劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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はい、4,000字越え……詰め込んだなぁ


達也の魔法

 沿岸部から内陸へ脱出するヘリの中は沈黙に包まれていた。何となく口を開くのを憚られる雰囲気が漂っていた。だがその不自然な沈黙に耐え続ける事もまた、彼らには出来なかった。

 

「……自分の身に起こった事だというのに……まだ信じられないよ」

 

 

 最初につぶやいたのは五十里だった。

 

「……いったい何が起こったんだ? 何をどうすりゃこんな事が可能なんだ?」

 

 

 誰にとも無く当惑のセリフを口にしたのは桐原だが、小春もその意見に同意なのか無言で頷いている。

 

「いっそ全部幻覚だった、って言われた方がまだ納得出来るぜ」

 

「でも、幻覚じゃない。僕と平河先輩が死にかけたのも、君の脚が千切れたのも紛れの無い事実だ」

 

「五十里君の言う通りね。確かに私は死にかけた、それは誤魔化しようのない事実だし、確かに桐原君の脚も千切れてた。五十里君の背中に榴弾の破片が刺さったのもそう。だから桐原君が幻覚だと思いたくてもそれは無理な話なのよね……」

 

 

 再び沈黙が訪れた。深刻な……深刻だった事実を改めて突き付けられて、先ほどよりも空気の重量が増していた。

 

「……司波、これだけは教えてくれ」

 

 

 遂にと言うべきなのか、この中で唯一真相を知っている深雪に摩利が問いかけた。

 

「何でしょうか?」

 

 

 応える口調は冷静なものだったが、表情の硬さは隠し切れてなかった。もしかしたら隠すつもりはないのかもしれない。わざと水晶のように硬質な表情を作っているのかもしれなかった。

 

「達也君の魔法はどの程度効果が持続するんだ?」

 

 

 魔法による治療は一時的なもの、それが治癒魔法の原則だ。効果が持続する内に何度も掛け直し何度も世界を欺きそれで漸く偽りの治癒を世界に定着させる事が出来るのであって、持続時間が短ければすぐにでも新しい治癒魔法を施さなければならない。

 だが深雪の回答は摩利の意図を百パーセント理解した上で、施術された三人に聴かせる事を意識したものだった。

 

「永続的なものです。通常の治癒魔法の様に継続的な施術は必要ありません。運動の制限もありません。完全に何時も通りの生活が可能です」

 

「……そんな事が可能なのか?」

 

 

 その答えに摩利は納得出来ない様子だった。

 

「信じられませんか?」

 

「信用してないわけじゃないけど」

 

 

 納得してないのは摩利だけではなく、許嫁を救ってもらった花音もまた今の説明では不十分だと感じていた。

 

「啓を救ってくれた事には感謝してるけど……一度で完治する治癒魔法なんて聞いた事無いわよ? そんなの治癒魔法の基本システムに反してる。本当に治ったの? だったらあれは治癒魔法じゃないの? 司波君はいったい何をやったの!?」

 

「花音ちゃん落ち着いて。深雪さん、気を悪くしないでね? 花音ちゃんは五十里君が心配なだけなんだから」

 

「わかってます。気にしていません」

 

 

 言葉を重ねている内に興奮してしまった花音を真由美が宥め、そのフォローに深雪は控えめな微笑みで応じた。

 

「しかし何をやったのかは気になる。治癒魔法で無いとしたらいったい何を……」

 

「摩利! 他人の術式を詮索するのはマナー違反よ!」

 

 

 漸く少し雰囲気が和らいだと思ったところに、それをぶち壊す事を言い出した摩利へ真由美から厳しい叱責が飛んだ。

 

「ありがとうございます、七草先輩。ですが構いません。気になさるのは当然だと思います。皆さんに打ち明けるだけなら、お兄様も許してくださるでしょう」

 

 

 それは他言無用という意味だ。もし秘密を守れないならばこの話はここ迄という事。

 

「他言しない」

 

「誰にも言わないわ」

 

「わかりました」

 

 

 打てば響くタイミングで、摩利と花音と愛梨がそう応えた。他のメンバーも次々と誓約の言葉を返す。

 

「今から聴く事の一切を秘密とします。それは名倉さんたちも同様です」

 

「いえ、そこまで大袈裟な事ではありませんが……」

 

 

 真由美が何を約束しようと、結局七草家の耳には入るだろう。どうせ誰にも真似など出来ないのだから、どうやったのかを隠してもこの場を混乱させるだけだと判断したのだ。

 

「お兄様が使った魔法は治癒魔法ではありません」

 

 

 深雪は端正な姿勢で静かに語り始めた。それは聴いている方の背筋も思わずピンと伸びてしまうような佇まいだった。

 

「魔法の名称は『再成』。エイドスの変更履歴を最大で二十四時間遡り、外的な要因による損傷を受ける前のエイドスをフルコピーし、それを魔法式として現在のエイドスに上書きする魔法です。洗脳や魔法によって受けた内部の変更は無制限で遡れるようですけどね。そして上書きされた対象は上書きされた情報に従い損傷を受ける前の状態に復元されます」

 

 

 深雪の説明に紗耶香が驚きの表情を浮かべた。どうやら思い当たる節があったのだろうと、深雪は小さく頷いて説明を続けた。

 

「ところで魔法の効果が何故一時的なものでしかないのか、皆さんはご存知ですか? 魔法の効果が永続しないのは、エイドスの復元力が作用するからです。エイドスの復元力とは、外から書き換えられる前の自分に戻ろうとする力。ですが『再成』でフルコピーしたエイドスも過去の自分自身を表す情報体に他なりません。自分自身の情報でエイドスを上書きされた対象は、損傷を受けた状態に復元するのではなく、損傷を受ける事無く時間が経過した状態でこの世界に定着します。全て、無かった事になるのです」

