劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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次で騒乱編は終わるかと思います


マテリアル・バースト

 陳祥山は普通に魔法協会支部へと通じる廊下を歩いていた。エレベーターもエスカレーターも使わず自分の足で階段を上がってきたのだが、誰にも見咎められていない。

 部下の呂剛虎は格好の囮になってるのもあるが、彼の姿が見咎められない理由は他にもあった。

 鬼門遁甲、それは方位の吉凶を占う術であるが、裏の顔も存在している。それは方位を操る魔法。術者の望む方向へ人々の認識を誘導する秘術。裏の鬼門遁甲とは、方位に特化した精神干渉の呪法なのだ。

 それは何の緯線・経線を基準とした地理的な方位に限らず、意識の向かう行き先を捻じ曲げるのも鬼門遁甲の基本技術。陳は部下の働きにより易々と日本魔法協会関東支部へ到着した。

 鍵を電子金蚕で破壊し、魔法協会支部に足を踏み入れた陳は、異様な冷気に絡めとられた。

 

「これが鬼門遁甲ですか。勉強になりました」

 

「司波深雪……」

 

「私をご存知という事は、ここ暫くお兄様につきまとっていたのは貴方なのですね」

 

 

 深雪の声には何処か安堵したような響きがあった。

 

「何故ここにいる? 私の術が通じなかったのか……?」

 

「警告を受けていました。方位に気をつけなさいと。正直なところそれだけでは意味が解らなかったのですが、方位に気をつけなければならないなら三六〇度、全ての方位を警戒してれば何とかなるかと思いました」

 

 

 馬鹿げた話だと思ったが、現に彼の術は破られているのだ。

 

「幸いこちらには見えないものが見える魔法師がいましたので、術によって見えない事にされている貴方の姿も見えたという訳です。とにかく貴方が覗きの張本人なら、貴方にいなくなってもらえれば暫くは安心出来るというものです」

 

 

 深雪は嬉しそうに、一際可憐な笑みを浮かべた、その笑みに陳は自分の運命を覚った。

 

「暫くお休みください。私も色々と上達しましたのでずっと目が覚めなくなるという事は無いはずです」

 

 

 その言葉を最後に、陳の意識は闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也、柳の活躍で、独立魔装大隊は遂に敵の本陣である偽装揚陸艦を目視に捉えた。敵が投入した戦力は二十輌の装輪式大型装甲車、六十機の直立戦車、八百人の戦闘員、その中には魔法師も多数含まれていた。

 だが装甲車、直立戦車の残存数はゼロ、兵士の損耗率も七十パーセントという壊滅状態に陥っていた。壊走する彼らを追いたてるその先頭に立つのは、わずか四十名の飛行兵部隊。敵艦が出港しようとしてるのを、柳は見逃すつもりは無かった。

 

「逃げ遅れた敵兵は後詰めの部隊に任せて我々は敵艦を攻撃、航行能力を破壊する!」

 

 

 ムーバル・スーツの空中機動力を使えば残存兵力の頭を飛び越えて敵艦に乗り込み内部から制圧するのも可能だったが、柳はそんなリスクと手間を負担するつもりは無かった。指向性気化爆弾のミサイルランチャーを抱えた兵士を中心に、貫通力増幅ライフルを手に持つ兵士を護衛に配して隊列が組まれる。

 だが彼らが今まさに飛び立とうとした時、制止の声が届いた。

 

『柳大尉、敵艦に対する直接攻撃はお控えください』

 

「藤林、如何言う事だ」

 

『敵艦はヒドラジン燃料電池を使用しています。東京湾内で船体を破損させては水産物に対する影響が大きすぎます』

 

「ではどうする」

 

『退け、柳』

 

「隊長?」

 

 

 いきなり通信の相手が変わって、柳は訝しげな声を上げた。相手が変わった事にではなく、その命令に対してだ。

 

『勘違いするな。作戦が終了したという意味では無い。敵残存兵力の掃討は鶴見と藤沢の部隊に任せ一旦帰投しろ』

 

「了解です」

 

 

 柳は迅速に返事をし、部下に対し移動本部への帰投を命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰投した柳に指揮権を委ね、風間少佐は真田大尉、藤林少尉、そして達也を連れてベイヒルズタワーの屋上に来ていた。現在の時刻は午後六時。黄昏時であり逢魔が時だ。

 

「敵艦は相模灘を三十ノットで南下中。房総半島と大島のほぼ中間地点です。撃沈しても問題ないと思われます」

 

 

 携帯用の小型モニターを見ながら風間にそう告げ、響子の言葉に頷いた風間は真田へと顔を向けた。

 

「サード・アイの封印を解除」

 

「了解」

 

 

 風間からカードキーを受け取ると、真田は不謹慎なほど嬉しそうな顔で傍らの大きなケースのカギを開いた。霞ヶ浦の本部から大急ぎで持ってこさせたケースで、鍵はカードキーと静脈認証キーと暗証ワード声紋照合の複合キー。音声の応答は本来必要の無い真田の趣味なのだが、厳重な封印は遊びでは無い。

 中に納まっていたのは大型ライフルの形状をした特化型CAD。真田はそのCAD「サード・アイ」をムーバル・スーツを着てヘルメットを被ったままの達也に手渡した。

 

「大黒特尉。マテリアル・バーストを以て敵艦を撃沈せよ」

 

「了解」

 

「成層圏監視カメラとのリンクを確立」

 

「マテリアル・バースト発動」

 

 

 達也はそう呟いて引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相模灘を南下中の大亜連合所属偽装揚陸艦の艦内には安堵感が漂っていた。彼らは成層圏プラットホームから何らかの監視手段で追跡されている事を確信していたが、最早攻撃を受けるとは思っていない。

 

「……覚えておれよ。この屈辱は倍にして返してやる」

 

 

 帰還を既定の事実とし、報復を誓う気の早い士官も一人や二人では無かった。もうすぐ大島の東を通過するというその時、不意に警報が鳴った。

 甲板上に生じた灼熱の球体。それが空気を加熱して衝撃波を発生させ甲板を溶かして金属蒸気の噴流を生み出し、ヒドラジンを含めたすべての可燃物を一瞬で完全燃焼させ巨大な炎の塊と化して艦を呑み込んだ。

 マテリアル・バーストの生み出した灼熱の地獄は、成層圏監視カメラを通じてベイヒルズタワーの屋上でも確認された。

 究極の分解魔法「質量爆散」。それは質量をエネルギーに分解する魔法。

 

「……敵艦と同じ座標で爆発を確認。同時に発生した水蒸気爆発により状況を確認出来ませんが撃沈したものと推定されます」

 

「撃沈しました。津波の心配は?」

 

「大丈夫です。津波の心配はありません」

 

「約八十キロの距離で五十立方ミリメートルの水滴を精密照準……『サード・アイ』は所定の性能を発揮しました」

 

 

 真田が風間に対して得意げに報告する。風間は真田へ無言で頷いて達也に労いの言葉を掛けた。

 

「ご苦労だった」

 

「ハッ」

 

 

 敬礼で応えた達也に頷き、風間は作戦終了を宣言した。




さすがはお兄様、敵艦隊など一撃で……いや、一瞬で駆逐するとは……

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