劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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七月に使うタイトルとは思えん……


新年

 西暦二〇九六年の元旦を、達也と深雪は何時も通り二人で迎えた。父親は今年も元愛人宅、セカンドハウスで新年を迎えている。

 達也も深雪も、正月だからといって自堕落な生活には縁が無い。

 

「お待たせしました」

 

 

 登校時間とさほど変わらぬ時刻、玄関で待っていた達也は深雪の声に目を上げた。

 

「うん、とても綺麗だ」

 

「もう、お兄様ったら……からかわないでください」

 

 

 履物に足を置いた妹を視界の正面に据えて、達也が臆面もなく称賛する。すると深雪の頬がたちまち朱に染まった。恥じらいながらも視線を外さず、上目遣いに抗議する様は、免疫の無い男なら悶え死にそうな破壊力があった。

 

「からかったりなどしてないんだが……じゃあ行こうか」

 

 

 伊達に深雪の兄を十六年も務めてきていないというべきか、達也は深雪の抗議をあっさりと受け止めた。深雪も心得ているのか、特にそれ以上抗議する事は無く、差し出された達也の手を取り玄関から外へと出る。門の前には無人運転のコミューターが停まっていた。

 だが無人運転であっても無人ではない。四人乗りのコミューターの後部座席には、一人の成人男性と一人の成人女性が座っていた。

 

「明けましておめでとうございます、師匠」

 

「明けましておめでとうございます、九重先生。本年もよろしくお願い致します」

 

 

 手短に挨拶した達也と丁寧に腰を折った深雪に、八雲はシートに座ったまま嬉しそうな笑顔で応えた。

 

「いやぁ、今日はまた一段と艶やかだねぇ。吉祥天もかくやの麗しさだ。今日の深雪くんを目にしたならば、須弥山の天女も羞恥に身を隠してしまうかもしれないね」

 

「先生……もっと他に言うべき事がお有りなのでは?」

 

 

 暴走気味の八雲にツッコミを入れたのは、となりに座る女性からだった。

 

「小野先生、明けましておめでとうございます。しかしよろしいのですか。師匠と一緒のところを見られて?」

 

「おめでとう、司波君。新年早々、嫌な事を訊くのね。先生と会ったのは偶然よ。今日、私は貴方たちの引率に来たの」

 

「なるほど、そういう設定ですか。高校生に引率というのは、些か苦しいと思いますが……しかしそれなら『先生』という敬称はまずいのでは?」

 

「それは追々考えるとして、そろそろ参りませんか?」

 

 

 遥が考え込みそうになったのを気配で感じ取ったのか、深雪がそう提案した。達也もそのつもりだったのか、深雪が提案するのと同時に乗車する深雪に手を貸し、反対側の席に腰を下ろした。

 達也がドアをロックしたのと同時にコミューターは駅へと向かって発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々と注目を集めた四人は、待ち合わせ場所まで進んだが、ここでもかなりの注目を集めていた。

 

「わっ、深雪さん、キレイですねぇ!」

 

「明けましておめでとうございます、達也さん。良くお似合いです。少し意外ですけど」

 

「明けましておめでとう。ほのかも良く似合ってるよ」

 

 

 自分の格好を褒められて、ほのかの頬は見るみるうちに朱に染まっていく、褒めたのが達也だったからなのは言うまでもないが。

 

「でも意外、って事は、やはり少し違和感があるのだろうか?」

 

「そんなこたぁないんじゃねぇの? 達也、良く似合ってるぜ。何処の若頭だって貫禄だ」

 

「俺はヤクザか」

 

「別にヤクザには見えないけど、羽織袴がそこまで様になる高校生は珍しいって事だけは確かだと思うわ」

 

「ヤクザ者というよりは、与力か同心のイメージだね」

 

 

 一歩遅れてついてきた遥と八雲が言うように、今日の達也の格好は羽織袴に雪駄の純和風だった。

 

「あれっ、遥ちゃん、明けましてオメデトーございます」

 

「明けましておめでとうございます、小野先生。……達也さん、こちらの方は?」

 

「九重寺住職、八雲和尚。俺たちにはもしかしたら、忍術使い・九重八雲師匠の方が通りが良いかな? 俺の体術の先生だ」

 

「なるほど、だから日枝神社にしようって話になったんだな」

 

「だからって?」

 

 

 一人納得したレオに、遥が全く理解できていない表情でレオに問う。それはつまり、およそ一般的な知識では無かったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオが事情を説明しているのと同時刻、潜入調査の為に日本に来ていたアンジー・シリウス少佐は同じく日枝神社に来ていた。信頼できる情報筋から、容疑者の二人がこの時間にこの場所を訪れるという情報を手にし、参拝客を装って二人を監視する為だ。

 

「(それにしても、凄い人ですね……これが日本の『お正月』というものなのかしら)」

 

 

 二人を監視する為には、なるべく周りから怪しまれないようにしなければならない。そう思いアンジー・シリウス少佐は過去百年のファッション雑誌を読み漁り、平均的な格好を取ったつもりだったのだ。

 だが彼女の格好は、明らかに周りから浮いているのだ。日常的な空間であってもそうだろうが、今日という日だと余計目立っていた。

 

「(何かしら……周りからかなりみられるんだけど……外国人がよほど珍しいのかしら?)」

 

 

 雫の留学が異常事態だといわれるくらいだ。彼女のような年ごろの異国人が神社にいたら目立つだろう。そう結論付けたアンジー・シリウス少佐は、周りからの視線を気にするのを止め、二人を監視する事に集中する事にしたのだが……

 

「(シバ・タツヤ……)」

 

 

 監視対象だといわれ手渡された写真を見てからというもの、アンジー・シリウス少佐は達也の事が気になって仕方ないのだ。

 いくらアメリカ軍スターズの総隊長とはいえ年頃の女の子、気になる異性が出来ても不思議ではないのだが、まさか自分が監視対象、もしかしたら戦略級魔法師かもしれない相手に意識を取られるとは彼女も思ってもみなかった事なのだ。

 

「(……あれ? シバ・タツヤがこっちを見ている?)」

 

 

 これだけ目立つ格好をしていれば達也にも気づかれるだろう。ましてや達也は自分に向けられている視線には敏感に反応する。まぁ、恋慕の情が篭った視線には気づかないのだが……

 

「(ここで気づかれるのは拙いですね。一旦引きましょう)」

 

 

 完全に気づかれた訳ではないだろうが、アンジー・シリウス少佐は一時撤退を決めた。羽織袴姿の達也を名残惜しげに見詰め、人ごみに紛れながらシリウス少佐は日本における拠点に一時帰投したのだった。




本当は響子さんを出したかったんですけど、接触禁止中ですし……残念です。
そしてリーナ、達也意識しすぎ……

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