劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ここからさらにカットが難しくなる……


深雪の死

 外から爆竹を鳴らしたような音が聞こえる。もちろん、お祭りをやってりとかそういう事ではあり得なくて。銃撃の音は、今や私の耳でも聞き取れるようになっていた。

 そして近づいてきたのは銃声だけではなかった。この部屋にいくつもの足音が近づいて来て、扉の前で止まった。桜井さんが私とお母様の前に立った。CADのブレスレットは起動式を展開するのに十分なサイオンがチャージされている。こういう風に即時作動が可能な状態を長時間維持するのは難しいのだけど、桜井さんのテクニックはさすがだった。私からは背中しか見えないけど、多分彼女は鋭くドアを睨みつけているのだろう。

 

「失礼します! 空挺第二中隊の金城一等兵であります!」

 

 

 警戒を保ちつつも、桜井さんの緊張が少し緩んだのが分かる。私もドアの外から掛けられた声を聞いてホッとしていた。如何やら基地の兵隊さんが迎えに来てくれたみたいだ。

 開かれたドアの向こうにいたのは四人の若い兵隊さんだった。全員が「レフト・ブラッド」の二世のようだけど特に気にならない。この基地はそういう土地柄なのだろう。

 

「皆さんを地下シェルターにご案内します。ついてきてください」

 

 

 予想通りのセリフだったけど、私は躊躇わずにはいられなかった。今この部屋を出ていったら兄とはぐれてしまう。

 

「すみません、連れが一人外の様子を見に行っておりまして」

 

 

 私がその事を言う前に、桜井さんが金城一等兵にそう告げてくれた。案の定、一等兵は顔を顰めて難色を示した。

 

「しかし既に敵の一部が基地の奥深くに侵入しております。ここにいるのは危険です」

 

「では、あちらの方々だけ先にお連れくださいな。息子を見捨てて行くわけには参りませんので」

 

 

 ある程度予想通りの答えに返答したのは、意外な事にお母様だった。返答したのも意外だったが、その内容に私は桜井さんと無言で目を見合わせた。

 考えてみれば当然の言い分ではあるのだが、お母様が言うと如何しても違和感をぬぐい去れないのだ。

 

「しかし……」

 

 

 金城一等兵が難色を示したが、見ず知らずの男性は早く避難したいようで一等兵に詰め寄っている。その隙にではないが、私たちは小声で相談し始めた。

 

「達也君でしたら、風間大尉に頼めば合流するのも難しくないと思いますが?」

 

「別に達也の事を心配しているのではないわ。あれは建前よ」

 

 

 お母様の回答に、私はガクガクと震えだした膝に必死で力を込めた。お母様は何故、実の息子であるあの人に対して、ここまで冷淡になれるの……?

 

「では?」

 

「勘よ」

 

「勘、ですか?」

 

「ええ。この人たちを信用すべきではないという直感ね」

 

 

 お母様の言葉に、桜井さんが最高度の緊張を取り戻した。私も膝の震えを忘れた。他の人ならいざ知らず、かつて「忘却の川の支配者(レテ・ミストレス)」の異名で畏怖されたお母様の「直感」だ。

 

「申し訳ありませんが、やはりこの部屋に皆さんを残しておくわけには参りません。お連れの方は責任を持って我々がご案内しますので、ご一緒について来て下さい」

 

 

 四人が相談を終えて私たちに言葉をかける。言葉遣いはさっきと変らない。だけど脅しつけるような態度になっている、と感じるのは私の先入観の所為だろうか?

 そんな事を考えていると、新たな登場人物がこの一幕に急展開をもたらした。

 

「ディック!」

 

 

 金城一等兵が声の主、桧垣上等兵に対していきなり発砲したのだ。それを合図に一等兵の仲間が室内に銃口を向ける。桜井さんが起動式を展開したけど、頭の中でガラスを引っ掻いたような騒音が魔法式の構築を妨害する。

 

「(これはサイオン波? キャスト・ジャミング!?)」

 

 

 耳を押さえて目を向けると、四人の内一人が真鍮色の指輪をはめていた。

 

「ディック! アル! マーク! ベン! 何故だっ? 何故軍を裏切った!」

 

 

 桧垣上等兵の怒鳴り声が耳を押さえている私にも聞こえた。良かった、弾は当たって無かったのね……。

 

「ジョー、お前こそ何故日本に義理立てする!」

 

「狂ったかディック! 日本は俺たちの祖国じゃないか!」

 

「日本が俺たちを如何扱った! こうして軍に志願して、日本の為に働いても、結局俺たちは『レフト・ブラッド』じゃないか! 俺たちは何時まで経っても余所者扱いだ!」

 

「違う! それはお前の思い込みだ! 俺たちの片親は間違いなく余所者だったんだ。何代も前からここで暮らしている連中にすれば、少しくらい余所者扱いされて当たり前だ! それでも軍は! 部隊は! 上官も同僚も皆、俺たちを戦友として遇してくれる! 仲間として受け容れてくれている!」

 

「ジョー、それはお前が魔法師だからだ! お前には魔法師としての利用価値があるから、軍はお前に良い顔を見せる!」

 

「ディック、お前がそんな事を言うのかっ? レフト・ブラッドだから余所者扱いされると憤るお前が、俺が魔法師だから、俺はお前たちと別の存在だと言うのか? 俺は仲間ではないと言うのか、ディック!」

 

 

 桧垣さんの叫びで銃撃の音が途切れ、キャスト・ジャミングのサイオン波が弱まる。

 

 

「(チャンスだわ!)」

 

 

 私はアンティナイトをはめた人だけを狙って、精神凍結魔法「コキュートス」を発動した。

 キャスト・ジャミングが止む。相手が「静止」したのが分かる。人間を「止めて」しまったのはこれが三人目。殺したわけではないけど、融ける事のない凍結は、再び動き出す事のない静止は、死と同じ。私は罪悪感に耐える為奥歯をギュッと噛み締めた。

 

「貴様! よくも仲間を!!」

 

 

 罪悪感に苛まれる前に気づくべきだった。敵は一人ではない事に……

 仲間を止められた残りの三人が怒りに任せて銃を乱射する。その弾は桜井さんを、お母様を、そして私を撃ち貫いた。

 撃たれたところが痛い……いや熱い……そして徐々に身体が冷えて行くのが分かる。命が流れ出て行くのが分かる。

 普通こういった時には色々と思いだすものだと聞いた事があるけども、私の頭には一人の事しかなかった。私がいなくなれば、兄は自由になれる、その事と兄への謝罪だけだった。

 

「ごめんなさい、兄さん……ごめんなさい、お兄……」

 

 

 直接謝る事は出来そうにない、そう思った。

 

「深雪っ!」

 

 

 だからだろうか。こんな幻想を見てしまったのは……




コミック版の切り方をしたかったんですが、文字数の関係でちょっとはみ出しちゃったんですよね。

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