劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也の強さが分かる……


取り残された血統

 桜井さんに日焼け止めを塗りたくられ、散歩に出かける前に疲れてしまったけども、これで出かけるのを止めたらくたびれ損だ、と言う事で散歩に出かける事にした。

 

「お母様、少しビーチ沿いを歩いてこようと思うのですが」

 

「そうですか。いってらっしゃい」

 

「はい!」

 

「それと、達也を連れて行きなさい」

 

「ッ!」

 

 

 お母様が心配してくれているのは理解できます。ですが、兄を連れていったからといって危険が無くなるわけでもないと思うのですが……魔法力は私より低いですし、鍛えているとはいえ所詮中学生ですし。

 

「深雪さん、達也は貴女のガーディアンなのですから。と言うわけです。達也、深雪さんに同行なさい」

 

「畏まりました」

 

 

 兄が同行する事になって、私の気分は一気に降下していきます。せっかくのお散歩にこの人が同行するなんて……

 桜井さんに全身満遍なく日焼け止めを塗ってもらったおかげで、日差しを気にする事無くお散歩をする事が出来る。塗られた時は酷い目に遭ったと思ったけど、もし塗って無かったら後で大変な目に遭っていたかもしれないので、結果的に桜井さんには感謝しなければなりませんね。

 自分の肌が白すぎる事を考え、その流れであの人の肌の色を思い出し、私は小さく息を呑んだ。意識しないよう視線を前に固定する。

 あの人は本当について来ているのだろうか? 足音は聞こえないし気配も無い。――もっとも、私は最初から気配など探れないのだけども。

 しかし振り向けば兄がいるのは間違いないのだ。兄は私のガーディアンなのだから。

 あの人が私のガーディアンになったのは私が六歳の時。私の初めてのガーディアンは兄で、多分それはこれからずっと変わらない。

 兄は四葉家当主の姉の息子ではなく、次期四葉家当主候補のガーディアンとして、私が当主になったらその影として一生を終える事になるだろう。私がガーディアンの任を解かない限りは。そう、ガーディアンは特別な状況ではない限り、護衛対象に解任された場合に限りその義務を免れ一人の人間として生きる事が出来る。

 兄が私についてくる。あの人が後ろから追いかけてくる。私はあの人から離れられない。あの人は私から逃げられない。逃がさないのは私、逃げられないのはあの人。

 私だけがあの人を普通の中学生に戻してあげられるのに。あの人が、兄が普通の中学生でいられないのは、私が兄を辞めさせないから。――私は兄が苦手だ。私は兄が嫌いではない。

 ではなぜ私は兄をこの酷い境遇に縛り付けているのだろうか? その事を考えても答えは出ない。この事を考えようとすると、如何いう訳か私の頭は働かなくなってしまうのだ。

 その事に思考が捉われないように軽く頭を振ってその事を頭の中から追い出した直後、私は兄に抱きしめられた。いや、正確には腕を掴まれて引っ張られて兄の腕の中に納まっているのだが……

 

「あの、離してください」

 

「いけません。俺から離れないでください」

 

 

 何故でしょう。何故私の頬は熱を帯びているのでしょう。この人のこんな真面目な表情を初めて見たから? 同年代の異性に抱きとめられているから?

 そんな事を考えていたのだけども、幸いにしてその事で頭を悩ませる事はそう長い時間では無かった。兄は私を抱きしめたのではなく庇ったのだと分かったからだ。

 

「痛ぇな、何処見て歩いてるんだ、あ?」

 

 

 兄が私の腕を取り止めてくれていたので、ぶつかったのは相手の所為。軍服をだらしなく着崩した黒い肌の大男が目の前で文句を言っている。

 彼らは二十年戦争の激化により沖縄に駐留していたアメリカ軍がハワイへ引き上げた際に取り残された子供たち「取り残された血統(レフト・ブラッド)」と称される人たちだった。

 彼らから見れば、私たちなんて子供に過ぎない。何も言い返せない私を見て、一人の男の人の目がスウっと細められ唇の端が上がった、

 それが笑う為の動作だったのか、確認は出来なかった。

 

「詫びを求めるつもりは無いから来た道を引き返せ。それがお互いの為だ」

 

 

 およそ少年らしさの無い落ち着いた口調の、まるきり子供らしくないセリフが大男の表情を強張らせたからだ。

 

「何だと?」

 

 

 低い、低い、囁くような問い掛け。

 

「聞こえていたはずだが?」

 

 

 感情の欠落した、独り言のような反問。男の両目に凶悪な光が宿った。

 

「地面に頭を擦りつけて許しを乞いな。今ならまだ青痣くらいで許してやる」

 

「土下座をしろという意味なら『頭を』ではなく『額を』と言うべきだ」

 

 

 その直後、何の前触れもなく大男が兄に殴りかかった。兄が殴られたら後ろにいる私も巻き添えになると、今更ながらに気づいたのだが、私は目を瞑りその場から動けなかった。

 

「何だと?」

 

 

 大男の驚きの声で私は瞑っていた目を開いて状況を確認した。片手と両手ではあるが、兄が大男の拳を受け止めていたのだ。

 

「ほぅ、手加減したとはいえやるじゃないか。単なる悪ふざけのつもりだったのだが……面白い」

 

「いいのか? ここから先は洒落では済まないぞ」

 

 

 完全に本気になった大男に対して、兄は挑発的な言い方をした。

 何故そんな挑発的な言い方をするの!? 普通にやったら敵うはずが無い。普通なら逃げるべきだ。いえ、兄の思惑なんてどうでも良い。私だけでも逃げるべきだ。

 私の頭はそう告げているのに、私の身体は兄の背中から離れようとしない。

 

「ガキにしちゃ随分と気合の入ったセリフを吐くもんだ、な!」

 

 

 私が分かったのは結果だけで、そこから何が起こったのかを推測するだけだった。ただ一つだけ確かな事は、あの大男をこの兄が倒したと言う事だ。

 

「帰りましょう」

 

 

 苦しそうに蹲っている男に興味も示さずに、兄は私の腕に手を添えてそう言った。その言葉が私に向けられたものであると、私は一瞬理解出来なかったのだった。




中学生対大人だぞ……どれだけ強いんだよ……

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