 深雪は隣を、そして上を見て俯き、寂しげな微笑みを浮かべた。だがすぐに顔を上げ大声で呼び手を振った。

 

「お兄様!」

 

 

 その視線の先を、桐原と五十里と小春以外の全員が見た。そこには着地態勢を取った黒尽くめの兵士の姿。深雪のすぐ隣に降り立ちバイザーを上げマスクを下げる。達也は厳しい顔つきで五十里の傍へ駆け寄った。

 

「お兄様、お願いします!」

 

 

 その隣で深雪が達也の右手にすがりつき、達也は頷き左腰からCADを抜いた。

 

「何するの!?」

 

 

 五十里に向けられた銀色のCAD。止める時間は無かった。引き金が引かれ、花音は反射的に目を瞑った。

 この魔法に必要な時間は本当にわずかなものだ。だが今この時、達也が想像を絶する苦痛を味わっている事を深雪は知っていた。深雪の目には達也の額に滲む脂汗を聡く認めた。

 達也が自由に使えるもう一つの魔法、「再成」が発動する。エイドスの変更履歴を遡り負傷する前の情報体を復元し、複写する。怪我を治すのではなく、怪我を負った事実を無かった事にする。

 ボウッっと五十里の身体が霞んでように見えた次の瞬間には、彼の身体には傷一つ残っていなかった。それどころか服を塗らしていた血の跡まで消えていた。五十里の身体は傷を負わずに時間が経過した状態で世界に定着したのだ。

 達也は五十里に掛けた「再成」の結果を確認する間も惜しんで桐原、小春の順番でCADを向け引き金を引く。

 小春の背中を染めていた血の跡が消え、銃弾が貫通しなかった状態で世界に定着し、桐原の千切れていた脚が太腿に引き寄せられ接触したと見るや身体が霞んだ。

 視覚的にはこちらの方が劇的だっただろう。次の瞬間には五体満足の少年がそこに横たわっていた。

 達也は左腰にCADを戻すと、無言で深雪の身体を抱き寄せた。

 

「あっ……!」

 

 

 目を丸くしている深雪の背中に手を回し耳元で一言囁いて達也は身体を離した。一歩距離を取りマスクを上げバイザーを下ろす。全身黒尽くめの姿に戻った達也はバックルを叩き空へ舞い上がった。

 深雪はその姿を呆然と見送っていた。彼女の耳には、「良くやった」という兄の言葉が繰り返し再生されていたのだった。




キリが好いところまでってやってたらこんなに……リンちゃんが一花だってところまで切ったのに……

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