劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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タイトル考える気が無かったです……


恩納空軍基地

 バカンスの三日目は朝から荒れ模様だった。今日はマリンスポーツを避けた方が良いとどのチャンネルでも言っているけども、この天気の中わざわざビーチに行こうなどとは思わないだろう。

 

「今日のご予定はどうなさいますか?」

 

「こんな日にショッピングもちょっと、ねぇ……」

 

 

 桜井さんから受け取った焼き立てのパンをちぎりながらお母様はチョコンと首を傾げる。こんな仕草をすると、まるで少女のように清楚で可愛らしい。我が親ながら本当にお若い。

 

「何かあるかしら?」

 

 

 お母様は逆に桜井さんに訪ねる。その言葉に桜井さんが食事の手を止めて首を傾げた。彼女も大概若く見える人だけど、お母様と比べると桜井さんの方が「お姉さん」に見えるのだ……実年齢はお母様の方がずっと上なんだけど。

 

「そうですね……琉球舞踊の観覧なんて如何でしょう? 衣装を着けて体験も出来るみたいですよ」

 

 

 手元のコントローラーをチョコチョコ操作して、琉球舞踊公演の案内を呼び出す。

 

「面白そうね。深雪さんはどう思いますか?」

 

「私も面白そうだと思います」

 

「ではお車の手配をしておきます。ただ一つ問題が……」

 

 

 私とお母様が頷きあうのを見て、桜井さんは少し顔を曇らせた。

 

「この公演は女性限定なんです。達也君はどうしましょうか」

 

 

 確かに動画画像の下の案内にそう書いてある。桜井さんの心配を聞いて、お母様は小さくちぎったパンを食べながら少し考えました。

 

「達也、貴方今日一日は自由にして良いわ。そういえば昨日の大尉さんに基地に誘われていたわよね? 良い機会ですから見学して来なさい。もしかしたら訓練に参加させてもらえるかもしれないし」

 

「分かりました」

 

 

 自由に、と言いながら、お母様は思いつきのままに兄にそう命じた。兄も不満も不平も見せずにそれを無難に受け入れた。何時も通りに……

 その二人のやり取りを、桜井さんは少し不満げに眺めていましたが、それ以上に私は動揺していました。

 

「あの、お母様!」

 

「どうかなさいましたか?」

 

 

 何故こんな事を言おうと思ったのか自分でも分からない。

 

「私も、に、兄さん、と、一緒に行っても良いですか?」

 

 

 たったこれだけの事なのに、私は緊張で噛みそうになった。「兄さん」と発音するだけなのに噛んだのは、普段心の中で「兄」だとか「あの人」とか呼んでないからに違いない。

 

「深雪さん?」

 

「あっ、えっと……私も軍の魔法師がどんな訓練をしているのか興味ありますし、その……ミストレスとして自分のガーディアンの実力は把握しておかねばと思いますので……」

 

「そう……感心ね」

 

 

 私の苦し紛れな言い訳を、お母様は信じてくださったご様子。何となく罪悪感を覚える……

 

「達也、聞いての通りです。基地の見学には深雪さんが同行します」

 

「はい」

 

「ついては一つ注意しておきます。人前では深雪さんに敬語を使ってはいけません。深雪さんの事は『お嬢様』ではなく『深雪』と呼びなさい。深雪さんが四葉の次期当主だと覚られる可能性のある言動は禁止します」

 

「分かりました」

 

 

 答えこそスムーズにしていたが、兄の表情には困惑が見て取れた。でも兄が困惑するのも無理は無い。だって私も戸惑っているのだから。

 兄が困惑したのはそんな命令が下されるとは思ってなかったからだろうが、私が戸惑いを覚えたのは、兄に普通の妹として扱われる場面を想像したからだ。

 

「くれぐれも勘違いをしてはなりませんよ。これはあくまでも、第三者の目を欺く為の方便です。深雪さんと貴方の関係に何ら変更はありません。いくら真夜が何を言っても、貴方は深雪さんのガーディアンでしかないのですから」

 

「肝に命じます」

 

 

 何故ここで叔母様の名前が出たのか、私にはあまり理解出来ませんでした。現四葉家当主であり、私たちの叔母様である四葉真夜は、兄を本当の息子のように可愛がっていると聞いた事がある。もちろん家中の人や分家筋の叔父様たちがそのような態度で兄に接するのを辞めるように言っているのだけども、叔母様は一向に態度を改めない。お母様もそんな叔母様に呆れているのか、姉妹の仲はかなり悪いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お母様の言葉に引っかかりを覚えながらも、私たちは基地を訪れた。私たちはバカンス中だけども、相手は仕事中、しかも国の機関なので、失礼の無い格好で訪れた。

 

「防衛陸軍兵器開発部の真田です」

 

 

 出迎えてくれた軍人さんはそう名乗った。階級は中尉さんだそうだ。それを聞いて兄が驚いた顔を見せていた。

 何故だろう……他人の前の方がこの人は表情が豊かな気がする……

 

「如何かしました?」

 

「いえ……まさか士官の方にご案内いただけるとは思っておりませんでしたので。それにここは空軍基地だと聞いておりましたから」

 

 

 真田さんは兄の言葉を聞いて口元をほころばせた。少し態度に親密度が増した感じだ。

 

「軍の事に詳しいんですね、君は」

 

「格闘技の先生が元陸軍の方なんです」

 

「ああ、なるほど……。空軍の基地に陸軍の技術士官がいるのは、本官の専門が少々特殊で人材が不足しているからなんですよ。案内を下士官に任せなかったのは……君に期待しているから、と言う事で納得してください」

 

 

 そう言って真田中尉は人好きのする笑みを浮かべた。それほどハンサムな人じゃないけど、相手に警戒感を与えない愛嬌のある顔立ちだと私は思った。

 ただ兄は何故かその笑みを見て身構えた、様に見えた。

 

「風間大尉、司波達也君が来てくれました」

 

「ようこそ。昨日の今日で基地に来てくれた、と言う事は、軍に興味を持っていらっしゃると解釈してもいいのかな?」

 

「興味はあります。ただ軍人になるかどうかは決めてません」

 

「まぁそうでしょうな。まだ中学生でしたか?」

 

「中学生になったばかりです」

 

「十二、いや十三歳ですかな? それにしては落ち着いている」

 

「十三歳です」

 

 

 兄の受け答えを聞きながら、私は訓練中の軍人さんの中にあの不良軍人を見つけた。あの人、魔法師だったのね。

 

「如何だね? 君も参加してみたら」

 

「いえ、自分はあまり魔法が得意ではありませんので」

 

「あ、あの! 何故に、兄さんが魔法師だと分かったんですか?」

 

 

 まさか私たちの素性を知られているのかもと思い聞いたのだが、やはり「兄さん」と言おうとするだけで噛んでしまった。

 

「勘ですかな。何百人と見ていれば何となく分かるのですよ。強い魔法師か弱い魔法師かが。ところで何故そのような事を気になさるのですかな?」

 

「妹は僕が魔法の才能に乏しいのを気にしてくれてるのです」

 

「そうですか。良い妹さんですね」

 

「はい、自慢の妹です」

 

 

 兄の言葉に白々しさを覚えたけども、私は何も言えなかった。だって兄が私をかばってくれたから。関係がバレたとしても、今のは明らかに私のミスだ。お母様に叱られるのは私だろう。だけど兄は私をかばった。まるで普通の兄が普通の妹にするようにだ……




次回、達也が無双します

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