劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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あと二、三回で騒乱編も終了……


虎狩り

 真由美たちを乗せたヘリを覆う重苦しい空気は、美月が突然発した「あっ!?」という声によって破られた。

 

「美月、どうしたの?」

 

 

 頭上にのしかかる沈黙の原因を作った深雪が柔らかな口調でその声に反応し真っ先に訊ねた。

 

「えっと、ベイヒルズタワーの辺りで野獣のようなオーラが見えたような気がして……」

 

 

 美月はヘリに乗ってから断続的に眼鏡を外して地上を見ている。見る事しか出来ないからという理由で見張り役を自発的に務めていたのだが、今はそれが功を奏した。

 

「野獣のような? 好戦的で凶暴なという意味?」

 

 

 美月に問い掛けると同時に幹比古は答えを待たずに懐から呪符を取り出し術を発動し目にかざした。既に小さく見えるベイヒルズタワーを呪符越しに見た幹比古は驚愕の声を上げた。

 

「敵襲!?」

 

「確かなの?」

 

「でも敵は義勇軍が押し返してるはずよ」

 

 

 エリカと花音が続けざまに問い掛け、幹比古はエリカの質問に首肯し、花音の反問に首を振った。

 

「少人数による奇襲です。恐ろしい呪力を感じます。戻りましょう、協会が危ない」

 

 

 最後の言葉は真由美に向けたもの。真由美は瞳に迷いを浮かべて摩利と顔を見合わせていたが、そこへ副操縦席の名倉から声が掛った。

 

「真由美お嬢様、魔法協会より十師族共通回線へ緊急通信が入っております」

 

「貸してください!」

 

 

 真由美は奪い取るように通信機を受け取り耳に当てた。そこから聞こえてきたのは幹比古が告げた通りの緊急事態だった。

 真由美は迷っていたのが嘘のように迅速に決断をした。

 

「名倉さん、協会にヘリを向けて!」

 

 

 答えを待たずに真由美は自分で通信機を操作した。回線はすぐに繋がった。

 

『七草、如何した?』

 

「十文字君、協会支部には私たちが行くわ。すぐにヘリで引き返すからそんなに時間は掛らない。だから十文字君は敵部隊の撃退に専念して」

 

『頼む』

 

「任せて」

 

 

 通信が切れた時には、既にヘリは転進していた。

 

「あいつは!?」

 

 

 ヘリポートに到着して、状況を確認した摩利が声を上げた。正確に言うと白い甲冑の兵士の気配を感じて声を上げたのだが。

 

「あの時の人だね……呂剛虎だっけ? 逃げられちゃったんだ。せっかく達也君が捕えてくれたのに」

 

 

 真由美も知覚系魔法によりその顔を認めて目を細めた。

 

「呂剛虎!?」

 

「エリカ、知ってんのか?」

 

「強敵よ」

 

「へぇ」

 

 

 目を輝かせて短く答えたレオに、最上級生コンビは頭痛を感じていた。押し寄せてくる敵部隊を見下ろして、深雪はCADを手に取った。エリカたちに目を奪われていた真由美がそれに気付き慌てて制止する。

 

「深雪さん、ストーップ! 協会員の魔法まで塗りつぶしちゃうつもり!?」

 

「大丈夫です。一撃で終わらせます」

 

「駄目よ。万が一にも討ち漏らしがあったら深雪さんの責任になっちゃうのよ?」

 

 

 真由美の言葉に『討ち漏らしなどしない』と深雪は心の中で思ったが、相手が自分を心配してそう言っているのは解るので大人しくCADをポケットに戻した。

 

「深雪さんは支部フロアを守って。責任を押し付けるみたいで嫌だけど、最後の砦を任せられるのは深雪さんしかいないわ」

 

「かしこまりました」

 

「桐原君と壬生さん、それと三十野さんは深雪さんと柴田さんと平河さんたち姉妹の護衛をお願いします。五十里君と花音ちゃんと吉田君と一色さんたちはあの白い鎧以外の敵兵を抑えてもらえるかしら」

 

 

 下級生たちに指示を出し、真由美は摩利に視線を移した。

 

「摩利」

 

