劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この間の深夜・真夜の会話内容です


電話の内容

 スクリーンの中では、お兄様が大型拳銃そっくりのCADを敵兵に向けている。お兄様の視線の先で、敵兵が次々に塵と化していく。

 

「達也が完全に失わなかった例外……それが答えです。あの子の中に残った唯一の完全な衝動は、兄妹愛。妹、つまり貴女を愛し、護ろうとする感情。それがあの子に残された、ハッキリと分かる本物の感情なのですよ」

 

 

 途中で声を上げてお母様の言葉を遮りたかった。訊かなければ良かった、訊きたくなかった。そんな事を言いたかったが、そんな事が私に許されるはずも無かった。それが分かっていたから、無意識に口を両手で押さえたのかもしれない。もしくは条件反射か。悲鳴なんて出てこないくらい衝動を受けていたから、口を押さえなくても声は出なかったのかもしれないが。

 

「達也は自分の事を良く知っていますから。『大切だと思える』というのはそういう意味でしょう。私の事はただ『母親』と認識しているだけで、そこに当然付随すべき親子の愛情は存在しません。達也が心から大切だと思えるのは今現在では、深雪さん、貴女だけです。さっきの事だって、私を助けたのはついでに過ぎません。あるいは、私が死ぬと貴女が悲しむと判断したのかもしれませんね」

 

「お母様はそうなる事を……意図的に選ばれたのですか?」

 

 

 自分が訊ねているのに、他人が喋ってる様に聞こえる。私ではない私が、私の身体を動かし私に質問させているような感覚さえある。

 

「そこまでハッキリと意図した訳ではありませんけどね。ただ、キャパシティの関係で残せる衝動が一つだけであるなら、それは貴女に向ける愛情であるべきだと考えていましたよ。私よりも貴女の方が、達也と共に在る時間は長いのですから」

 

「それをお……いえ、あの人にお話しになったのですか」

 

「もちろん話しましたよ。あの子はあれで常識に拘っているところがありますからね。親に愛情を抱けないなんてつまらない事で悩む必要はありませんから」

 

 

 そう仰った時、微かに、子供に愛情を抱けないお母様の苦悩が垣間見えた気がした。

 

「まだ何か、訊きたい事はありますか」

 

「ではもう一つ……先ほど叔母様からの電話で、お母様がお声を上げた原因は何なのでしょう」

 

 

 お母様は常に冷静、常に上品な喋り方をなさる方なのに、あの時だけは声を荒げ、冷静さを失っているように見えたのだ。

 

「あの子……真夜は達也を自分の子供として四葉で引き取りたいと昔から言っているのよ。それこそ人造魔法師計画の被験者に達也を選んだ時も、あの子は反対してたくらいに、真夜は達也に並々ならぬ関心を抱いているのですよ」

 

 

 そう言えば昔、叔母様にご挨拶に伺った時も叔母様の興味は私ではなくお兄様に向いていたような気がする……あの時は子供のガーディアンが珍しいのだとばかり思っていましたが、そういう事だったのですね。

 

「それで、会話の内容ですが、真夜はいよいよ本格的に達也を養子として……いえ、自分の子として達也を欲しているのです。それこそ、達也を次期四葉家当主候補として擁立する勢いで」

 

「あの人を、次期四葉家当主候補として……ですか?」

 

 

 それはつまり、お兄様のお立場が私と同等……いえ、叔母様はもしそれが叶えばお兄様を次期当主として指名なさるでしょうから、私よりもお立場が上に成られるという事。つまりもうお兄様が四葉家内でバカにされる事が無くなるという事なのでしょうか?

 

「まぁ、真夜と達也が戦えば、ほぼ確実に達也が勝つでしょうし、あの子としては達也を敵にしたくないという考えがあるのかもしれませんが、それでも達也を次期当主候補とするのは如何なのでしょう」

 

「真夜様のお考えは、私などでは到底理解出来ませんので……」

 

「そうよね……私だって――双子の姉である私だってあの子の考えは理解出来ないのだもの……穂波さんに分かる訳も無いわよね」

 

 

 お母様が呆れている先では、お兄様が大型拳銃型のCADを敵兵に向けて引き金を引いていた。もちろん、敵兵もただやられるだけではなく反撃を試みているのだが、お兄様に届く前に、その反撃は跡形も無く消え去ってしまっているのだ。

 

「(あっ!)」

 

 

 お兄様への反撃を諦めた敵兵が、別の兵士に照準を変え攻撃する。兵士の身体に穴が穿たれたと思った次の瞬間には、その兵士は何事も無かったかのように動き出した。お兄様が左手に握ったCADを向けて魔法を発動させたのだろう。

 

 敵の砲塔が火を噴く。

 

 お兄様には当たらない。

 

 お兄様が右手を向ける。

 

 敵の姿が消える。まるで特撮映画みたいだ。

 

 味方の兵士が倒れる。

 

 お兄様が左手を向ける。

 

 それだけで、倒れていた兵士が何事も無かったかのように立ちあがる。

 

 

 スクリーンに映し出された映像は、他の人よりも、一般人だけではなく大多数の魔法師よりも、魔法というものに深く馴染んでいる私から見ても、現実感に乏しくて本当に映画みたいだった。

 でもそれは、無責任な傍観者の感想。

 お兄様と共に闘っている軍人さんにとっては望外の幸運。怪我をしても、致命傷であってもすぐ治るという夢の様な状況。

 そしてお兄様と向かい合っている敵軍にとっては予想外の凶事。倒したはずの敵が起き上がり、自分たちだけが死体も残さず消し去られて行くという悪夢。

 魔人と化してお兄様は戦場を闊歩する。ただ私が撃たれた事の報復の為に。それが七年前から、お兄様が六歳の時から定められていた事だと言うのなら、私はお兄様にどう報いればいいのだろうか。何をお返し出来ると言うのだろうか。

 今の私は、この命すらお兄様から頂いたものだと言うのに。




達也溺愛の最終段階で養子に、って考えだったのに、先に原作に取られちゃった……非常に残念です。

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