憂鬱な気分で私は普段着からカクテルドレスに着替えている。憂鬱な原因は、お母様の名代で叔父が主催するパーティーに参加しなくてはならなくなったからだ。
本来ならお母様が招待されたのですが、体調がすぐれないので今日は大事を取って部屋で安静にするとのことなので、欠席のお電話をすればいいのですが、四葉家に名を連ねるものなので、断るに断り辛いのだ。そのせいで私が代理で出席する事になったのだが……
「はぁ……」
憂鬱になっている原因はそれだけではない。パーティーに出席するにあたって、私の付き添いは桜井さんではなく兄なのだ。お母様の身の回りの世話とかを兄に任せるわけにはいかないので仕方ないのですが、私は兄を黒羽さんに会わせたくないのです。
「深雪さん、準備出来ましたか?」
ノックの後、ドア越しに桜井さんに声をかけられた。自分の部屋でグズグズとしていた私を呼びに来てくれたようです。
「あっ、はい」
「なんだ、もう済ませていらっしゃるじゃないですか」
私の準備が終わってるのを確認した後、桜井さんが苦笑い気味の笑みをこぼした。
「そんな不機嫌そうなお顔をなさっては、せっかくのお召し物が台無しですよ?」
「……分かりますか?」
私としてはそれほど顔に出てないつもりだったのだが、桜井さんにはお見通しだったようだ。いくら相手が桜井さんだとはいえ、不機嫌を覚られないように気を使っていたつもりだったのに。
「私には、ね」
「もう……からかわないでください」
如何やら他の人には分からない程度だったらしい。私は思わず頬を膨らませて桜井さんに抗議する。すると桜井さんはクスッと笑みをこぼした後、真剣な表情に変わった。
「ごめんなさい……でも、私以上に鋭い『目』を持つ人だって、世の中には大勢いますから。身近でいえば達也君ですかね。彼は私が疲れてる事もすぐに見抜きます」
私は桜井さんが疲れてるような仕草をしてる事すら気付かなかったのに……兄はそんなに鋭い人だったのですね。
「深雪さんの事だって、私は良く知ってるから嫌がってる事も分かります。でも、もしかしたら一目見ただけで深雪さんの表情を読み取る事が出来る人がパーティーに来ているかもしえません。深雪さんは普通の中学生じゃないんですから、隙に繋がるところは無くすべきだと思いますよ。達也君がフォローするにしても、限界がありますから」
「兄が、私のフォローを?」
的のど真ん中を射たアドバイスだったのだけども、最後の一言に私は引っかかった。あの人が私のフォローをしてるなんてあるのかしら?
「達也君は深雪さんのガーディアンですので、それくらいはしてますよ。主に不利益をもたらす相手を、最悪殺したりもしますので」
桜井さんの表情は冗談を言っているような感じではなかった。確かにガーディアンは対抗する魔法師を殺したりもするのでしょうが、兄はまだ中学生になったばかりです。そう簡単に人を殺したり出来るのでしょうか?
「良いですか、深雪さん。どんなに上手に隠したつもりでも、気持ちというものは目の色や表情の端々にあらわれてしまうものですからね。必要なのは自分の気持ちを上手く騙せるようになる事、でしょうか。建前というものは、まず自分自身を納得させる為のものなんですよ」
「建前……ですか」
桜井さんのアドバイスを心の中で反芻しながら、私は無人運転のコミューターに兄と二人で乗り込んだ。これから向かう会場にはあの人が――黒羽の叔父様が待っている。
早くに奥様を無くされているのが原因なのかは分からないけども、あの人はかなりの親バカなのだ。はっきり言えば鬱陶しいくらいに。
私と同じ年の子供の自慢を私にするのは如何いうつもりなのだろうか? 多分あの人は何も考えていないんだろうな。ただ単純に子供の自慢をしたいだけなのだろう。そういう事は大人同士でやってもらいたいのだけども。
小さくため息を吐くと、私は慌てて周りを見渡した。兄しかいないのは分かっているのだけども、もし誰かに見られたらと思うと、おちおちため息も吐けないのだ。
今のうちに吐けるだけ吐いてしまおうと、私はコミューター内の空気が全て私のため息に上書きされるのではないかという勢いでため息を吐きまくった。
会場の敷地内に入り、無駄に派手なエントランスが見えてきた。私が気持ちを切り替えるのと同時に、無人運転のコミューターが停止した。
キビキビとした動作で兄がコミューターを降りてドアを押さえ私が降りるのを待っている。私は表情を引き締めて。退屈で憂鬱な戦場へと足を踏み出した――のとほぼ同時に、エントランスの扉が勢いよく開かれた。
「メンソーーーーレ!」
私が来るタイミングを見計らっていたのか――多分待ち構えていたのだろうが――勢いよく黒羽の叔父様が私を出迎えてくれた。
「ご、ご無沙汰しております叔父様。今日はお招き、ありがとうございます」
「良く来てくれたね、深雪ちゃん。お母様は大丈夫かい?」
「お気遣い畏れ入ります。少し疲れが出てるだけだと思いますが、本日は大事を取らせていただきました」
「それを聞いて私も一安心だよ。おっと、こんなところで立ち話もなんだな。ささ、奥へどうぞ。亜夜子も文弥も深雪ちゃんと会うのを楽しみにしていたんだよ」
叔父様の言葉を聞いて、私は苦笑いを浮かべたくなった。おそらく二人が私に会いたがっていたのは本当だろう。だけども叔父様はあえて気づかないフリをしているのだ。
『あの二人が本当に会いたいのは私ではなくあの人なのだから』
心の中でそう呟き、私は叔父様に引き連れられ会場の中心に向かう。
「あの……あの人は如何したら?」
「ん? あぁ、深雪ちゃんのガーディアンね。残念だけどここには普通の人間は入れないよ」
叔父様があの人を使用人扱いするのが、私はたまらなく気に入らない。自分も同じような扱いをしているのに、他人が兄をそう扱うのは何故かいらつくのだ。
「お嬢様、何かありましたらお呼びください」
一礼して兄は壁際に待機した。何でこの人はこんな扱いをされて平気なのでしょう? 兄は私と血を分けた兄妹なのに、これほど扱いに差があっても不満では無いのでしょうか? 私はそんな事を考えながら、亜夜子さんと文弥君が待つテーブルまで向かうのでした。
原作だともう少し渋い感じがしてたんですが……コミック版のはちょっとおふざけが入ってるのか?