対馬要塞で別れてから一週間、当時一足先に帰還していた達也は、あの戦闘が結局如何いう形で決着したのか、一般的に公開されている以上の詳細を知らない。ここで風間と再会したのを好機と、色々な質問をぶつけてみたが、如何やら風間にも不明の部分が多いようだ。
風間と情報を交換し、推理を出し合っていた達也が、不意に身体ごとドアへ向いた。深雪の背筋に緊張が走った。兄の様子から覚ったのだ。
「失礼します」
形式的なノックの後、返事を待たずドアが開かれた。恭しく一礼したのは年嵩の執事。先ほどの少年とは格が違う、見るからに高い地位を有する初老の男性だ。
ただ、彼の口からはそれ以上の口上は無かった。ただドアを開けるだけの簡単な仕事であれば、この老人の役目ではないはず、にも拘らず。
だがその事を達也も深雪も、そして風間も不審には思わなかった。むしろこの役目はこの老人でなければ務まらないだろう、と揃って同じ事を考えていた。
「お待たせ致しました」
老人の背後には、この屋敷の主の姿があった。
「本当に申し訳ございません。前のお客様がなかなかお帰りにならなくて……お約束の時間を過ぎているとはいえ、追い立てるような真似も出来ませんし……」
「どうかお気になさらず。お忙しくていらっしゃるのは存じ上げております」
真夜の謝罪に風間がそう返して、二人は漸く腰を下ろした。
「深雪さんもお掛けになって」
促す声に、深雪もゆっくりと腰を下ろす。しかし達也には声を掛けない。本心では掛けたいのだが、この状態での達也の立場を考えると、当主である真夜であっても甘やかす事が出来ないのだ。
「本日おいでいただきましたのは、先日の横浜事変に端を発する一連の軍事行動について、お知らせしたい事がありましたからですの」
「本官にですか?」
「ええ、それと達也さんと深雪さんにも」
そう言って、真夜が意味ありげな笑みを浮かべた。にも、と言っているが、本当に聞かせたい相手は達也たちなのだな、と穿って見なくても分かる表情だった。
「国際魔法協会は、一週間前、鎮海軍港を消滅させた爆発が憲章に抵触する『放射能汚染兵器』によるものではないとの見解をまとめました。これに伴い、協会に提出されていた懲罰動議は棄却されました」
深雪の顔が一層の緊張に強張り、すぐに安堵のため息を漏らした。
「懲罰動議が出されていたとは知りませんでした」
「落ち着いていらっしゃるのね? 懲罰部隊が派遣される事は無いと確信していらっしゃったかのご様子」
「放射性物質の残留が観測されないのは分かっていた事ですから」
貴女もご存知のはずだ、とは風間は言わない。口にする必要のない事であり、口にしたところで流されてしまう事が分かり切っていたからだ。
案の定、真夜はあっさりと話題を変えた。
「では、消滅した敵艦隊の搭乗員に『震天将軍』が含まれていて、戦死が確実視されている事はご存知ですか?」
「
「ええ、それぞれの国の政府によって国際的に公にされた十三人の戦略級魔法師の一人である劉雲徳その人が、です。大亜連合は随分と厳重な情報管制を敷いているようですけど。これで『十三使徒』は『十二使徒』となったわけですけど」
国際軍事バランスの大変動要因を、真夜は簡単に一文でまとめてみせた。そして更に、風間も知らなかった機密情報を開陳する。
「政府はこれに乗じて大亜連合から大きな譲歩を引き出したいと考えているようですよ。参謀長より五輪家に出動要請があり、五輪家はこれを受けました。佐世保に集結した艦隊に澪さんが同行しています」
「あの方が軍艦に乗船されているのですか?」
「ええ」
「……しかし、お身体に障りがあるのではないでしょうか?」
「それを承知の決断なのでしょうね。参謀部も、五輪家も。それほどの奇貨と考えているのでしょう」
心配そうな深雪の問い掛けに、真夜があっけらかんとした答えを返した。五輪澪はその強大な魔法の能力と対照的に、肉体面はかなり虚弱なのだ。
「こちらが劉雲徳の動向をつかんでいたように、あちらも澪さんが出陣した事を掴んでいるでしょう。また、これは未確定の情報ですが、本日ベゾブラゾフ博士がウラジオストク入りしたとの報せも受け取っております」
その名を聞いて、風間の表情が動いた。
「『イグナイタ―』イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが、ですか?」
「ええ、そのベゾブラゾフ博士です。各国の軍首脳部は朝鮮半島南端における戦果を目の当たりにして、大規模魔法の有効性を再評価しているようですね」
声こそ漏らしていないが、驚いているのは達也も同じだった。
「大亜連合も同様の情報を掴んでいるでしょうから――」
「近日中に講和が成立する可能性が高いと?」
「私どもはそのように予想しております」
言葉を切って真夜は笑顔で風間を見詰めた。四十代半ばにも関わらず、三十路前のような、若々しくも大人の可愛らしさと大人の色気を兼ね備えた笑顔。しかし風間にそのような色香が通用するはずもなく、彼は無言で次の言葉を待っていた。
「……三年前からの因縁は、これで決着がつくでしょう」
話を再会した真夜の顔に、当てが外れたとでも言いたげな少々不満げな色が窺われたのは、達也の錯覚とばかりも言いきれないだろう。
「ただ、今回の鎮海軍港消滅は多数の国から注目を集めています。あの攻撃が戦略級魔法によるものだと当たりをつけ、前者の正体に探りを入れてきている国も一つや二つではないようです。大亜連合の派遣艦隊が全滅した三年前の沖縄海戦との共通性に思い至り、これを手掛かりにしようと考えるグループも出てくるでしょう。しかし、達也さんの正体を知られる事は、私どもとして極めて好ましくない事態です」
「重々、承知しております」
風間が頷くのを見て、真夜は演技とは分からぬくらい自然に顔をほころばせた。いや、今のは本心から満足して笑ったのかもしれない。
「ご理解いただけて嬉しく思います。それでは念の為に、暫く達也さんとの接触は控えていただきたいのですが」
「……分かりました」
話は終わりだと感じ取り、風間は一礼して謁見室から去っていったのだった。
次回、真夜が本性を現します