劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ここから更に深雪の感情が揺れ動きます


揺れる気持ち

 組み手と兄の魔法を見てさらに興味を深めたのか、大尉さんと中尉さんが兄に熱心に話しかけている。

 

「先ほどのあれは『術式解体』ですよね」

 

「それだけでは無く、大陸流の古式魔法『点断』の効果も合わせ持っていたようにお見受けしましたが」

 

 

 お茶でも、といわれたが出されたのはコーヒーだった。こちらは兄と私。あちらは風間大尉と真田中尉。合計四人のコーヒーブレイク。

 このコーヒーブレイクは、私にとって奇妙な感じがしていたのだ。大尉さんが話しかけるのは兄。中尉さんが話しかけるのも兄。私はあの人の妹として、思い出したように相槌を求められるだけ。ここでは兄が主役で私はその付属品だ。

 

「……見たところ司波君はCADを携行していないようですが、補助具は何を使っているんですか?」

 

 

 司波、という名を呼ばれた時、それは兄を指しており、私は「司波君の妹」。こんな事は初めての経験だったけども、それが不思議と不愉快ではない。

 

「特化型のCADを使っていますが、なかなかフィーリングに合う物が無くて……僕はCADを使った魔法の使い分けが苦手ですから」

 

「ほぅ、そうですか。あれだけサイオンの操作に慣れていれば、CADも難なく扱えそうだが」

 

 

 話題は兄が使った無系統魔法から、兄のCADへと移っていた。

 

「司波君、良かったら僕が開発したCADを試してみませんか?」

 

「真田中尉はCADをお作りになっているんですか?」

 

「僕の仕事はCADを含めた魔法装備全般の開発です。ストレージをカートリッジ化した特化型CADの試作品があるんですよ」

 

 

 兄が目を輝かせている……気がする。普通の人と比べれば随分と控えめな表現だけど、この人がこれ程はっきり好奇心を示すのは珍しいのではないだろうか。少なくとも私はあまり記憶にない。

 

「試してみたいです」

 

 

 これ程ハッキリ自分の願望を述べるところも、初めて見たのではないだろうか……そんな事を考えながら、私は「司波君の妹」として一緒に真田中尉さんに案内された。

 案内された先は、基地の中とは思えない、綺麗で整頓された研究室だ。

 軍の基地なんて汚れて散らかってるか、物が無くて殺風景な物だとばかり思っていた私はきっと、意外感を隠し切れてなかったのだろう。風間大尉と真田中尉が微笑ましげに私の事を見ていたのは、きっとそんな理由だと思う。

 兄は感心したように、あるいは感動したように、部屋の中を見回している。今日はこの人の意外なところばかり見せられている気がする。どんな事にも無関心で無感情かと思っていたら、この人にもちゃんと感情があるし好奇心もあるんだ……。

 

「(じゃあ私の事はどう思っているんだろう?)」

 

 

 ふと、心の中に浮かんだ疑問。自動的に出される答え。私は懸命に、ガタガタと震えだしそうになる自分の身体を押さえ込んだ。

 

「……深雪、気分が悪いのか?」

 

 

 震え出そうな身体は、兄の声を聞いてピタリと止まった。身体だけではなく心臓まで止まりそうになった。「深雪」と名前を呼ばれた瞬間、兄が私の疑問に応えるのだと錯覚して。私は自分で出した答えを冷ややかに肯定するのだと思って。

 でも、兄の声は冷たく無く――何故か思いやりに満ちていた。

 

「……いえ、それほどでも。少し疲れたのかもしれません。腰を下ろしていれば大丈夫だと思います。あちらの椅子をお借りしてもよろしいでしょうか?」

 

 

 大尉さんに断って壁際の椅子に座らせてもらった。兄の側から離れる事が出来て少しホッとした。兄は大型拳銃形態のCADを手にとって真田中尉から説明を受けている。

 兄の姿を見ていると、さっきの懸念が再び頭を擡げ、膨れ上がり、重く圧し掛かってくる。振り払っても振り払っても、如何しても意識の中から消し去る事が出来ない。

 

「(兄は私の事、如何思っているのだろう? 愛されている、という自信は無い。好意を持たれている、はずがない。憎まれている、かもしれない)」

 

 

 私がいなければ、私さえいなければ、兄は優秀な学生として、一流のアスリートとして、すぐに一人前で通用する軍の魔法師として、生きていく事が出来るのだから。

 だからといって、今、兄から目を逸らすのは、兄の手を離してしまうようで、手を振りほどかれてしまうようでもっと怖かった。

 学校でも同級生に「兄はどんな女の子が好きなのか」とか聞かれたりもしている。私のガーディアンから解放されたら、兄はすぐにでも恋人を作れるのだろう。

 大型ライフル形態のCADを手にして楽しそうに話す兄の声が、途切れ途切れ聞こえてくる。同じ部屋の中、私は目を閉ざす事も耳を塞ぐ事も出来ず、纏わり付いて離れない暗雲に無言で耐えていた。

 この時間が早く終わればいい、と心の裡で考えながら。そんな身勝手な自分を覚られないよう、一生懸命ポーカーフェイスを装いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 琉球舞踊の見学、着付けを楽しみながら、私はあの兄妹の事を考えていた。

 

「穂波さん、如何かしましたか?」

 

「いえ、ちょっと達也君と深雪さんの事を考えていました」

 

 

 この家の事情は重々承知している。達也君がガーディアンとして優秀なのも分かっている。だけども彼はまだ深雪さんと同じ中学一年生なのだ。

 

「深雪さんなら大丈夫よ」

 

「達也君がいるからですか?」

 

「ええ。あれはガーディアンとしては優秀な部類ですから」

 

 

 実の息子にそんな事を言えるなんて……と毎回思うのだけども、思うだけで口には出さない。出しても仕方のない事だから。

 

「私は達也君と深雪さんが、もう少し普通の兄妹として過ごしても良いと思うんですけどね……せめて学校にいる時くらいは」

 

「そうねぇ……あんまりよそよそしいと疑われるかもしれないから……でも、深雪さんもしっかりやってるでしょうし、達也も分を弁えてるでしょうし、穂波さんの杞憂じゃないかしら」

 

「そう……でしょうか……」

 

 

 この沖縄旅行で、深雪さんは達也君の本質に触れたはずだ。彼が何も感じない、何も考えない唯のボディーガードでは無いと分かったはずだ。

 それでも奥様は達也君の扱いを改めるつもりはなさそうだった。それは四葉家の人間としては正しいのでしょうけども、やはり実の母子がこのような関係なのを、私は見ているのが辛かった。

 

「(今度達也君にも聞いてみようかしら……)」

 

 

 冷え切った母子の関係を、客観的に見ているのは辛い。でも、当人同士が大丈夫なら、私がとやかく口を挟む事ではないのだろう。私はそんな事を考えながら、達也君がいるであろう方角に視線を向けたのだった……




自分には、普通の「兄妹」の基準が分からないんですよね……唯一妹だけいませんので……

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