劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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将輝以外若人面してないような気も……


戦う若人

 独立魔装大体の飛行兵部隊はその機動力を活かし魔法協会義勇軍と交戦している敵の背後から襲いかかった、前線に投入されている兵数は四十名、一個小隊の規模に過ぎない。だが戦場の常識を覆す兵員移動のスピードはその兵力を二倍にも三倍にも引き上げている。しかも兵力の消耗を考慮する必要が無い。

 彼ら、独立魔装大体の飛行兵部隊が身に着けている漆黒の戦闘服、ムーバルスーツは高い防弾性能を誇る。また隊員は全員が戦闘面においてハイレベルの魔法技術を有しており魔法的な干渉に対する防御も堅固だ。

 それでも敵の攻撃を全く受け付けないというわけにはいかない。個人が身に着けられる装備にはどうしても重量面で限度があり、戦車は戦闘艦艇の装甲に比べて見劣りしてしまうのは避けられない。故に銃弾を浴びる事もある、爆発で負傷する事も、胸や腹に風穴が開くことだってあるのだ。

 しかし彼らは即死では無い限り止らない。銃撃に血を流し倒れた兵士は、次の瞬間には何事も無かったかのように立ち上がる。その身体に傷跡は無く、スーツに血の跡は無い。それどころかスーツ自体に穴も無い。

 銀色のCADを両手に構えた大柄な兵士が左手を向け引き金を引くたびに負傷した兵士が蘇る。死から解き放たれた兵士が修羅となって突き進む。

 侵攻軍の兵士は自分たちの目にしているものが信じられなかった。確かに致命傷を与えたはずなのに、その事実が無かった事になる。彼らは白昼夢に迷い込んだのではないかと感じていた。しかもこれはとびきりの悪夢だと。現実感を侵食されながらも、目の前の光景から因果関係を覚る。

 あの左手の銀色の銃が漆黒の兵士を蘇らせている。何を如何してるのかは分からないがそれだけは直感的に理解して銀色の銃を持つ兵士に砲口を向ける。

 だが砲撃が届く事は無い。銃弾も榴弾も空中で霧散する。その右手を向けられた物は全て塵となって消える。

 

 Divine Left

 

 

 その左手を差し伸べられた兵士は死の縁から蘇り、

 

 Demon Right

 

 

 その右手が指し示すものは人も機械も消え失せる。

 三年前香港出身の兵士が上層部の緘口令を逃れる為に使った英語のフレーズが侵攻軍兵士の間に細波となって広がり、大波と化して彼らの戦意を呑み込んで押し流した。

 

 Mahesvara(摩醯首羅)

 

 

 その言葉を最後に、侵攻軍兵士は次々と存在を消されていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵の攻勢が不自然なタイミングで止まったのを感じ、克人は感覚的な予測で敵が敗走に転じるのはもう少し先だと思っていたのだが、予想より早いからといって見逃すつもりは無かった。

 

「敵は怯んだぞ!」

 

 

 克人は魔法協会が主体となって編成したこの義勇軍の中で最も若い階層に属している。それにも関わらず克人は自然とこの場の指揮権を掌握していた。彼の外見から実年齢を見抜いた慧眼の持ち主も居なかった訳ではない。

 しかし彼の持つ指導者としての資質に異を唱えたものは誰一人居なかった。

 

「一気に押し戻せ!」

 

 

 彼のこの叱咤が義勇軍の怯懦を吹き飛ばしたからこそ、彼はこの場で大将と認められていたのだ。その克人の下知に随い魔法が一斉に放たれる。相克による無効化が起こらぬように加重系統魔法に統一された魔法の一斉砲撃。

 この攻撃は既に逃げ腰になっていた侵攻軍にとって決定打となった。機甲兵器に搭乗していなかった歩兵と魔法兵の大半が薙ぎ倒され、既に残り少なくなっていた直立戦車の半数が転倒した。

 攻撃を凌いだ装甲車と直立戦車、そして少数の歩兵・魔法兵からなる残存兵力は敗走を開始した。

 転倒した直立戦車を上からのファランクスで続けざまに叩き潰して、克人は手を大きく前へ振り下ろした。

 

「進め!」

 

 

 態勢を立て直す余裕を与えない追撃命令。義勇軍の士気は最高潮に達していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 独立魔装大隊の攻撃により敵が背後から切り崩されているという事を克人と同様将輝も知らない。だが風向きが変わったことも克人とほぼ同じタイミングで掴んでいた。

 義勇軍のリーダー的なポジションに収まってるのも克人と同じだが、将輝は積極的に指揮を執ろうとはせず、むしろ最前列に出て彼らを庇うスタンスだった。

 将輝は今、中華街の北門の前に独りで立っていた。

 平時であれば大きく開け放たれ観光客の出入りが絶えない四門だが、今は固く閉ざされている。それ自体にケチをつけるつもりは将輝には無かった。

 だが余所の国で暮らしていくのに自分たちだけが固まってそこを要塞化するというのは感情的に気に食わなかった。

 

「門を開けろ! さもなくば侵略者に内通していたものと見做す!」

 

 

 将輝が言葉通り臨戦態勢でこの場に立っているのは、敵がここから中華街の中へ逃げ込んだからだ。何時向こう側から銃弾や榴弾、魔法が飛んでくるか分からない。だから彼は神経を張り詰めて魔法を即時発動出来る態勢で独りこの場に立っているのだ。

 だが意外な事に、将輝の呼び掛けのすぐ後に門が軋みを挙げて開いたのだ。その光景に将輝は肩すかしを喰らった気分込みで呆気に取られていた。

 

「周公瑾と申します」

 

 

 門から出てきたのは将輝よりも五、六歳年長の貴公子的な雰囲気を漂わせる青年を先頭とする一団で、彼らは拘束した侵攻軍兵士を連れていた。

 名乗りを聞いた将輝は、訝しむような目で青年を見つめた。

 

「……周公瑾?」

 

「本名ですよ」

 

「失礼した。一条将輝だ」

 

 

 さすがに年長者の自己紹介を放置するのは拙いと考えたのか、将輝は慌て気味だが立場を考え謙らずに名乗った。

 

「私たちは侵略者とは関係してません。むしろ私たちも被害者です。その事をご理解いただく為に協力させていただきました」

 

 

 武装した兵を如何やって捕らえたのか……油断ならない。それが周青年に対して将輝が抱いた印象だった。

 しかしだからといって将輝に民間人を取り調べる権限は無い。それに表面的に見れば彼らの協力によりこの方面の戦闘はこれで終結したと言えるのだ。

 将輝は周青年に礼を述べ他の義勇軍と協力して捕縛された敵兵を引き取った。それが彼を最前線から引き離す結果になったと、将輝は気付かなかった。




古都内乱編を考えるとすると、このシーンはカット出来なかったです……

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