「ああ、あの男はあたしたちで倒す。エリカ、西城、お前たちにも手伝ってもらう」

 

「言われなくても」

 

 

 エリカの目を正面から見据えた摩利の言葉に、挑戦的に答えたエリカ。その隣ではレオが力強く頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バリケード代わりに並べられた装甲車を次々と突破し、最後のバリケードの前で、呂剛虎は憎むべき小娘に会った。脇腹の傷も背中の傷もこの鎧を着ている間は妨げとならない。呂は二度も自分に屈辱を与えた小娘――摩利へ襲いかかった。

 摩利は協会で調達した三節刀を構え左手に持ち、右手は左手首のCADに添えている。摩利の姿しか目に入っていなかった呂剛虎に、横合いからエリカが斬り掛る。両腕で大蛇丸を受け止め山津波の威力に押し流されながら、鋼気功で圧壊の刃を受けきる。

 その背後でレオが咆哮と共に薄羽蜻蛉を呂剛虎の両足を刈り取る斬撃を繰り出す。無に等しい厚みの刃を視認出来なかった呂だが、宙を舞い跳び蹴りでレオに襲いかかる。レオは水平斬りを斬り上げに変化させたが間に合わない。

 

「グォッ?」

 

 

 その声は空中の呂から発せられた。レオへ向かって飛ぶ軌道の途中で真由美の魔法が呂を捉えたのだ。一発一発はわずかな質量でも、それがほぼ同時に何百とうち込まれれば人の身体を弾き飛ばす威力となる。

 

「パンツァー!」

 

 

 レオが音声入力コマンドを唱えた直後、呂の双手突きがレオの胸に突き刺さる。レオの身体が水平に飛んでバリケードの車両に激突した。

 

「このっ!」

 

 

 エリカが大蛇丸を振り下ろす。呂は真っ向からの斬り下ろしを鮮やかに躱わした。

 振り下ろされた長大な刀身は地面に激突する事無くそのまま跳ね上がり呂の脇腹に吸い込まれる。慣性を復元せずに振り下ろし切り返しと同時に慣性を戻す。

 山津波の変化技「山津波・燕返し」。しかし重さはあっても速度の足りない切り上げでは呂の鋼気功は斬り裂けない。呂の掌打を受け、エリカは大蛇丸ごと軽々と飛んで行った。

 レオと同じくバリケードに衝突したエリカは、そのまま地面に倒れて動かなくなった。手応えの無さに一瞬訝しげな表情を浮かべた呂だが、すぐに意識を摩利に戻した。だがそのわずかな時間は貴重な一刹那となり、摩利ばかりに意識を向けていた呂剛虎は、真由美の対人戦闘における切り札『ドライミーティア』を喰らい止めを刺されたのだった。

 

「摩利さん、大丈夫ですか!?」

 

「エリカ!? レオ!? 大丈夫!?」

 

 

 花音と幹比古が駆け寄ってくる。花音の後には疲れを滲ませた五十里の顔も見えた。どうやら呂剛虎以外の敵兵も片付いたようだ。

 

「あたしは大丈夫だ。プロテクターのおかげでな」

 

「花音ちゃんたちも怪我は無いようね」

 

 

 摩利はすぐに応えを返し、真由美もバリケードの向こう側から顔を見せた。

 

「俺の方も大事ないぜ」

 

「……アタシも何とか」

 

「エリカ!?」

 

 

 慌てて幹比古がエリカに駆け寄り、レオも心配そうな表情でエリカを見ていた。ところが摩利がエリカに目を向けるや、むっくりと起き上がった。

 

「エリカくん、起きて大丈夫なの?」

 

「大丈夫ですよ。軽い脳震盪で一応意識はあったから」

 

 

 意外な行動に言葉を失ったレオと幹比古に変わって五十里がエリカに問い掛け、エリカは答えの後に深々とため息を吐いた。

 

「あ~あ、負けちゃったかぁ」

 

 

 敵を倒した事を喜ぶより、自分が負けた事をぼやく。そのエリカらしい物言いに、幹比古とレオは揃って気の抜けた笑いを漏らしたのだった。




ここ必要だったのだろうか……

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