調べ物を終えて図書室から出ようとした達也は、背後から掛けられた声に内心ため息を吐きながら振り返った。
「何かご用でしょうか、七草先輩」
声を掛けてきたのは、前生徒会長の七草真由美。ここ最近事あるごとに達也に付きまとっているのだ。
「ちょっと聞きたい事があるの。少し時間いいかしら?」
「ホントに少しですよね? この前みたいに一時間も付き合わされるのは困りますから」
「あれは謝ったでしょ!」
魔法学で分からない部分を達也に訊ねたのだが、その説明が専門的なものだったので、真由美は理解するのに時間を要したのだ。そのせいでその日の達也は家に帰ってから深雪の機嫌を取るのにその倍の時間を要したのだ。
「それで、聞きたい事ってなんです?」
「ここではちょっと」
真由美は少し頬を赤らめて場所を移すよう提案してきた。達也以外の男子だったら興奮するような仕草でも、真由美の仕草に一々相手するとろくな目に遭わないと学習している達也には効果は無かった。
「では何処で?」
「この時間なら何処かの教室かな? 人目も無いだろうしね」
「……何の用なんですか?」
何となく他者に聞かれたくない話だという事は理解出来る。だが、その内容が何なのかは達也には想像のしようが無かったのだ。
「大丈夫。何かやってくれとかじゃないから」
「先輩の大丈夫は当てになりません」
「なんでよ!」
傍から見れば恋人がじゃれあってるように見えなくもないやり取りを繰り広げながら、真由美と達也は教室へと歩を進める。その光景を見た一人が「七草前会長と司波君が仲よさそうにしゃべってた」と友人に話し、徐々に尾ひれがつき深雪に伝わるころには「七草前会長と司波君が付き合っている」という風に様変わっていたのだが、それを二人が知る由は無かった。
教室にやってきた達也は、さっさと終わらせる為に切り出した。
「それで、いったい何の用なんです?」
「聞きたい事があるって言ったでしょ?」
「ではその『聞きたい事』とは何でしょうか? また勉強を教えてくれじゃないですよね」
分からない個所を教えるだけなら、わざわざ図書室から移動する必要はない。いや、真由美の面子を考えれば移動もやむなしなのかもしれないが、わざわざ他者の目を気にするほどでもないのだ。
「その……聞きたいのは達也君の魔法についてなんだけど」
「俺の? あぁ、深雪に聞いたんですね」
「そりゃあんなもの見せられたらね……気になるわよ」
論文コンペ当日、大亜連合軍の侵略を受けそれに対抗した桐原たちが負傷、その怪我を無かった事にした達也本来の魔法を見て、気にならない方がおかしいか、と達也は勝手に結論づけた。
「深雪さんから『再成』? って魔法の事は聞いたわ。でも私が聞きたいのはそれじゃ無いの」
「では?」
「達也君、化成体の蝗の群れを消し去ったでしょ? でも、私が知る限りではそんな魔法は無かったと思うの。『術式解体』でもあんな風には消え去らないと思うし」
「確かに術式解体では無いです。ですが、教える事は出来ません」
「それは軍事機密だから?」
達也が国防軍所属の特務兵である事を真由美が知っているのは達也も分かっている。だが軍事機密の魔法があるなどとは説明していないし、一般の高校生なら知り得ない情報だ。さすがは十師族だと達也が一つ納得し、説明を続ける事にした。
「それも当然ありますが、俺の魔法は『再成』同様おいそれと人に話せるような内容では無いんですよ」
「大型車を丸ごと消し去るんだもんね。言えなくてもしょうがないか」
「……そういえば、先輩はそっちも見てたんですね」
『マルチ・スコープ』で達也が大型車を消し去ったのを見ていたのを思い出し、達也は首を左右に二度振った。
「説明しても構いませんが、これを知ったら先輩は後悔するかもしれませんよ」
「……そんなに凄い内容なの?」
「内容自体はそれほど。ですが、先に先輩が仰ったように軍事機密ですので、先輩には四六時中監視がつく可能性があります。内容を漏らせば、いくら先輩が『七草』であろうとも消し去られる可能性も……いえ、俺が消す可能性だってあります。その事を理解した上で、先輩はまだ俺の魔法について聞きたいですか?」
達也の一切の冗談も許さない視線を向けられ、真由美は視線を逸らしたい衝動に駆られる。だがここで逸らせば説明をしてもらえるチャンスは潰える事になる。真由美は恥ずかしさに蓋をして達也の視線を真っ向から受け止めた。
「他言はしないわ。これは深雪さんにも誓った事だから」
「そうですか……」
達也は一度視線を真由美から逸らし、少し遠くを眺めてから真由美に向き直った。
「俺は魔法演算領域を二つの魔法に占領された状態で生まれてきました。一つは既に深雪から説明を受けた『再成』。情報体を読み取り、二十四時間以内の外傷を無かった事に出来る魔法。そしてもう一つが先輩が知りたがった魔法です」
そこで一旦区切ったのは、真由美に逃げ道を提供したから。ここで止めればまだ引き返せるという意味を込めて、達也は真由美の目を見た。
「……お願い」
視線で問われていた真由美は、そう答え退路を自分から断った。
「魔法の固有名称は『分解』、情報体に直接アクセスし、その構造を原子単位まで分解する魔法です。『再成』同様に対象は人物だろうが機械だろうが関係ありません。存在自体を消し去る事が可能なのです」
「……つまり人を殺す事も可能って事?」
「そんな生ぬるい表現では済みませんね。骸すら残らない……人としての死を迎える事無く消え去るんですから」
その光景を想像したのだろう。真由美は吐き気を催したように口を押さえている。
「だから言ったんです。聞けば後悔すると」
「で、でもその二つの魔法が演算領域を占領してるのよね? なのに達也君は他の魔法も一応は使えるわよね?」
モノリス・コードで使っていた魔法を思い出し、真由美は吐き気を何とか抑えて達也に問い掛けた。
「……こっちはもっと後悔する内容ですが、それでも構いませんか?」
この話をするには達也と深雪の秘密――自分たちが四葉家の関係者である事を説明しなければならない。それを避けるためにあえて真由美に問い掛けたのであって、達也にそれを説明するつもりは無かった。
「いえ、もう結構よ……でも、達也君の秘密を知っちゃったわね。バラされたくなければ言う事を聞きなさい?」
「……バラせば先輩が消えるだけですよ? そしてその内容を聞かされた相手も」
「良いから! 黙っててほしければ私とお付き合いしなさい。もちろん男女のお付き合いだからね!」
随分と遠回しな告白だと、達也は苦笑いを浮かべた。
「やれやれ、何時の間にか脅される側になっていたとは」
そう呟きながら、達也は真由美の申し出を「仕方なく」受けるのであった。
リクエストが多く、今回IFが長く続くかもしれません……本編を楽しみにしてくださってる方には申し訳なく思いますが、今しばらくお付き合いください。