劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

264 / 2283
漸く追憶編に突入です


深雪・真夜 それぞれの追憶

 大き目の武家屋敷調伝統家屋、それが門の外から見た四葉本家の印象だった。一般家屋と比較すれば確かに広い。「お屋敷」と表現しても違和感が無い建物だが、七草家や一条家の大邸宅を見た事がある者ならば、質素でこじんまりとした佇まいだとむしろ驚くだろう。

 四葉は屋敷の広さなど気にしない。徹底した秘密主義を貫く四葉家は外部から大勢の客を招くような事が無いのだから、大邸宅など邪魔なだけだと思っているのかもしれない。

 母親の実家であるにも関わらず、どこか他人事の様にそう考えて深雪は兄と共に重厚な作りの門へ足を踏み入れた。

 あの日――後世に「灼熱のハロウィン」と知られる日から一週間。兄妹が地図にも記されていない山村に足を運んだのは、叔母の招きなのだが、深雪はそれが出頭命令だと思っている。

 外からの構えからは想像出来ないモダン、かつ広々とした応接間に通され、そこで待つように伝えられる。何となく、二人を案内した下女が達也に色めいた視線を送っていたが、深雪がその視線を一蹴するように咳払いをしたら、あっという間に下女は部屋を辞した。

 プライベートに使用される小さな応接間ではなく、「謁見室」と称される大応接室に通されたという事は、今日の呼び出しが叔母が達也に会いたいからとかではなく、四葉家当主としての呼び出しだと言う事になる。まぁ、そんな事は最初から分かり切っていたので、深雪は今更驚く事も無い。

 それにしても、と深雪は思う。この部屋に兄と共に呼び出されたのは三年ぶりとなる。個々で叔母と会う事はあったが、達也が叔母と会う時は大抵魔法協会関東支部の一室だったのに、自分が同席しているとはいえ、三年ぶりに四葉家本家で達也に顔を合わせる、はたしてそれが良い事なのか悪い事なのか、深雪には判断がつかなかった。

 

「心配するな。俺たちは三年前の俺たちじゃない」

 

 

 不安が顔に出ていたのだろう。上目遣いに窺い見るように向けていた深雪の眼差しに達也が力強く頷いた。ソファに座った深雪の横に立ったままで。

 三年前もこの姿勢だった。三年前は深雪の後に立っていた。そう、三年前とは違う。

 達也はおそらく三年前とは実力が違うと言っているのだろう。確かに三年前と比べものにならないくらい二人は力をつけている。特に達也は世界最強の魔法師の一人と言われている叔母、「極東の魔女」「夜の女王」と呼ばれる四葉真夜に匹敵する戦闘力を有するに至っており、魔法の相性を考慮すれば、一対一なら間違いなく達也が勝利すると思っている。もちろん、達也を溺愛する真夜が、達也と一騎打ちなどするはず無いのだが。

 しかし、叔母との力関係以上に、三年前とは変ったものがあると深雪は思っていた。

 

 それは兄と自分の関係、兄に向ける自分の心。

 

 

 ソファに深く座りなおした深雪の意識は、三年の時を遡っていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で真夜も、達也たちとは別の来客と接しながらも、達也と深雪の二人揃って屋敷で会うのは三年ぶりだと考えていた。

 

「(もう三年も経ったんだね。たっくんが姉さんに虐げられていたのは知っていたけど、その姉さんに続くように分家の方々や使用人までたっくんを見下してた……それは今も変わってないけど、一番たっくんを嫌ってた姉さんが死んで、私が堂々とたっくんを甘やかし始めてからは、分家の方々も堂々とたっくんを見下したりバカにしたりはしなくなったのよね。それでも、貢さんや青木さんなんかは未だにたっくんを見下したりしてるようだけど)」

 

 

 使用人とは違い、四葉家の分家筋にあたる家の当主とその後継者たちには、達也の正確な戦闘力などを知らせているのにも関わらず、黒羽家当主である黒羽貢は達也を見下す傾向にあると報告を受けている。貢の子供であり、今まさに謁見中である亜夜子、文弥の姉弟は達也を尊敬、敬愛しているのにも関わらずだ。

 

「(貢さんは私より姉さんと仲が良かったですものね。姉さんがたっくんを虐げていたのなら、貢さんにもその傾向が強くあっても仕方ないのかもしれませんが)」

 

 

 今では自分に逆らう事無く、そして友好的な態度を示している貢も、真夜の姉で達也たち兄妹の実母である司波深夜――旧姓四葉深夜が存命時には真夜とはそれほど親しい関係では無かった。

 それでも、真夜が当主であり自分は分家の当主に過ぎないと自覚していたので、直接的な衝突は無かったのだ。

 

「奥様、深雪様と達也殿がお目見えになられました。大応接室にお通ししております」

 

「分かりました。葉山さん、ありがとう」

 

 

 本当なら今すぐ飛んでいきたい気分なのだが、黒羽家の姉弟がまだいるのだ。この二人なら自分が達也を溺愛していると知られても問題はなさそうなのだが、当主としての威厳や、この二人の親である貢の事を考えると、蔑ろにするわけにもいかないのだ。

 

「ご当主様、達也兄さまが来ているのですか?」

 

「ええ。貴方たちもご存知だとは思いますが、例の魔法で朝鮮半島の形を変えてしまいましたからね」

 

「達也さんならばそれくらいは簡単だと思っていましたが、まさか本当になさってしまうなんて思ってませんでしたわ」

 

 

 文弥が達也に興味を示し、亜夜子も仕方ないという表情を見せていながらも興味津々である事を隠し切れていない様子。この辺りは年相応なのだと真夜は思っていた。いや、達也が歳不相応なのだと考え直した。

 

「ご当主様、この後少しだけ、達也兄さまに会ってもよろしいでしょうか?」

 

「構いませんよ。貴方たちと達也さんは再従兄弟なのですから」

 

 

 達也の他にも来客があるのだが、真夜はその事を無視して文弥と亜夜子の要望に応えた。そして真夜も、あの部屋で達也と会った三年前に意識を飛ばしたのだった。




アニメのみの人はここから先は知らないんでしょうか? コミックがあるから知ってるのかな……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。