 

「じゃあ達也は、どんな傷でも一度で治してしまう、という事ですか? 信じられません。いくら達也でもそんな……」

 

 

 信じられないという思いをハッキリと口にしたのは幹比古だった。しかし深雪はそれを笑って否定した。

 

「一度で、ではありませんよ吉田君。一瞬で、です。それに対象は生物に限りません。人体だろうと機械だろうと、お兄様は一瞬で復元してしまう事が可能です」

 

 

 あんぐりと口を開けた状態で固まってしまった幹比古を見て、深雪はおかしそうに、だが同時に寂しそうに笑った。

 

「この魔法の所為でお兄様は他の魔法を自由に使う事が出来ません。魔法領域をこの神の如き魔法に占有されている所為で、他の魔法を使う余裕が無いのです」

 

「それじゃあ、本当に私の勘違いだったんだ……」

 

 

 神の如きという形容を大袈裟だと思う者は一人もいなかった。そして千秋が深雪の説明で自分の思い込みが完全に間違いだったと思い知らされていた。

 

「……それで達也君はあんなにアンバランスなのね」

 

「ああ……それほど高度な魔法が待機していては、他の魔法が阻害されても確かに不思議は無い……」

 

 

 深雪は真実の半分しか語っていない。残りの半分を打ち明けるつもりは無かった。都合の良い誤解をしてくれた先輩たちの言葉に、寂しげな微笑みを浮かべるだけだった。

 沈んだ空気に耐えられなかったのか、花音が必要以上に高いテンションで言葉を放った。

 

「でもそれって凄いじゃない。二十四時間以内に受けた傷ならどんな重傷でも無かった事になるんでしょ?」

 

「そうだね。災害現場でも野戦病院でもその需要は計り知れない。何千、何万という人の命を救う事が出来る」

 

 

 その意味を改めて理解したのか、五十里が熱の篭った口調で花音に同調した。

 

「そうよ! それに比べたら他の魔法が使えないなんて些細な事だわ。こんな凄い力を何故秘密にしてるの? だって大勢の命を救う事が出来るんだよ。命を奪う事で得た名声しゃなくて命を救う事で得た名声なんて、本物のヒーローじゃん!」

 

「そうですね……ありとあらゆる負傷を無かった事にする。そんな魔法が何の代償も無く使えるとお考えですか?」

 

 

 興奮する花音とは対象的に、深雪は極めて冷静で表情に乏しかった。冷たく冴えた眼差しが花音を貫く。それを見て初めて花音も摩利も真由美も愛梨も、深雪が荒れ狂う激情を己が裡で氷漬けにする事で無理矢理平静を保っているのだと覚った。

 彼女は嘆き哀しんでいた。彼女は怒り狂っていた。

 

「エイドスの変更履歴を遡ってエイドスをフルコピーする。その為にはエイドスに記録された情報を全て読み取っていく必要があります。そこには当然負傷した者が味わった苦痛も含まれます。知識として苦痛を読み出すのではなく苦痛という感覚が負傷した肉体の神経が生み出す痛みという信号がダイレクトな情報となって自分に流れ込んで来るのです。脳を介した情報ではなく神経が直接それを認識するのです」

 

 

 深雪の説明の最中、だれかが咳き込んだ。それは意識的な咳払いでは無く上手く呼吸が出来なかった為の生理的な反応だった。

 

「しかもそれが一瞬に凝縮されてやって来ます。例えば……今回五十里先輩が負傷されてからお兄様が魔法を使われるまでおよそ三十秒の時間が経過しました。それに対してお兄様がエイドスの変更履歴を読み出すのに掛けられた時間はおよそゼロコンマ二秒。この刹那の時間にお兄様の精神は五十里先輩が味わわれた痛みを百五十倍に凝縮した苦痛を体験されているのです」

 

「百五十倍……」

 

 

 五十里の口から呻き声が漏れた。それがどんなものか、正直なところ想像出来ないのだろう。もしそんな痛みに曝されたとして、自分は正気を保てるのだろうかと思った。

 

「負傷していた時間が長ければ、それだけ痛みは凝縮されます。一時間前の負傷を取り消す為には、本人の一万倍以上の苦痛に耐える事を余儀なくされます」

 

 

 深雪は花音から微妙に目を逸らした。彼女に、自分以外の誰かに怒りをぶつけないように。

 

「お兄様は他人の傷を治すたびにそのような代償を支払っているのですよ? それでも他人の為にそのお力を使うべきだと仰るのですか?」

 

 

 彼女は静かに怒り狂っていた。何よりも自分自身に対して。兄に「再成」の行使を願ってしまった身勝手な自分自身に対して。

 

「じゃ、じゃあ……雫が聞いた『三年前に深雪は死んでいた』っていうのも……」

 

「聞いてたの……そうよ、ほのか。私はお兄様によって『再成』されたのよ。だから『本当は死んでいた』って表現したの」

 

 

 夏休み、無人島で親友が聞かされた事をほのかは聞いていた。だから今回達也の魔法の説明を受けてその真相を理解したのだろう。

 その後誰も口を開く事は無くヘリは脱出に向けて飛び続けたのだった。




そろそろIFの内容を考えなければ……何個か希望もらってるんですよね。ご期待に応えられるかどうか分かりませんが、精一杯がんばります。
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