巡回に出る前に、摩利から腕章と薄型のビデオレコーダーを渡された達也と森崎。何か問題に出会ったらこれで録画をするらしいのだが、原則風紀委員の証言は単独で証拠採用されるので無理に録画する必要は無いようだ。
「それでは次は委員会のコードを端末に送る。指示を送る時も、確認の時もこのコードを使うから覚えておけ。それからCADだが、風紀委員はCADの学内携行が許可されている。使用に関しても誰かに許可を取る必要は無い。ただし不正使用が発覚した場合は一般生徒よりも重い罰が科せられるから覚悟しておけ。一昨年はそれで退学になったものも居る」
摩利が説明し終えると、達也は挙手をして摩利に質問をした。
「CADは委員会の備品を使用してもよろしいですか?」
この質問に摩利は首を傾げた。昨日見た限りでは、達也が個人で所持しているCADの方が高性能だし、扱いやすいのではないかと思ったのと、委員会の備品は半ばガラクタ扱いされてた品だからだ。
「君が使いたいのなら構わないが、本当に良いのか?」
「あの商品はエキスパート仕様の最高級品ですよ」
「何!?」
最高級品と言う達也のセリフに、摩利は食い入るようにCADを覗き込んだ。隣に立っていた森崎も目を見開いている。
「中条先輩ならこのシリーズも知ってそうですが……」
「中条は怖がってこの部屋には近付かないんだ」
「なるほど」
中条先輩らしいなと、達也が納得したのと同時に、摩利がしきりに頷いた。
「君がこの部屋の掃除に拘ったのが分かったよ……好きに使ってくれ! どうせ今まで埃を被ってたものだ」
「それでは、この二機をお借りします」
達也は昨日片付けるついでに自分のデータを打ち込んでおいた二機を手に取り、摩利に見せた。
「二機? 本当に君は面白いな」
普通CADを二機同時に使用するとサイオン同士が干渉してしまって上手く魔法を発動する事が出来ないのだ。その事を達也が知らない訳無いと思っている摩利が、あえて二機使うと言う達也の発言を面白がってもしょうがないのかも知れない。
だが森崎は達也のそんな事情を知る由もないので、達也が見栄を張って墓穴を掘ったのだと嘲笑し、お前が使える訳無いのだからコソコソしてるんだなと発言した。
「アドバイスのつもりか? 随分と余裕なんだな」
「僕はお前とは違う! この間は油断しただけだが次は違う! 格の違いを見せてやるからな!」
捨て台詞を吐いた森崎に、達也は鋭い視線を向けた。
『次』があると信じている時点で、彼は達也には勝てないのだ……
森崎に絡まれた為にエリカとの待ち合わせ場所に十分遅れた達也は、その場所にエリカが居ないのを見てため息を吐いた。時間に遅れたのは自分だが、待ってないとは思わなかったのだ。
「(探すべきだろうな)」
約束した時のエリカの表情を思い出し、達也はもう一度ため息を吐いて教室から移動した。この人海の中からエリカを探すのは普通なら大変だが、達也には造作も無い事だったのだ。
「あそこか……」
エリカを見つけた達也は、なるべく急いだ方が良いだろうと思い駆け足で移動したのだった。
約束をすっぽかしたエリカは、昇降口で一人つぶやいた。
「一人が珍しいなんて、意外と女の子を見る目が無いのかな? でも、アタシは基本的に一人なんだよ」
自分の事を分かってくれるかも知れないと思っていた相手に聞かせるでもなく、エリカはつぶやきを続ける。
「でも、確かに此処最近の私はおかしいわね、くっついてる気がするし」
「エリカ」
つぶやきに答えがあるとは思って無かったエリカは一瞬驚いたが、彼ならこれくらい出来るだろうと思いなおし驚きを微笑で誤魔化した。
「遅いわよ」
「すまない」
「あれ、謝っちゃうんだ」
「十分とは言え遅れたのは確かだからな。エリカが待ち合わせ場所に居なかったのとは別問題だから」
「ゴメンなさい……」
謝るついでに自分を責めてくる達也に、エリカは素直に謝った。基本的に人に従うタイプでは無いエリカだが、達也には逆らい難い何かを感じているのだ。
「達也君って、性格が悪いって言われるでしょ」
「失礼だな、性格について言われた事は無い。人が悪いとは言われた事あるが」
「そっちの方が酷いよ!?」
「違った、悪い人だった」
「更に悪くなってる!?」
「悪魔だとも言われたな」
「もう良いよ!!」
「……エリカ、疲れてるようだが大丈夫か?」
「達也君、絶対に性格悪いって言われた事あるでしょ」
「あぁ」
「今のやり取りは無視なの!?」
今度はあっさりと肯定してきた達也に、エリカは全身の力が抜けたような錯覚を覚えたのだった。
達也がエリカとそんなやり取りをしてる頃、生徒会室では真由美がPCを弄りながら愚痴を言っていた。
「忙しくて嫌になるわね~」
「真由美、お前は何を見てるんだ」
「ん?」
真由美が見ていたのは各場所から送られてくる現状……では無くお弁当のおかずだった。
「だって今日は私だけ自動配膳機だったんだもん! 明日は私もお弁当にするの! そして達也君に……」
「何だって?」
「何でも無い!」
ついつい漏れてしまった本音に、真由美は慌てたが、幸いにして摩利には聞こえなかったようだった。そう、摩利には……
「深雪さん? 如何かしましたか?」
「いえ、何でもありませんよ」
「そうですか……」
小動物的な危険察知能力を持っているあずさは、深雪の機嫌が急激に悪くなってるのを感じ取って震えていた。深雪には真由美の発言が聞こえていたのだ。
「さて、それじゃあ私も見回りに行ってくるとするか。司波、お前の兄にも期待してるからな」
「はい! 必ずやお兄様はそのご期待に応えるだけの成果を挙げると思いますよ」
何となく機嫌が悪くなってるのを感じていた摩利は、達也の話題を振る事によって深雪の機嫌を取ったのだった。
「新入生の成績上位者は、毎年のように各部で取り合いになってますからね。渡辺委員長だけでは無く、司波君も忙しいでしょうね」
「市原先輩が心配するのは珍しいですね?」
基本的には他人に干渉しない鈴音が、達也の心配をしたのをあずさは意外に思っただけなのだが、意外な事にあずさの発言に鈴音と真由美が慌てた。
「べ、別に他意は無いですよ!? ただ入って早々に大変な目に遭わなければと思っただけです!」
「り、リンちゃん? ひょっとして貴女も達也君の事を!?」
「な、何を言うんですか会長! 有能な人材を心配するのは当然です!」
最早何を言いたいのか分からなくなっている上級生二人を、あずさは微笑ましいと思っていたのだが、もう一人この部屋に居る下級生の存在を思い出してゆっくりとその方向に目を向ける。
「ヒッ!」
目には見えないが、そこには確かに雪が吹き荒れていた。吹雪と言っても過言では無いだろうその光景を目にして、あずさは急に胃の痛みを感じた。
「と、兎に角司波君は大丈夫でしょうし、深雪さんも落ち着いてください!」
ただ一人この状況を傍観者として見れているあずさは、事体の収拾に取り掛かったのだが、全てが落ち着いたのは暫くして、達也から通信が入ってからだった……
あずさだけは達也に靡かないようにしてたら、可哀想な立ち位置に……