劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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追憶編、これにて終了です


帰還

 サンルームに移動しながら、今日は随分と三年前を思い出す出来事が多かった、と達也は思った。そして久しぶりに桜井穂波の事を思い出していた。後悔を伴う思い出だ。

 今ならばと、達也も考えないでもない。だが、後悔しか出来ないという事も分かってるし、納得している。それにもし彼女の犠牲が無ければ、達也は独立魔装大隊に加わって魔法技術に磨きを掛けようなどと考えなかったかもしれない。

 今回は誰も犠牲にせずに済んだ。自分の三年間は無駄ではなかったと、達也は自分を慰める事が出来た。そして三年前、自分の盾となって散った彼女に、胸の中で黙祷を捧げた。

 だから、余計に驚きが大きかったのだろう。お茶菓子を持ってきた少女の顔を見て、達也は危うく、声を上げそうになった。

 

「……如何なされましたか?」

 

「いや、何でも無い」

 

 

 達也の表情の変化に気づいたのか、その少女が達也に話しかける。その隣では深雪が達也以上に激しい驚きを見せている。

 それも無理はないだろう。給仕服を着た少女の顔は、桜井穂波に瓜二つだったのだ。

 少女が同僚と退出して程なく、真夜がサンルームに姿を見せた。葉山は同行していない。この席はプライベートだという事だろう。達也が席に着く事を許されているのも同じ理由だった。

 

「どうしたの、深雪さん? 何か、驚いてるようだけど」

 

 

 腰を下ろすなり、真夜は心配そうな表情で深雪に問い掛けた。達也と相対していた時とは別人の様な、何時もの四葉真夜の顔だ。

 

「いえ……叔母様、今の女の子は?」

 

「あぁ、水波ちゃん?」

 

 

 深雪の質問を聞いて、真夜はなるほど、とばかり頷いた。

 

「名前は桜井水波。桜シリーズの第二世代で、貴方たちのお母さんのガーディアンを務めていた桜井穂波さんの、遺伝子上の姪に当たる子よ」

 

 

 第二世代というのは、調整体魔法師の親から生まれた者の事だ。そして遺伝子上の姪、と表現したのは、穂波と同一の遺伝子情報を持つ第一世代の個体を母親としているという事だろう。顔立ちがそっくりなのも道理だった。

 

「彼女もなかなかの使い手よ。潜在的な能力は、七草の双子に匹敵すると思うわ。いずれ次期が来たら深雪さんのガーディアンに、と思って鍛えているところなの。大人になれば、女性の護衛がどうしても必要になるシチュエーションがありますから」

 

 

 真夜の建前に、深雪は一応納得したようだった。確かに女性である深雪の護衛が男性の達也だけでは、不都合が生じるシーンはある。

 先ほど、真夜が達也に告げた「スターズから匿う」という事が現実に行われた場合、彼女が当てられたのだろうと、達也は考えていた。

 

「ちなみに、水波ちゃんもたっくんの事が好きなようよ?」

 

「なっ!?」

 

 

 自分自身を無理矢理納得させていた深雪に対して、真夜が面白半分で爆弾を投下した。それを聞いた達也は、この叔母は何をしたいのだろうかと頭を押さえながら考えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行機発着のアナウンスを聞きながら、私は六日前の事を思い出していました。桜井さんがお兄様の援護に向かってくれた後はスクリーンの操作をしてくれる人がいなくなったので、そこから先は私もニュースで流れている映像しか見ていません。

 水平線に突如生まれた、太陽よりも眩い光。光の中に消え去った敵の船。押し寄せる波に洗われて地形が変わったビーチ。勝利の凱旋。それが世間と私たちが共有しているあの後の顛末です。

 世間と共有していない、私たちだけが知っている事実は、敵を滅ぼしたあの光がお兄様のお力によるものだという事。

 質量をエネルギーに変換し、その膨大なエネルギーで全てを焼き尽くす戦略級魔法「マテリアル・バースト」を操る戦略級魔法師。それこそがお兄様の真の力であり、真のお姿だという事。お兄様が敵を退けた英雄だという事。そして、私たちだけが知っている悲しい出来事。桜井さんはあの後、帰って来ませんでした。

 犠牲者の合同葬儀で荼毘に付された桜井さんは、本人の遺言に従い残らず海に捲かれました。母なる海へ桜井さんを帰してあげたのは、お兄様です。お兄様は決して辛そうなお顔をなさいませんでした。泣き崩れてしまった私を優しく慰めてくださいました。お兄様は哀しく無いのでしょうか。それとも、哀しむ事が出来ないのでしょうか。

 いいえ、そのどちらでも構わないのです。私は決めたのですから。

 灰になって行く桜井さんを見詰めながら、私は覚ったのです。私はあの時、一度死んでいるのです。お母様から頂いた命を失って、お兄様に新しい命を授かったのです。だから私の全てはお兄様のもの。

 

「深雪、そろそろ中に入るぞ」

 

「はい、お兄様」

 

 

 お兄様から声を掛けられて、私はラウンジのソファから立ち上がりました。お母様は私が「お兄様」と口にしても、もう表情を変えません。本当は苦々しく思っていらっしゃるのでしょうけど、私もこの事についてはお母様のご心情がもう気にならなくなりました。

 お兄様は相変わらず全員分の荷物を持って、お兄様お一人だけノーマルシートですけど、それも気にならなくなりました。

 

「(だってお兄様が、そうしたいと仰るから。お兄様のご意思は絶対なのですから。)」

 

 

 私は体調が万全ではないお母様の手を取って、お兄様の後をついていきます。今はまだ届かない声。届けられない言葉。

 でも私はもう決めました。

 

「(お兄様、深雪は何処へ行っても、何処までも、お兄様についていきます)」

 

 

 決心して飛行機に乗り込む際に、お母様がチラッとお兄様に視線を向けた――ような気がしました。

 

「お母様?」

 

「いえ、穂波さんの代役があの子だと思うと、少し不安に思っただけです」

 

 

 それが本心なのか、それとも照れ隠しなのかは私には分かりません。お母様もなんだかんだ言って、お兄様が敵を退けた英雄である事を誇らしく思っているのです。でも、それを表に出すと、桜井さんが亡くなってしまった事を悔やんでいるお兄様に影響がある、と思って「お兄様の前」では表情には出しません。

 ですが、お兄様がいない場面では、時々誇らしげな表情をなさっているのを、深雪は見てしまったのです。




今年も半分が過ぎたんですね……早いなぁ……

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