劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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追憶編って大体が深雪のモノローグなんですよね……


沖縄到着

 シートベルト着用のアナウンスが聞こえたのを機に、私は『読本・現代史』とタイトルがつけられた魔法師向けの教材ファイルを閉じた。中学生になったばかりの私には少し難しい内容だったけども、これくらいの方が退屈しないで良い。

 シートを覆う卵型の安全シールド、その内側に投影された南の島のリアルタイム映像。その鮮やかな緑色と輝く海を見ていると世界の寒冷化などフィクションの中の出来事と思えてくる。

 しかしそれは紛れもない事実。さっきまで読んでいた資料にもそう書かれているし、寒冷化の名残は今でも身近なところに見る事が出来るのだ。

 そんなつまらない事を考えている内に、飛行機は那覇空港に接近した。殆ど振動を感じる事の無い着陸。形式以上の何の意味も無いシートベルトを外して、私はカプセルシートのシールドを開いた。お母様がシートから出てくるのを待って、一緒に乗降口に向かう。

 夏休みを利用したプライベートな家族旅行。我が家の場合は家族旅行でもプライベートじゃないケースがほとんどなので、ガラにもなくウキウキしてしまっている。

 ただ一つ、お母様と二人きりではなく兄も一緒というのが玉に瑕なのだけども。

 到着ロビーの会員制ティーラウンジを出ると、預かり手荷物を取りに行っていた兄が待っていた。お母様の隣を歩きながら肩越しにチラッと振り返ると、当たり前のように私たちの荷物を載せたカートを押す兄が不満そうな顔一つせず黙々とついて来ていた。何時も通りに……私は別にこの兄が嫌いではない。ただ苦手なだけだ。いったい何を考えているのかが分からない。

 何故家族でありながら使用人同然の扱いを受けても平気なのだろうか。そんな事を考えていると兄と私の目が合った。おそらく何度も振り返っていた私の視線が気になったのだろう。

 

「……なんですか?」

 

「何でもありません」

 

「でしたらジロジロ見ないでください。不愉快です!」

 

 

 私がちらちら見ていたから兄も私の方へ目を向けたのだ、と理性では分かっている。だけど私の口からは不機嫌な声しか出てこなかった。理不尽だとは分かっている。兄を使用人扱いしているのは私たちの方であって兄がそれを望んだわけではない。それなのに私は兄に自分勝手な苛立ちをぶつけている。

 

「失礼しました」

 

 

 兄は立ち止り私に向かって頭を下げた。そしてさっき迄より少し離れて私たちの後をついてくる。何故、と思う。今のは私の我が儘なのに……

 これじゃあ私、嫌な子だわ。やはり私はこの兄が苦手だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回私たちが滞在するのは恩納世良垣に買ったばかりの別荘だ。お母様は人の多いところが苦手だから、という理由で父が急遽手配したものなのだが、別荘を購入した資金はお母様を娶って手に入れたもの。相変わらずあの人は愛情をお金で贖えると思っているらしいのだ。

 私は軽く頭を振って、頭の中から父の事を追いやった。せっかくバカンスに来ているというのに、不愉快な想いに囚われるなんて愚かしい事だと気付いて。

 

「いらっしゃいませ、奥様。深雪さんも達也君も良く来たわね」

 

 

 別荘で私たちを出迎えてくれたのは、一足先に来て掃除や買い物を済ませておいてくれた桜井穂波さんだった。彼女はお母様のガーディアンだ。

 五年前までは警視庁のSPだった。退職する時は随分と強く引き止められたらしいけど、彼女がお母様のガーディアンになるのは警視庁に就職する前から決まっていた事で、警視庁に入ったのは護衛業務のノウハウを学ぶ為だった。

 彼女は遺伝子操作により魔法資質を強化された調整体魔法師「桜」シリーズの第一世代。二十年戦争末期に研究所で作られ、生まれる前から四葉に買われた魔法師だ。

 しかしそんな生い立ちを少しも感じさせない明るくさっぱりとした女性で、ガーディアンの本分である護衛業務以外にも、お母様の身の回りの細々としたお世話をしてくれる。本人曰く、家政婦の方が性に合っているのだそうだ。

 本来護衛対象から離れる事の無いガーディアンが一足先に別荘へ来ていたのは、現地の情報収集の為であり、兄が私とお母様の傍にいたからなのだが、だったら桜井さんと兄の役目を逆にしてほしかった。兄に生活環境を整えさせるのは無理だから、仕方のない事なのだけど。

 

「さぁ、どうぞお入りください。麦茶を冷やしておりますよ。それともお茶を淹れましょうか?」

 

「ありがとう。せっかくだから麦茶をいただくわ」

 

「はい、畏まりました。深雪さん、達也君も麦茶でよろしいですか?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「お手数をお掛けします」

 

 

 唯一つ、桜井さんに不満があるとすれば、兄をお母様の息子として――私の兄として扱う事だろうか。

 

「達也君、荷物運ぶの手伝うわよ」

 

「いえ、これくらい問題ありません」

 

「良いの、良いの。こういうのは達也君より私の方が得意なんだから」

 

 

 運ぶだけなら兄の方が向いているだろうが、その後の荷物整理は確かに桜井さんの方が得意だ。だけどもその荷物は兄が運んできたもの、兄が運ぶべきもの。そんな事を考えてしまう私は、やはり嫌な子なのでしょうか。

 

「達也君も疲れてるでしょ。後は私に任せてお部屋に行っていいわよ」

 

「いえ、二人で運んだ方が効率的です」

 

 

 何故だろう、桜井さんが兄と親しく話しているのを見ると、胸の奥がチリチリと痛むのは……叔母様も兄と親しく話してる時があるのだけども、その場面に出くわすとお母様がつまらなそうな表情を浮かべるのを見た時も、似たような痛みを感じたのです。これはいったい何なのでしょう? 

 私はそんな事を考えながらお部屋の整理を済ませ、窓を開けてのんびりとしていました。

 

「失礼します。あら、深雪さんも荷物の整理は済ませちゃったんですね」

 

「ええ」

 

「でしたら、少しお散歩でもどうですか?」

 

「そうですね。部屋でノンビリしてるのはもったいなさそうですしね」

 

「では……」

 

 

 その後、桜井さんに日焼け止めを塗ってもらったのですが、その時の事は出来る事なら思い出したくないものでした。

 何故桜井さんはあそこまでノリノリだったのか? 何故手の動きが若干卑猥に感じたのか? そんな事は考えなくても良い事なので、私は記憶の奥底に封印したのでした。




なんかちょっとやりにくい……
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