劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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とりあえず、アンタッチャブルはやらない方向にします。所々でその内容が分かるようにはしますが、とにかく触れたくないんです……


即興魔法アレンジ

 迎撃部隊の慌ただしい撤退風景は、防空司令室のモニターでも見る事が出来た。無論、その映像を窓いっぱいに映し出している深雪たち親子にも。

 部隊が捕虜を引き連れて移動を開始する中、三人の人影がその場から動く気配を見せない。その映像を見て深雪が息を呑んだ。三人の内の一人が彼女の兄だったからだ。

 名前を聞かなくても分かる。識別信号を見なくても分かる。顔はスモークバイザーに隠れていても、背格好だけで見間違う事は無い。

 少佐の階級章を付けた男が増援を訴えている光景を前にして、ギュッと奥歯を噛み締めた深雪の横顔を見ただけで、本当は何をしたいのか、何を言いたいのか穂波には手に取るように分かった。

 それを可哀想だと思った。まだ十二歳でしかないのに、言いたい事を口に出来ない。「兄を助けに行って」という、我が儘ですらない、人として当たり前な想いすら言葉に出来ない。

 何故達也があの場所に残っているのか、それは穂波には分からない。しかし推測なら出来る。おそらく彼は接近する敵の艦隊を何とかする手段を持ち合わせているのだ。

 

「奥様、お願いがあります」

 

 

 深雪の気持ちが分かり、自分も達也に想いを寄せている穂波は、達也が何かをすると思い至った時、彼女が自分でも意識しない内にその言葉が唇から滑り出た。

 

「なにかしら」

 

 

 突然の事だったにも関わらず、深夜の声には少しも不自然なところが無かった。まるで穂波の「お願い」の内容まで既に知っているような口調だった。

 

「達也君を迎えに行きたいのですが」

 

 

 スクリーンに釘付けになっていた深雪が勢いよく振り返った。彼女の穂波を見る目は、大きく見開かれていた。

 

「それは、今、あそこに、迎えに行きたいという事?」

 

「はい」

 

「穂波、貴女は私の護衛なのだけど?」

 

 

 その貴女が私の側を離れるの? と深夜が言外に問う。深夜としては当然の問い掛けであり、穂波としては答えられない問い掛けだった。

 

「……す」

 

「まあいいわ。敵艦を放置しては、この基地も安全かどうか分からないものね。達也はアレをやるつもりのようだから、その手伝いに行ってらっしゃい」

 

「あれ?」

 

 

 深夜が認めてくれた事に驚きながらも、穂波は深夜が言う「あれ」という言葉が気になり、反射的に質問してしまった。

 

「理論上可能だと分かっているだけで実際にやってみた事は無いはずだけど、そこは何か考えがあるのでしょう。あの子は目端は利く方だから」

 

 

 如何でもよさそうな言い方だったが、穂波は母親が息子を自慢しているのだと思った。

 

「ありがとうございます」

 

 

 そうであってほしいと思いながら、穂波は丁寧に頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現代の艦砲射撃はフレミングランチャーから爆弾を連続射出するスタイルで、火薬砲より連射性が圧倒的に優れている上、推進剤と重量を運ぶ必要が無いから爆薬類の積載量をミサイルより大きく出来る。

 最新鋭戦闘艦の対地攻撃力は百年前の十倍以上と言われており、フレミングランチャーの有効射程内に侵入されれば単艦でも街は火の海となる。

 時間との勝負である事は達也にも分かっている。彼は手元に届いた射程伸張術式付き武装デバイス、特化型CADを組み込んだ大型狙撃銃のマガジンを引き抜いて、更にその中から弾丸を手早く取り出した。弾丸を一つずつ合掌するようなポーズで両手に持ち、再びマガジンに込め直す。

 見ている風間たちには何をしているのかさっぱりだが、強力な魔法が作用している事だけはかろうじて感じ取れるが、どんな術式が働いているのかまでは分からなかった。

 

「敵艦有効射程距離内到達予想時間、残り十分」

 

 

 武装デバイスの準備を終えた達也に、真田が猶予時間を告げた。

 

「敵艦はほぼ真西の方向三十キロを航行中……届くのかい?」

 

「試してみるしかありません」

 

 

 真田の問い掛けに達也はそう答えて、武装デバイスを仰角四十五度に構えた。

 銃口の先にパイプ状の仮想領域が展開される。通り抜ける物体の速度を加速する仮想領域魔法。仮想領域の作成に時間がかかっているものの、構築された仮想領域のサイズに、真田は満足して頷いた。

 だが、達也が展開している魔法はそれで終わりではなかった。物体加速の魔法領域のその先に、もう一つの仮想領域が発生した。

 

「なんと……!?」

 

 

 達也が追加した仮想領域は、真田が設計した加速の為の仮想領域魔法を、慣性質量増大の仮想領域魔法にアレンジしたもの。それを即興で成し遂げたのだ。

 

「信じられん事をする少年だな……」

 

 

 真田の呟きは、狙撃銃の発射音にかき消された。見えるはずの無い超音速の弾丸を目で追いかけるようにして沖を見詰める達也。やがて彼は落胆したように首を振った。

 

「……駄目ですね。二十キロしか届きませんでした」

 

 

 どうやって弾道を追ったのか。淡々とした声音だが、やはりガッカリしているのだろう。あるいは自分の事を不甲斐無いと感じているのか。

 

「敵艦が二十キロメートル以内に接近するのを待つしかありません」

 

「しかしそれでは、こちらも敵の射程内に入ってしまう!」

 

「分かっています。お二人は基地に戻ってください。ここは自分だけで十分です」

 

「バカな事を言うな! 君も戻るんだ」

 

「しかし、敵艦を撃破しなければ基地が危ない」

 

「だったらせめて、この場から移動しよう」

 

「ダメです。今から射撃ポイントを探している時間はありません」

 

 

 真田の精一杯の譲歩は、彼自身にも分かっている理由で却下された。

 

「我々では代行出来ないのか?」

 

 

 黙って二人の会話を聞いていた風間が、沈んだ声で達也に訊ねた。

 

「無理です」

 

 

 返ってきたのは予想通りの、それ以外には無い答え。

 

「では、我々もここに残るとしよう」

 

 

 予想外だったのはこの答え。達也にとって、風間の即答は思いもよらないものだった。

 

「……自分が失敗すれば、お二人も巻き添えですが」

 

「百パーセント成功する作戦などあり得んし、戦死の危険性が全くない戦場もあり得ない。勝敗が兵家の常ならば、生死は兵士の常だ」

 

 

 何の力みも無く、風間はそう語った。葉隠の有名な一節に通ずるそのセリフは、説得を断念させるには十分な威力を有していたのだった。




あと二回で追憶も終わり。そうなれば来訪者、リーナが出せます。次回IFにも当然考えていますのでお楽しみに。

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