とある休日の昼下がり、達也は街中で一人佇んでいた。
「お待たせ」
「もうよろしいのですか?」
同行者が店から出てきて、達也は書籍サイトにアクセスして読んでいた文章から目を離した。
「うん。ほしいものは買えたから」
「そうですか」
その同行者は珍しく深雪ではなかった。彼女は今生徒会の仕事で一高にいるのだ。達也も手伝おうと思っていたのだが、タイミング良く(悪く?)電話がかかってきて、なし崩しにこのような展開になっているのだ。
「しかし、何故自分が? ほかに相応しい人がいるような気もするのですが」
「いいえ。達也さん以上に相応しい人なんて存在しません」
こう断言されて、「はいそうですね」と答えられるほど、達也は自惚れてはいないし相手の言葉を鵜呑みにするような考えなしでもない。
「しかしですね、叔母上……」
「今はその呼び方は禁止です。わざわざお忍びで来てるんですから」
「はぁ……」
達也の同行者とは、彼と深雪の叔母であり、現四葉家当主の四葉真夜だった。
「まさか懸賞に当たるとは思ってなかったもの」
「意外と俗っぽいことをしてるんですね」
「大丈夫よ。宛先はすべて魔法協会関東支部になってるから」
「あの家に郵便物が来るんですか?」
「来ないわ。場所すら地図に載ってないんですから」
その場所とは当然四葉本家の事だ。特殊な結界に覆われたその場所は、普通の人間にはたどり着くことが出来ないのだ。
「その事自体はとやかく言いませんが、何故付添人に俺を? さすがに恋人役には無理があるのではないでしょうか」
「じゃあ他に誰を誘えと?」
「黒羽さんでは駄目なのですか?」
「貢さん? 駄目よ、見た目がタイプじゃないもの」
真夜がバッサリと切り捨てたので、達也は内心で貢に同情した。
「しかし自分は高校生なのですが……」
「達也さんがスーツを着て、見ず知らずの人が達也さんを高校生だと見抜けるなんて思えないわよ」
「はぁ……まぁ真夜さんもお若いですからね」
四十は過ぎているはずなのに、真夜の見た目は三十代前半でも通るくらい若々しい。対する達也は普段から落ち着いた雰囲気を纏っており、制服ではなくスーツを着ている為、余計高校生には見えない格好になっている。この二人の関係を知らない人が見れば、少なくとも甥と叔母には見えないだろう。
「良く葉山さんが許可しましたね……」
「葉山さんは私の味方ですもの。青木さんたちには何も教えてないし」
「……良く外出出来ましたね」
ご当主が不在となれば、青木が慌てるだろうと達也は考えていた。彼は心底真夜を崇拝し、達也を見下しているのだ。その真夜が達也と一緒だと知ったら、真夜が目の前にいるのを忘れて達也に怒鳴りかかるだろう。
「青木さんなら出張中だから。あの魔法力だけの男がそうだからね」
「親父ですか? 本部長ともなれば忙しいんでしょうね」
「そういうわけで、私が一日屋敷にいなくても問題はないわよ」
問題はあるだろう、と達也は思っていたが、これ以上言い争っても意味はなさそうだったので止める事にした。
「ここよ。どんなものかしらね」
真夜が達也を連れてきたのは高級ホテルのレストラン。懸賞と言っていたが、随分と次元の違うものだ……と達也が思ったかは知らないが、とにかく懸賞で当たるようなレベルのものではなかった。
「予約した司波ですけど」
「はい、お待ちしておりました」
いつの間に自分の名で予約したのか、と真夜を問い詰めようとしたが、それより先にウエイターが返事をしてしまった。そのせいで達也は真夜を問い詰める事が出来ずにそのまま大人しく席に案内された。
「楽しみね、達也さん」
「……何故俺の名で?」
「私の名前で予約するわけにもいかないでしょ? 『四葉』なんて名乗ったら大変だもの」
確かに筋は通っているが、達也は何となく真夜が『司波』姓を名乗りたかっただけではないかと勘ぐっていた。
「しかし、普通ディナーでは? 何故ランチなのです?」
「細かいことは気にしないの。達也さん、それ以上老けこんだらどうするのよ」
「別に老けこんではないと思うのですが」
高校生らしくない、とは自分でもわかっている達也だが、真夜が指摘するほど老けこんでるつもりもなかった。
「でも、こうしてデート出来るんだから、老けこんでるのも必ずしも悪いって訳じゃないのね」
「……ですから俺は老けこんではないんですが?」
達也の反論は、運ばれてきた料理によって中断された。中断というより強制終了か。
「さ、頂きましょう」
「そうですね……」
この叔母に何を言っても無駄だと諦めて、達也も運ばれてきた料理を口にすることにした。
「……こんなものかしらね」
「まぁ真夜さんは普段から美味しいものを食べてるでしょうしね。俺も深雪の料理で舌が肥えている方ですが、そこまで厳しい判定は下しませんよ」
「だって高級だって聞いてたから楽しみにしてたのに……」
店の人間に聞こえないよう、小声で話してはいるが、真夜の顔はあからさまにがっかりしていた。
「まぁ、たっくんとデート出来た事を足して善しとしましょうか」
「呼び名がいつも通りになってますよ」
「いいじゃない。どうせ聞こえないんだから」
料理自体には満足してない感じの真夜だったが、達也と一緒にいられた事で何とか自分の心を納得させた。一方の達也は、まぁこの程度かと思いながらも満足はしていた。
「それで、これは本当に懸賞だったんですか? それとも他の理由があってこのような所に?」
「……やっぱり達也さんは鋭いわね。店を出たら話します」
真夜は最後のデザートを口に運びながら別の理由がある事を認めた。
会計を済ませ、タイミング良く表れた車に乗り込んで暫く、真夜と達也の間には無言が続いた。
「……実はね、分家の方々がたっくんを四葉から排除しようと動いてるらしいのよ」
「今更ですね。彼らは随分前から俺を無きものとして扱っていましたが」
「違うの。本格的に無きもの……四葉家に存在しないものとしようとしてるのよ」
「……それで? 今日のこの食事とその事との関係はなんでしょうか」
分家連中が自分の事を疎ましく思っている事は知っている。だがその事と今日の事との関係が達也には分からなかった。
「だから、たっくんが私の恋人ということになれば、分家の方々も簡単にはたっくんを排除出来ないでしょ?」
「……しかし、俺と叔母上はそのような関係ではありませんし、そもそも甥と叔母では……」
「別に肉体関係になりたい訳じゃないもの。私は子供を産めないんだし。でも、たっくんとそんな関係になりたいのは事実よ。だからこうしてデートに誘ったの」
今日のお誘いにそのような裏があったのかと、達也は内心溜息を吐いた。これからもこういった誘いが増えてくるのかと思うと、深雪の機嫌取りと真夜の相手との負担を考え、さらに老けこみそうだと思っていたのだ。
「というわけで、なるべくは私の事は名前で呼んでね? もちろん、青木さんや他の方の前でも」
「如何なっても知りませんからね」
後日、本家で達也が真夜の事を名前で呼んだ事で、四葉家内で大騒動が勃発したのだが真夜はその事には無関心だった……
何となくの要望があったので、何となく作ってみました。