劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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いよいよ追憶編も終わりですね


内緒話

 潰走する侵攻軍の戦線は崩壊と表現して差し支えのない状態にあったが、侵攻軍の指揮系統まで崩壊してしまっているわけではない。侵攻軍の指揮官は、最早橋頭保を維持出来ないと判断し、海上への撤退を命じた。我先に上陸舟艇へと乗り込む侵攻部隊の兵士たち。一歩、一歩、着実に歩み寄ってくる魔人の手から逃れる為に。そこに死神が大鎌を振り上げて待っているとも知らずに。

 逃げ出すのに忙しくて反撃が止んだ侵攻部隊を前に、達也の足も止まった。急に自分たちの役目を思い出したのか、恩納空挺隊が斉射陣形を作り上げる。だが、「撃て!」の命令が下されるより早く、達也から景色を歪める「力」が放たれた。

 視界、つまり光波に余波を及ぼすような強い干渉力を放つ魔法師がいない訳ではない。本当に優秀な魔法師は意図した事象改変以外に「世界」を乱すような力は使わないものだが、パワーに比して熟練度に劣る若手の優秀な魔法師は時々そのような意図せざる事象改変を引き起こす。しかしこの場において生じたのは、全くの物理的副次作用だった。

 小型の強襲上陸艇が中に呑み込んだ兵員ごと塵となって消えた。景色が歪んで見えたのは、上陸艇の一部がガスとなって拡散した所為で空中に密度の異なる気体層が形成され、光の屈折減少が発生した事によるもの。

 次の艇で逃走しようと先を争って乗船していた敵兵が、揃って動きを止めた。手にしていた武器を次々と海に投げ捨て、白い旗が揚がる。同時に大亜連合の海軍旗が掲げられたのは、捕虜としての法的保護を宛にしたものか。

 達也の背後で射撃命令の代わりに、射撃待機の命令が下された。達也はそれを見て、右手を白旗の旗手に向けた。

 

「バカ、止めろ! 敵に戦闘継続の意思は無い!」

 

 

 そんな事は言われなくても分かっていた。彼を制止した相手もフルフェイスのヘルメットを被っていてその容貌は見えなかったが、聞いた事の無い声だった。少なくとも風間大尉や真田中尉ではない。

 もっとも、風間に止められたところで達也に敵の殲滅を中止する意思は無かった。

 

「止めろと言うのだ!」

 

 

 突如視界が回転し、分解対象の座標を見失った。背中に強い衝撃、投げられたのだ、と覚った。すぐさま起き上がろうとして、既に自分が抑え込まれている事を確認した。

 

「これ以上は虐殺だ。そんな真似はさせんぞ」

 

 

 ヘルメットの鼻先に拳銃が突き付けられている。

 

「落ち着け、特尉。柳も銃を引っ込めろ。特尉、出動の際の条件は覚えているな?」

 

 

 聞き覚えのある声、「特尉」という呼称も記憶にあった。そして風間の言う「条件」も、達也の記憶にあった。沸騰していた頭が少し冷え、戦う意思はそのままに、破壊と殺戮への欲求が収まった。

 

「了解です」

 

 

 達也がそう答え、CADの引き金から指を外したのを見て、柳は手と膝を使った押さえ込みを解いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上陸部隊の投降により、直接武装解除に当たる風間の部隊だけではなく迎撃に出動していた部隊の間にも安堵感が広がったのは仕方の無い側面があるにしても、些か早すぎた。

 

「司令部より伝達! 敵艦隊別働隊と思われる艦影が粟国島北方より接近中! 高速巡洋艦二隻、駆逐艦四隻! 僚軍の迎撃は間に合わず! 二十分後に敵艦砲射程内と推測! 至急海岸付近より退避せよとの事です!」

 

 

 勢いの割に呂律が所々怪しかったが、それもやむを得ない凶報だった。

 

「通信機を貸せ」

 

「ハッ!」

 

 

 落ち着いた声の風間の命令に、通信兵の返事は必要以上に大きかった。

 

「風間です。水雷艇は……対艦攻撃機も余力無しですか。捕虜は如何致しましょう? ……了解しました」

 

 

 風間は顔から通信機を離すと、一つ息を吸い込んだ。

 

「予想時間十二分後に、当地点は敵艦砲の有効射程内に入る! 総員、捕虜を連行し、内陸部へ避難せよ!」

 

 

 ヘルメットを脱いだ風間の顔に、苦渋や懊悩は窺われない。断固とした指揮者の威厳が鉄の仮面を作っている。だが彼が捕虜連行の命令を苦々しく思っているのは他心通など使えなくても明白だった。

 

「特尉、君は先に基地へ帰投したまえ」

 

 

 短い指示のその声が殊更無感情だったのが、達也の推測を裏付けている。少なくとも達也はそう思った。帰投という表現を使っているが、これは逃げろという意味だ。

 

「敵巡洋艦の正確な位置は分かりますか?」

 

 

 達也は風間の指示に頷く代わりに、ヘルメットを被ったままそう質問した。

 

「それは分かるが……真田!」

 

 

 何故だ、とは問わなかった。その代わりに戦術情報ターミナルを背負った部下の名を呼んだ。

 

「海上レーダーとリンクしました。特尉のバイザーに転送しますか?」

 

「その前に」

 

 

 真田の風間に対する質問を、達也が途中で遮った。

 

「先日見せていただいた射程伸張術式組込型の武装デバイスは持って来ていますか?」

 

 

 真田がバイザーを上げて、風間と顔を見合わせた。風間が頷き、真田は達也へ視線を戻す。

 

「ここにはありませんが、ヘリに積んだままにしてありますから五分もあれば」

 

「至急持って来ていただけませんか」

 

 

 真田のセリフをぶった切って達也は少年らしい性急さでそうリクエストした。そして達也は風間へと顔を向け、顔を隠したままのヘルメットから有線通信用のラインを引っ張り出し差し出した。

 風間は眉を顰めただけで何も言わずにヘルメットを被り直し、同じようにラインを引き出してコネクターの端子を噛み合せた。

 

『敵艦を破壊する手段があります』

 

 

 部下の見ている前で持ちかけられた内緒話は、思いがけない爆弾発言で始まった。

 

『ただ、部下の皆さんに見られたくありません。真田中尉のデバイスを置いて、この場から移動していただけないでしょうか』

 

 

 風間から達也の表情は見えない。有線通信越しでは音声も上手く伝わって来ない。判断の材料となるのは、口調と、わずかな付き合いから読み取った為人のみ。

 

『……いいだろう。ただし、俺と真田は立ち合わせてもらう』

 

『……分かりました』

 

 

 撤退する部隊の指揮は如何するんだ? と達也は思ったが、すぐにそれは自分の考える事ではないと思いなおした。風間が撤退の指示を出し、先ほど自分を投げ飛ばした柳という名の士官に指揮権を移譲する傍らで、達也は武装デバイスの到着だけを待っていた。




中学一年生に従う大人……これだけ聞くとかなり情けない……

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