見回りを終えて風紀委員会本部に報告に向かう途中、達也は出来る事なら会いたくない人物に遭遇、呼びとめられてしまった。
「あら~司波君じゃない~」
「どうも」
軽く会釈をしてその場を立ち去ろうとした達也だったが、怜美がそれを許すはずも無かった。普段おっとりしている雰囲気を纏っている怜美だが、何故だか達也相手には機敏な動きを見せるのだ。
「論文コンペの時、君銃弾を手でつかみ取ってたでしょ? 色々と調べたいから一緒に来てね~」
「……せめて報告が終わってからにしてもらえませんかね?」
一度離れてもらえば、達也も逃げきる自信がある。だがその為にはまず自分の腕にしっかりと絡みついた怜美の腕を離してもらう口実が必要だった。その点は報告に行くというちゃんとしたものがあるので、達也としてはこれで面倒から解放されるものだと思っていた。
だが怜美は一度頷き達也を下から眺める。身長的に仕方ないのだが、怜美は上目遣いで達也の事を見ているのだ。周りがこの情景を見たら勘違いされる可能性が多いにあると、達也は軽く頭痛を覚えていた。
「お仕事ならしょうがないわね。じゃあ、行きましょう」
「はい?」
「だから報告に。そんなに時間のかかる事じゃないんだし、私が一緒でも問題ないでしょ?」
問題なら大いにあるのだが、それを怜美に言ったところで暖簾に腕押しだろうと諦めて、達也は一度怜美から距離を取って風紀委員会本部へと向かった。
「ちょっと~何で腕を解いちゃうのよ~」
「先生はご自身がどれだけ注目を集めるのかを自覚したほうがよろしいですよ」
「それは君も同じよ~。自分がどれだけ注目されているのか、どれだけ気にされているのかをしっかりと自覚しなきゃ駄目よ」
「……俺がそんなに注目されるなどあり得ないですよ。普段は深雪が一緒にいますからそれででしょ」
達也は敵意には鋭敏な感性を持っているのだが、好意や羨望などの視線には割かし鈍感なのだ。気づかない訳ではないのだが、敵意などに比べれば気づくのに時間がかかってしまうのだ。
「隣のカウンセリング室に、貴方の事で相談に来る女子が結構いるのよ?」
「俺の事で? 何か心労でも与えましたか?」
「違う……いえ、ある意味そうかもね」
「……ねぇ、報告はさっさと済ませて目の前でイチャツクのは止めてくれない? 私が啓に会いに行けないのを嘲笑ってるのかしら?」
「別にそういう訳では……異状なしです」
風紀委員会本部まで付いてきた怜美を見て、花音は少し顔を顰め達也に嫌みを飛ばす。達也としてはイチャツクなどという行為をしてるつもりは無いし、実際にイチャツイテるわけではない。だが怜美が醸し出す雰囲気に花音はそんな事を思っていたのだ。
「御苦労さま。それじゃ、私は啓のところに行ってくるから」
直通の階段を駆け上がり生徒会本部へと向かった花音を見て、達也は苦笑いを浮かべたのだった。
「誰もいないし、ここで調べさせてもらうわね」
「調べるといっても何を? 別に何か細工があるわけではないんですが」
達也としては、自身の魔法の事を話すわけにもいかないし、テキトーにあしらって解放されたいというのが本音なのだ。
「いったいどうやって銃弾をつかみ取ったのかしら……そんな魔法なんて聞いた事無いし、体術だけでは絶対に無理でしょうし……」
達也の掌を凝視し、偶に触ったりもしながら怜美はぶつぶつと呟く。見ただけで自分の魔法を知られる訳も無いので、達也は暫く怜美に付き合う事にしたのだった。
「……そういえばこの前、平河さんがカウンセリング室に来てたわよ」
「どちらの平河さんで?」
「えっとね、お姉さんの方よ。なんでも司波君に助けてもらったんだけど、如何やってその恩を返せばいいのかが分からないって」
「そうですか」
他言無用だと言われているだろうし、詳しい事情は話しては無いだろう。そんな事を考えながら、別に返されるような事も無いのだがと達也は考えていた。
「平河さんって君に助けてもらってばかりね。なんだか羨ましいわ」
「何故です? 俺は別に大した事をしたわけでもないですし、判断を平河先輩に任せただけです」
都合良く論文コンペの代表の事や、退学するなどの事に勘違いしてもらおうと達也は怜美を誘導する。だが、彼女は決定的な事を知っていたのだ。
「実はね司波君……私は『平河さんや桐原君たちに何かがあった』事を知っているのよ」
「………」
怜美の告白に達也は鋭い視線を彼女に向けた。何処で知りえたのかや自分にとって彼女の存在は危ないものではないかと考えを巡らせているのだ。
「もちろん他言はしないわ。あんな事言っても信じてもらえないでしょうし」
「……先生は何をご存知なのでしょうか? 俺には何の事だが」
「誤魔化しても駄目よ。貴方の魔法で彼女たちを助けたのも……千切れた身体が元に戻ったのも知ってるんだからね」
「……誰から聞いた? いや、何処で見ていた」
「たまたまよ。本当にたまたま。北山さんのお家のヘリで逃げている最中、ちょっと気になって前線の状況を見たのよ。そうしたら君がちょうど三人を助けてたのよ」
「……あの魔法は貴女のでしたか。てっきり敵かと思いました」
達也にも思い当たる節があった。誰かに見られてるとは気づいていたが、それが怜美の魔法だとは気付いていなかったのだ。
「すっごいのね、貴方の魔法」
「俺は先生が遠見の魔法が使える事を知りませんでした」
「たしなみ程度だもの。それより、君の秘密を知ったんだから、黙っててほしいわよね?」
「それはまぁ……先生を消し去るのは忍びないですし」
「怖い事言わないで……じゃあ黙っててあげる条件」
とてつもなく嫌な予感がした達也だったが、ここで怜美を消せば自分が疑われるのは明らかだったので大人しく聞く事にした。
「時間のある時だけで良いから、私とデートする事。もちろん一回だけじゃないからね」
「……それはつまり、俺に先生とお付き合いしろと?」
「端的に言えばそうね。君の恋人にしてください」
何とも優しい脅しだ、と達也は苦笑いを浮かべながら、返事の代わりに怜美に口づけするのだった。
次回から追憶編です。