劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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事情説明回ですね


達也の精神

 防空司令室は装甲扉を五枚通り抜けた先にあった。窓が無い、どころか直接外に面している壁も無い。学校の教室四個分くらいのフロアで、中は三十人前後のオペレーターが三列に並んだコンソールに向かって座っている小ホールと壁からホールの大型スクリーンに向かって突き出した八つの中二階個室からなっていた。

 私たちは前面がガラス張りになった個室の一つに通された。

 

「盗聴器や監視カメラの類は見当たりません。如何やら高級士官や防衛省幹部の視察用の部屋みたいですね。それから前面のガラスは唯のガラスではありませんね。警視庁にも同じものがありました。この司令室でモニターしている任意の映像を映し出す事が出来るものです」

 

 

 どうやって調べたのか分からないし、私には普通のガラスにしか見えなかったけども、桜井さんが言うのだから間違いないのだろう。

 

「お母様、一つ教えていただきたい事があるのですが」

 

 

 桜井さんが卓上モニターを見ながらコンソールを操作している間に、私は思いきってお母様にさっきの事を訊ねてみる事にした。

 

「お兄様が先ほど、本当に大切だと思えるものは『今のところ』私だけと仰ったのですが……何故『大切なもの』ではなく『大切だと思えるもの』なのか、理由をお訊きしたところ、お母様に教えていただくように、と……あと、『今のところ』とは如何いう意味でしょう」

 

「そう、達也がそんな事を」

 

 

 私の質問を眉を顰めながら聞いていたお母様が、つまらなそうにそう呟いた。

 

「そろそろ教えてあげても良い頃かしらね」

 

 

 そしてお兄様と同じ様な事を仰った。そこに何か重大な秘密を感じて、私は緊張に身を強張らせた。

 

「でもその前に……深雪さん、達也の事を『お兄様』と呼ぶのは止めなさい。他人の耳目がある場所では仕方のない部分もあるから構わないけど、四葉の者だけしかない場所で達也を兄として扱うべきではないわ。貴女は真夜の跡を継いで四葉の当主になるのだから、あのような出来そこないを兄と慕い依存しているなどと見られるのは貴女にとって大きなマイナス点となりかねない」

 

「そんな言い方……! 実の子に対して出来そこないなんて!」

 

 

 私は思わず遠慮を忘れてお母様に喰って掛った。

 

「私も残念だとは思うのだけど、事実だから仕方ないわ」

 

「そんな事ありません! お兄様はそのお力で私を助けてくださいました!」

 

「さっきの事? そうね、あの程度の事はやって見せてくれないと……あの子は、あれしか出来ないのだから」

 

 

 私の精一杯の反論に、お母様は今まで聞いた事の無いくらいの冷淡な声で答えた。それはすっかり諦めきっている様な声色だった。

 

「達也が貴女に話して聞かせるべきだと言ったのなら、私は別に構いません。そうね、何から話してあげましょうか……」

 

 

 不意に、壁いっぱいの窓は映し出す風景を変えた。桜井さんが操作を終え映し出してくれたのだ。私は桜井さんに目を向けた。彼女は無言で私たちを――私とお母様を見ていた。

 彼女に口を挟むつもりが無いのは、訊いてみる迄もなく明らかだった。彼女が私の知らない多くの事を知っている、と言う事も。

 

「達也は、魔法師としては欠陥品として生まれました」

 

 

 お母様は何処か遠くを――過去を振り返るような目をされていました。

 

「あの子をそういう風にしか産んであげられなかった事には責任を感じないでもないけど、達也が魔法師として如何にもならない欠陥を抱えている事は事実。達也は生まれつき二種類の『魔法』しか使えません。情報体を分解する事、情報体を再構成する事。この二種類の概念の範疇なら様々な技術を編み出したり使い分けたりする事が出来るみたいですけど、達也に出来るのは何処まで行ってもこの二つだけで、魔法師の本領たる情報体を改変する事は出来ないのですよ。魔法とは情報体を改変し、事象を改変する技術。それがどんな些細な変化であっても、何かを別のものに変えるのが魔法。でも達也にはそれが出来ない。あの子に出来るのは情報体をバラバラに分解する事と、情報体を元の形に作り直す事だけ。それは、本来の意味の魔法ではないわ。情報体を別のものに変化させるという、本当の意味での魔法を使う才能を持たずに生まれたあの子は、魔法師としては紛れもなく欠陥品です。まぁその再構成の力で私たちは助かったのだけど、あの力は厳密に言えば『魔法』ではありません」

 

 

 反論の言葉は、思いつかなかった。ただ私は思った。あれが魔法ではないのなら、あの力は何と呼ぶべきなのだろう。あれが『魔法』以外の名で呼ばれるべきならば、それは『奇跡』に他ならないのではないだろうか?

 

「でも私たち四葉は十師族に名を連ねる魔法師で、魔法師でなければ四葉の人間ではいられない。魔法が使えないあの子は四葉の人間としては生きられない。だから私たちは、私と真夜は七年前、あの子にとある手術を施す事にしました。――もっとも、あの実験の動機はそれだけではなかったのだけども……それに、真夜は最後まで反対してたんだけども」

 

 

 実験? お母様がお兄様に?

 

「人造魔法師計画。魔法師ではない人間の意識領域に、人工の魔法演算領域を植え付けて魔法師の能力を与えるプロジェクト。その精神改造手術を達也に行った結果、あの子の感情に欠落が生じてしまったのです」

 

 

 人造魔法師計画、その単語は私の耳の中で不吉に響いた。そしてお母様の言った言葉に首を傾げた。

 

「(精神改造手術? 感情に欠落?)」

 

「いえ、感情と言うより衝動と言った方が適切かしら。強い怒り、深い悲しみ、激しい嫉妬、怨恨、憎悪、過剰な食欲、行きすぎた性欲、盲目の恋愛感情……これは少しなりとも残ってるみたいですが、そういう『我を忘れる』ような衝動を、ハッキリと残った一つだけの例外を除いて失ってしまった代わりに、達也は魔法を操る力を得ました。ただ残念ながら人工魔法演算領域の性能は先天的な魔法演算領域の性能に著しく劣っていて、結局ガーディアンとしてしか使い物になりませんでしたが」

 

 

 まさか、と思った。そんなはずない、と思った。

 

「その『手術』を……お母様がなさったのですか?」

 

 

 そう思いながら問い返さずにはいられなかった。

 

「私にしか出来ないでしょ?」

 

 

 魔法演算領域は、大脳にそのような器官があるだけでは決してなく、つまるところ精神の機能の一つ。人工の魔法演算領域を付加すると言う事は、精神の構造を改変するという事。それはお母様だけの魔法『精神構造干渉』を使わなければ不可能な事……

 

「……何故、そんな事を」

 

「理由は既に説明しました。それより貴女が知りたがってた事にお答えしましょう」

 

「(ああ、そうなのですか……)」

 

 

 私にも解ってしまった。気づいてしまった。その実験で感情の一部を失ってしまったのがお兄様だけではない事という事に。

 それが魔法の副作用か、それとも罪悪感かもっと別の精神作用によって引き起こされたものなのかは分からないけど、私は初めて『魔法』に恐怖を覚えた。人の心をこんな風に、残酷に変えてしまう『魔法』に。




副作用で息子を愛せなくなる……これが深雪の導きだした答えです。

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