劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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一応ファーストコンタクトです


対面

 その関わりは思っていたよりも早く出来た。いや、予想していた可能性の中で、一番早いものが容赦なく実現したと言うべきか。

 お昼ご飯の待ち合わせをしていた学食。やってきたのは深雪とほのかともう一人、金髪碧眼の少女。その少女を見て、驚くまでは行かなかったものの達也は「おやっ?」と思った。

 髪の色や瞳の色は聞いていたし、美少女だという話も散々聞かされた。そもそも美少女というだけなら達也には深雪で耐性がある。

 彼が意外感を覚えた理由はそんな事ではなく、彼女が日枝神社で出会った――というか見かけたあの少女だったからだ。

 

「ご同席させてもらって良いかしら」

 

「もちろん、どうぞ」

 

 

 少女の口から流れ出たのは流暢な日本語。ややアクセントを強調する話し方は仕方ないとして、さすがに日本に留学してくる――あるいは、留学生を装って潜入するだけの事はある。彼女の目は達也に向いていたが、達也は特に身構える必要性も感じず、ざっくばらんに応えた。

 

「リーナ、まずお皿を取って来ましょう」

 

「お皿……ああ、食べる物、という意味ね。分かったわ」

 

 

 既に達也たちは自分の分を取ってきている。深雪に促されて三人は配膳のカウンターへ向かった。その行く先に起こるざわめきは、何時もより尚、大きい気がする。

 

「あの二人が並ぶと迫力あるよね~」

 

 

 同じように美少女であっても見る者を圧倒するというタイプではないエリカが、その光景に感嘆を漏らした。

 

「随分打ち解けているんですね……」

 

「なあ、達也……彼女、どっかで見たような気がするんだけど」

 

「うわっ、古い手」

 

 

 レオの漏らした呟きに、すかさずエリカの茶々が入ったが、レオが少女の美貌にそれほど気を惹かれていないと言う事は分かった上での茶々だったのか、単に言ってみただけなのは明らかだった。

 

「……そう言えばそうですね」

 

「あれっ? 柴田さんも? 芸能人とかモデルさんって事は……無いよね?」

 

 

 美月が相槌を打つのを見て、幹比古がありがちな推測を口にする。無論、事実は別にある事を達也は知っていた。むしろあんなに目立つ格好をしていた彼女をはっきり覚えていない方が意外だった。

 この場で友人たちの疑問を解消してやるべきかどうか達也が考えている内に、本人が深雪たちと共に戻ってきた。

 大勢の目が集まっているのを達也は感じた。さり気なさを装いながら強い関心を隠し切れていない視線があちらこちらから注がれている。深雪が注目されるのは何時もの事だが、窺い見る眼差しは何時もより明らかに多い。

 

「お待たせしました、お兄様」

 

 

 それをまるで気にした素振りも無く、ごく自然に達也の隣へ腰を下ろす深雪。

 

「達也さん、ご紹介しますね」

 

 

 これまた当然のような顔で達也の正面にトレイを置いたほのかが、隣に座った少女の方を向いてそう言った。

 

「アンジェリーナ=クドウ=シールズさん。もうお聞きの事とは思いますけど、今日からA組のクラスメイトになった留学生の方です」

 

 

 ほのかの紹介を聞いて、達也――ではなく他の三人が困惑の表情を浮かべた。

 

「ホノカ、こちらの方だけではなく、他の皆さんにも紹介してほしいのだけど?」

 

「え、あっ、ご、ごめんなさい!」

 

「……まぁ、ほのかだしね」

 

「ほのかさんですしね」

 

「じゃあ改めて。アメリカから来たアンジェリーナ=クドウ=シールズさんよ」

 

 

 慌てふためくほのかに変わって、深雪が二度目になる紹介をすると、留学生は金髪を軽やかに揺らして椅子に座ったまま一礼した。

 

「リーナと呼んでくださいね」

 

「E組の司波達也です。深雪と区別がつかないでしょうから『達也』で良いですよ」

 

「ありがとう。ワタシの事も『リーナ』でお願いします。それから、敬語は無しにしてくれると嬉しいのですけど」

 

「分かった。そうさせてもらうよ、リーナ」

 

「よろしくね、タツヤ」

 

 

 そういう習慣なのか、リーナがテーブル越しに手を伸ばしてきたので、達也はその手を押し戴くように、下からそっと握った。ただの握手ではなく貴婦人に接吻の礼を取るような仕草が予想外だったのだろう。スカイブルーの瞳に動揺を浮かべていた。

 

「タツヤってもしかして、ミユキのお兄さん?」

 

 

 ポーカーフェイスは得意ではないらしい、と思いつつ、達也は失笑にならないように気を付けた笑顔で頷いた。

 

「アタシは千葉エリカ。エリカで良いわよ、リーナ」

 

「私は柴田美月です。美月と呼んでください」

 

「俺は西城レオンハルト。レオ、で良いぜ。がさつ者なモンで、こういう口の利き方だけど、気にしないでくれ」

 

「吉田幹比古です。僕の事も『幹比古』で良いよ」

 

「エリカ、ミズキ、レオ、ミキヒコね。よろしく」

 

 

 リーナは一度で全員の名前を覚えたが、「幹比古」の発音が「ミキ・ヒコ」に聞こえたのは、純和風の名前がアメリカ人の彼女にはやはり難しかっただからだろう。

 

「言いにくいでしょ? ミキヒコじゃなくても、ミキで良いんじゃない?」

 

 

 これを本人が言ったのなら大した気配りだが、他人が、特にエリカが口にすると、親切心ばかりとは思われない。少なくとも幹比古本人はそう感じたようで、エリカのセリフに反論しようとした。

 

「あら、そう? じゃあお言葉に甘えて、ミキ、で良いかしら?」

 

 

 だが一足先に「良かった」と言わんばかりの笑顔でそう言われ、幹比古はその愛称を受け入れる事を余儀なくされた。

 

「ところでリーナって、もしかして九島閣下のご血縁かい?」

 

 

 老師、という呼び名は日本の魔法師の間でのみ通用する言い方だ。また、達也は個人的にこの単語が好きではなかった。なので公的に通用する「閣下」、退役将官であることに由来する敬称でリーナに訊ねた。

 

「確か、閣下の弟さんが渡米されて、そのまま家庭を築かれたと記憶しているんだが」

 

「あら、良く知ってるわね、タツヤ。随分昔の事なのに」

 

 

 どうやら達也の推測は当たりのようだった。そしてアメリカ人の魔法師にとって、九島列の弟がアメリカの地に骨を埋めたのは「随分昔の事」で済まされるらしい。

 

「ワタシの母方の祖父が九島将軍の弟よ。そういう縁もあって、今回の交換留学の話がワタシのところに来たみたい」

 

「じゃあリーナも自分から希望したわけじゃないんだ?」

 

 

 何気なく差し挿まれたエリカの疑問、それにリーナが動揺と緊張を示したのも、多分達也の錯覚では無かった。




本当の意味でのファーストコンタクトは、日枝神社ですけどね……

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