劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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リクエストが多かった鈴音編のIF話です


新・IFルート 鈴音編

 図書室の閲覧スペース、本来なら一人で使う場所に達也は今鈴音と二人きりでその空間にいる。無論おかしな事をする為ではない。この場所はしっかりとカメラで監視されており、論文コンペの代理の代表に選ばれた時にも、達也は真由美に対してそのような癖は持っていないと言っている。

 では何故このような密室に異性と二人きりになっているのかというと、調べ物を終え出ようとしたところに鈴音が通りかかり、丁度いいからと達也をまた閲覧スペースへと押し戻したのだ。

 

「………」

 

 

 達也を押し戻し、二人きりの空間にしたのは紛れもなく鈴音なのだが、彼女は何故か緊張しているようで何も話さない。このままではただただ時間だけが浪費されるのは明らかだったので、仕方なく達也から切り出す事にした。

 

「何か用なのですよね? いったい何のご用でしょうか?」

 

「いえ……用とかそんな大層な事ではないのですが……」

 

「では失礼しても? 俺にも予定というものがありますので」

 

「……司波君、聞きたい事があるので、後日会ってもらえませんか?」

 

「聞きたい事? まぁ後日で良いんでしたら」

 

 

 暫くは独立魔装大隊の訓練も無い。第三課で研究に忙殺される事もない。今の時期は比較的にスケジュールに余裕のある達也は、とりあえず鈴音の提案を受け入れた。

 

「では今週末、そうですね……駅で待ち合わせという事で」

 

「はぁ……では失礼します」

 

 

 とりあえずこの居心地の悪い空間から出たかった達也は、鈴音が何故このような提案をしたのかを深く考える事無く承諾の返事をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束の週末。細々とした時間などは連絡を取って決めたのだが、達也も鈴音も真面目な性格だ。待ち合わせ時間の十分前には到着するように行動している。

 

「早いですね、市原先輩」

 

「司波君こそ。まだ十五分前ですよ」

 

 

 十分前行動の五分前行動。この二人ならこれくらいするだろう。特に楽しみにしているわけではないのだが、傍から見たら緊張で早めに行動しているようにも見えなくは無い。

 

「それで、聞きたい事とは?」

 

「ここではちょっと……場所を変えましょう」

 

 

 鈴音に言われるがままに移動する達也。今日一日は何も予定を入れていないのである程度なら鈴音の意思に任せて行動が出来るのだ。当然の如く、後日深雪と出かける約束を取り付けられているのだが、その程度なら達也には苦だと思う事は無いのだ。

 

「随分と人気が無い場所ですが……ここでいったい何を?」

 

 

 達也の方には全くもって鈴音が聞きたい事に対しての心当たりが無い。もし普通の高校生男子だったのなら、美人の先輩に呼び出され、人気の無い場所に連れ込まれたらおかしな想像でもするのだろうが、生憎と達也にそういった感性は無いし、妄想に興じる趣味も持ち合わせてなかった。

 

「司波君も聞かれると拙いかと思いまして。まずはこんな場所に連れ込んだ事を謝らせてください」

 

「いえ、別に構いませんが……それで、俺も聞かれると拙い話というのは?」

 

 

 鈴音の謝罪を不要なものと退け、達也は声のトーンを落とした。意識的にではなく無意識にだ。

 

「ゲリラとの戦闘で、司波君は私の魔法を見ましたよね?」

 

「精神に直接作用し、相手の行動を手玉に取る。かつて第一研で研究されていたものですよね。そしてそれが使えるのは第一研にゆかりがある人間、『一花家』が得意としていた魔法」

 

「やはり、知っていたのですか」

 

 

 鈴音が数字落ちである事は達也はあの魔法を見て分かっていた。もちろん他言するつもりは無いので聞かれても答えるつもりは無かったのだが。

 

「七草先輩たちは知らないでしょうけどね」

 

「真由美さんは十師族でも跡取りでは無いですからね」

 

 

 二人顔を見合わせて人の悪い笑みを浮かべあう。この辺りの二人は似ていると称されてもおかしくは無いだろう。

 

「これで終わり……ではありませんよね?」

 

「ええ。司波君の魔法……あれはいったい何なのですか? 対象を跡形もなく消し去る魔法など、私の知る限り無いのですが? 化成体ではありましたが、あれほど完璧に消し去る事が可能な魔法とはいったい……」

 

「あれは俺本来の魔法ですよ。もちろん学校などで使えば大問題になるので普段は使いませんが」

 

 

 鈴音が『一花』であった事を隠しているように、達也にも隠さなければならない事情がある。だがそれで納得してもらうには些か無理があるので、達也は国家機密保護法で黙らせられる部分のみを話す事にしたのだった。

 

「俺が使った魔法の名称は『分解』。現代魔法において最高難度とされている魔法です」

 

「情報体に直接作用し、その構造を分解するという魔法ですよね」

 

「やはりご存知でしたか。さすがは市原先輩です」

 

「ですが、あの魔法は使えるものがいないと……いてもあそこまでの威力は出せないとされているはずでは」

 

「ですから、秘密にしているのですよ。俺はその魔法を生来の物として賜り、そして演算領域の殆どをその魔法に占領されているんです」

 

「なるほど……だから司波君は他の魔法を高速発動する事が困難なのですね」

 

 

 演算領域にそのような魔法が待機していては、他の魔法の発動を妨げてしまうのも仕方ない。鈴音は自己解釈で納得をしてくれたようだった。

 達也は真実の半分も話していないのだが、これ以上彼に話すつもりは無かった。

 

「分かってるとは思いますが、他言無用でお願いします。俺が特務士官兵である事同様、本来なら話せない内容なんですからね」

 

「分かりました。他言はしません」

 

「しかし、お互いかなり大きな秘密を抱えていたものですね」

 

 

 数字落ちはそれほど大きい問題ではないが、その原因となった問題はかなり大きなものだった。そして達也の魔法もまた、世間に知られればかなり大きな問題を生む事は間違いないものだ。

 

「秘密を共有ですか。なんだか他の皆さんよりリードした感じですね」

 

「? リードとは」

 

「まさか、気づいてないんですか?」

 

 

 鈴音の反応を見て、達也はそういう事なのかと納得してしまった。

 

「他の人のあからさまな好意になら気づいてましたが、市原先輩のには気づけませんでしたね」

 

「そうですか。では私のポーカーフェイスはなかなかのものだと言えるのですね」

 

「それは如何でしょう。今の市原先輩の顔を見たら、それは言いきれないと思いますよ」

 

 

 何処からか鏡を取り出した達也は、鈴音の顔をそこに映し出した。

 

「っな!」

 

「そんな表情も出来るんですね、鈴音さん。お互い、秘密は守るようにしましょう」

 

 

 あえて名前を呼ぶ事で、鈴音と特別な関係だと思わせる事にした達也。普段大人びている先輩をからかう事に、意外な楽しみを覚えたのだった。




う~ん、リンちゃんは大人だなぁ……

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