劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

293 / 2283
初めからこんな感じにしてみました……


スターズのトップツー

 スターズ専用機のクラスターファンVTOLで基地に帰投し、総合参謀本部に暗号通信で報告を済ませた後、アンジー・シリウスことアンジェリーナ・シリウス少佐は制服のまま自室のベッドにゴロリと寝転がった。そのまま寝がえりを打ち、うつ伏せに、顔を枕に押し付ける。

 処刑任務は何回経験してもなれない。最初のころの様に任務終了後に吐いてしまう事は無くなったものの、それは心の痛みに身体が慣れたからに過ぎない。心の痛みは、むしろ大きくなっていた。

 アメリカ人の魔法師、USNA軍統合参謀本部直属魔法師部隊スターズのメンバー、三重の意味で同胞である隊員を、この手で処刑する。

 それが総隊長、シリウスのコードを与えられた者の任務だと聞いた時は、実感が無かった。名誉に舞い上がって解って無かったのだ。同胞を殺す、という事の意味を。もう一度寝返りを打って、片腕で目を光から庇う。彼女はまだ、部屋の照明すら落としていなかった。

 不意に呼び鈴の音が聞こえた。シリウス少佐は口元に苦笑いを浮かべた。どうやら今夜もおせっかいな部下が様子を見に来たらしい。

 スターズは十二の部隊から成り、形式上各隊長を総隊長が統括している。彼女の部下は自分の部下の面倒をみなければならない隊長だ。彼女におせっかいを焼いている暇など無いはずなのに……

 

「どうぞ」

 

 

 ベッドから起き上がり、リモコンで鍵を開けてシリウス少佐はドアホンのマイクに向かい短く答えた。

 

「失礼しますよ、総隊長」

 

 

 入ってきたのは予想通りの人物。スターズのナンバー・ツーで、彼女が不在の際は総隊長を代行兼務する第一隊の隊長。ベンジャミン・カノープス少佐だった。

 スターズは地位と階級がリンクしていない、軍組織としては変則的な編成になっている。さすがに隊長の地位が総隊長の地位より高いという事は今まで無かったが、総隊長と隊長の階級が同じというのは珍しくない。現在も十二の隊長の内、六人が大尉で残りの六人が総隊長と同階級の少佐だ。

 もっともシリウス少佐はその事に不満を抱くどころか、自分よりずっと年長のカノープスと同じ階級である事を、逆に気に病んでいた。

 

「差し入れです」

 

 

 ベンジャミン・カノープス少佐は如何にも高級士官という外見の、叩き上げの兵士とも民間のビジネスマンとも異なる、愚見でありながらスマートな雰囲気を身にまとう四十前後の男性だ。

 

「ベン、ありがとうございます」

 

 

 サイドテーブルに置かれた湯気を上げるハニー・ミルク。自分の父親のような年齢の部下が示す気遣いを、シリウス少佐は素直に受け取った。

 作戦行動中に使用する軍の備品のタンブラーではなく、魔法瓶から市販のお洒落なマグカップに注がれた蜂蜜入りのホットミルクに、そっと口をつける。暖かさと甘味が、心の痛みを癒してくれるような気がした。

 

「どういたしまして。ところで総隊長、もう準備は終わってるんですか?」

 

「ええ、大体は」

 

「さすがに手際が良いですね」

 

「これでも女の子ですから」

 

 

 自分の娘の様な年頃の上司の答えに、実際彼女より二歳年下の娘を持つカノープス少佐は肩を竦めた。

 

「女の子だからというのはあまり関係ないような気がしますが……日本人の血ですかね?」

 

「日本人だから几帳面というのは昔の話だと思いますよ」

 

 

 自分に流れる四分の一の血を言われ、今度はシリウス少佐が肩を竦める番だった。別に嫌がってるわけではないし、人種を気にするような人間は、少なくともこのスターズではやって行けない。

 

「それはまぁ、兎も角として……暫く因果な任務の事は忘れて、のんびり羽を伸ばして下さい」

 

「休暇じゃなくて特別任務なんですけど……」

 

 

 カノープス少佐の唆しに、シリウス少佐は唇を尖らせた。その表情は、年相応な少女のものだった。

 

「むしろ憂鬱です。容疑者が戦略級魔法師かどうか探り出せなんて。二人の容疑者のどちらかが、ということならまだしも、二人とも該当者ではない可能性も低くないんでしょう? 何故私が不慣れな潜入捜査など……年齢の制約があるにせよ、それでも専門の訓練を受けた者がたくさんいるでしょうに」

 

 

 愚痴るシリウス少佐に対して、カノープス少佐は両手を二度前後して宥めるようにした。

 

「まぁまぁ。それだけ一筋縄じゃいかない相手だと参謀本部は考えているんでしょう。ターゲットがこちらの推測した通りの存在なら、戦略核を凌駕する危険な魔法の使い手。しかも我々の調査に正体を掴ませなかった相手。参謀本部が人選に当たり諜報員としての訓練よりも戦闘力を優先したのも理解出来ない事ではありません」

 

「それは分かっていますけど」

 

「容疑者が高校生だから、同じ高校生として接触するというプランは少々安直なものだと思いますが、調査に当たるのは総隊長だけではありませんから」

 

 

 当然の事だが、シリウス少佐が容疑者と接触する裏側で多くの専門家が側面調査やバックアップに当たる。スターズからも惑星級の魔法師が少佐の傍らで直接の補佐につく予定になっている。それを彼女が知らないはずもなかった。

 

「それも分かっていますけど」

 

「ではこう考えましょう。少佐はあくまでも交換留学で日本に行く。その留学先にたまたま容疑者がいて、たまたま仲良くなりそうな雰囲気になった、と」

 

「……下手に力んでボロを出すくらいなら、初めから警戒せずに接しろと?」

 

「その方が相手も油断するでしょうし。聞けば一人は男子だそうじゃないですか。総隊長も年頃の女の子なのですから、思いっきり青春を満喫しては如何でしょう?」

 

 

 カノープス少佐の提案は、あくまでも力み過ぎないようにする事への注意と、気楽に行きなさいというアドバイスだった。だが、シリウス少佐は彼の言葉に過剰に反応したのだった。

 

「べ、別に容疑者の一人の男子が、か……かっこいいなんて思ってませんからね! 私はあくまでも任務で行くのであって、青春じみた事をしに行く訳ではないんですから!」

 

「分かってますよ。少佐、少し早いですが、いってらっしゃいませ」

 

 

 年上の余裕か、年の近い娘を持つ父親だからなのか、カノープス少佐はシリウス少佐の慌てっぷりも冷静に受け止め、落ち着いた笑みを見せるのだった。




表では原作通りに、しかし裏では……て感じで如何でしょう?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。