劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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中学生に言いくるめられる中年オヤジ……


魔法師とは

 国防軍の連絡車輛に乗った私たちは、検問に止められる事も無く敵の攻撃に曝される事も無く無事に基地へ到着した。意外だったのは、基地に避難している民間人が私たちだけじゃ無かった事。百人はいないにしても、それに近い人数が逃げ込んでいるように見える。

 この部屋にも私たち以外に五人の民間人が地下シェルターへの案内を待っている。余計なお世話とは思うけど、敵が攻めて来ているとうのに、基地の中へこんな大勢無関係で役に立たない人間を招き入れて大丈夫なのかしら?

 

「(もしかしたら、私たちも……私も戦わなければならなくなるのかしら?)」

 

 

 私は今日まで実戦と呼べる経験をしたことは無いけども、戦闘魔法の技術は大人の魔法師にも劣らないというお墨付きをもらっている。桜井さんのお墨付きだから信頼性は十分にあるはずだ。

 それでも不安を消し去る助けにはならず、私はそっと隣の席を見た。隣の椅子には兄が腰を下ろしている。何時もなら私の後ろか脇に立っているのだけれど、今日は目立たないように隣り合わせに座っていた。

 兄の懐には二丁拳銃ならぬ二機のCADが何時でも使用出来る状態で隠されている。この人も「実戦」と呼べるものは経験していないはずだけど、私と違って殺し合いなら何度も経験している。人を殺した回数も、五回や十回じゃない。その経験を裏付けるように、兄は落ち着き払っていた。

 兄を見ていると、少しだけ不安が和らいだような気がする。もう一度だけ、そう思ってチラッと兄の横顔を窺い見たら、何故かバッチリと目が合ってしまった。

 

「(え? えっ? 何? 何で?)」

 

「大丈夫だよ、深雪」

 

「……っ!」

 

 

 三日前に約束した通り、あの人は私の事を「深雪」と呼んだ。あの時とは違う、優しいフリじゃない、小さいけど優しい声で。

 

「俺がついてる」

 

 

 ……それ、反則……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どんな顔をしていいのか分からない。色々と頭の中で考えを巡らせ、最終的には兄を睨みつけた。すると兄がいきなり椅子から立ち上がった。

 

「(えっ? 私、そんな怖い顔してた?)」

 

 

 呑気な事を考えていたが、事態はそれを許してはくれなかった。

 いきなり立ち上がったのは兄だけではなく、一呼吸遅れて桜井さんも椅子を蹴っていた。私たちと同席している身も知らない人たちが、ビックリした顔で、少しおどおどした目つきであの人と桜井さんを見詰めている。

 

「達也君、これは……」

 

「桜井さんにも聞こえましたか」

 

「じゃあ、やっぱり銃声……!」

 

「それも拳銃ではなくフルオートの、おそらくアサルトライフルです」

 

「状況は分かる?」

 

「いえ、ここからでは……この部屋の壁には、魔法を阻害する効果があるようです」

 

「そうね……どうやら古式の結界術式が施されているようだわ。この部屋だけじゃなくって、この建物全体が魔法的な探査を阻害する術式に覆われているみたいね」

 

「部屋の中で魔法を使う分には問題ないようですが」

 

 

 兄と桜井さんの話を聞いていた見ず知らずの男が「魔法」という単語に反応して話しかけてきた。内容は良く聞き取れなかったけども、あの人は如何やら桜井さんと兄に状況を見に行けと言ったらしい。

 

「私たちは軍の関係者ではありませんが」

 

 

 桜井さんがムッとした口調で言い返した。必要とあればいくらでも猫をかぶれるはずだけども、縁もゆかりも、ついでに利害関係も無い相手にそんな義理は無いと思ったのだろう。

 しかし、桜井さんの当然の主張はこの男性には通じなかった。

 

「それがどうしたというのだ。君たちは魔法師なのだろ? ならば人間に奉仕するのは当然の義務ではないか!」

 

 

 まだ、こんな事を平気で口にする人がいるなんて……それも魔法師に面と向かって……

 

「本気で仰っているんですか?」

 

 

 桜井さんの声も殺気立っている。目つきはもっとキツイものになっているはずだ。さすがにその男性も怯んだようだけども、彼の暴言は止まらなかった。

 

「そ、そもそも魔法師は人間に奉仕する為に作られた『もの』だろう。だったら軍属かどうかなんて関係ないはずだ」

 

「なるほど、我々は作られた存在かもしれませんが」

 

 

 怒りとショックが強すぎて言葉が出なかった私の代わりに反論してくれたのは、それまで桜井さんに男性の相手を任せていた兄だった。怒りも動揺も感じられないシニカルで嘲りを隠さぬ口調で。

 

「貴方に奉仕する義務などありませんね」

 

「なっ!?」

 

「魔法師は人間社会の公益と秩序に奉仕する存在なのであって、見も知らぬ一個人から奉仕を求められる謂われはありません」

 

「こっ、子供の癖に生意気な!」

 

 

 兄がいった言葉は、魔法師以外にも良く知られている『国際魔法協会憲章』の一節で、当然この男性も知っていたのだろう、だからこそのこの反応。

 男性は赤い顔でプルプル震えながら兄を怒鳴りつけた。私が見上げた兄の瞳は、侮蔑と憐憫に染まっていた。

 

「まったく……いい大人が子供の前で恥ずかしくないんですか?」

 

 

 同じ「子供」という言葉を使っても、意味するところは全く違う。彼の子供たちは、子供らしい潔癖性を以て軽蔑の眼差しで彼を見ていた。

 

「それから誤解されているようですが……この国では魔法師の出自の八割以上が血統交配と潜在能力開発です。部分的な処置を含めたとしても、生物学的に『作られた』魔法師は全体の二割にもなりません」

 

「達也」

 

「何でしょうか」

 

 

 この場を収拾したのはお母様だった。もっとも、お母様にはそのような意図など、おそらく無かったと思うけど。ソファに背中を預けたまま気だるげな声でお母様が兄の名を呼んだ。兄はワナワナと震える男の人に背中から視線を外した。

 

「外の様子を見て来て」

 

 

 何時もの様にお母様冷淡とも聞こえる端的な指示を出した。

 

「しかし、状況が分からぬ以上、この場に危害が及ぶ可能性を無視出来ません。今の自分の技術では、離れた場所から深雪を護る事は」

 

「深雪? 達也、身分を弁えなさい?」

 

「――失礼しました」

 

 

 私が頼んで兄にそう呼んでもらっているのに、怒られるのは兄。有無を言わせぬその声に、私は兄を弁護する意識さえ持てなかった。

 

「……達也君、この場は私が引き受けます」

 

「分かりました。様子を見てきます」

 

 

 兄はお母様の横顔に一礼して、代わりを引き受けてくれた桜井さんにも一礼した。そして部屋を出て行った。怯えた目を向けているあの男性の家族には、兄もお母様も一瞥もくれなかった。




漸く盛り上がりまで来ました。

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