劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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容姿、ではありませんよ


美少女対決

 夜の闇を這いずり回るのは、何も後ろ暗いところのある者たちばかりではない。そうしたアウトローに市民生活が脅かされずに済んでいるのは――少なくとも破壊されずに済んでいるのは、混沌と戦う秩序の使者が同じ闇の中を駆けずり回っているからだ。

 もっとも、秩序の使者の全員が勤勉であるとは限らない。

 

「よくもまあ、次から次へと厄介事が……厄年は去年で終わったんじゃなかったのか? 大体何が起こってるんだ? これならまだ密入国とか外国の侵略とかの方が分かり易いぞ」

 

「……それを調べるのが我々の仕事でしょうが。事件が起こってくれるお陰で我々は失業せずに済んどるんですから、つべこべ文句言わない!」

 

 

 未練がましく「本当は事件なんて起こらないほうが……」と愚痴っている上司に本格的な諫言、というよりも小言をくれてやろうと息を吸い込んだ丁度その時、耳に引っかけていたレシーバーから声が聞こえてきた。

 

「はい、こちら稲垣。……了解しました。すぐに現場に向かいます」

 

 

 通信機のスイッチを切って、何が起こったかさっしているだろうにまだだらけたままの上司へ、稲垣はキツイ視線を向けた。

 

「警部、五人目です。死因は過去のガイシャと同じく衰弱死。外傷が無いのも同じです」

 

「そして血が無くなっているのも同じなんだろ。……まったく、一ヶ月で五人の変死体か。マスコミを抑えるのもそろそろ限界だぞ」

 

 

 被害者の事も加害者の事も口にせず、千葉寿和警部は億劫そうにため息を吐いた。面倒くさそうなその顔の中で、両の瞳だけが鋭い狩人の眼光を宿していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェリーナ・シールズは、第一高校にセンセーショナルなデビューを飾った。まずその容姿で、留学初日から全校生徒で知らない者はいないという存在になった。

 それまで、学校一の美少女の座は深雪のものだった。これは上級生、女子生徒を含めて衆目の一致だった。だがリーナの編入により「女王」は「双璧」となった。

 その美しさだけでも話題になるには十分だったが――。

 

「ミユキ、行くわよ」

 

「何時でもどうぞ。カウントはリーナに任せるわ」

 

 

 向かい合う二人の距離は三メートル。その真ん中で、直径三十センチの金属球が細いポールの上に載っている。実習室には同じ器具がずらりと並んでいるのだが、クラスメイトの全員が手を止めて深雪とリーナの二人を見ていた。

 いや、クラスメイトだけではない。中二階の回廊状見物席には、自由登校になった三年生がずらりと並んでいる。その中に真由美と摩利の姿もあった。

 

「……司波に匹敵する魔法力、本当だと思うか?」

 

「ある意味、アメリカを代表して日本に来たわけだから、あり得ない事じゃないと思うけど。でも、にわかには信じ難いわね。同じ年代で深雪さんと拮抗する魔法技能なんて」

 

「同感だな。百聞は一見に如かずと言うが、この目で見なければ信じられん」

 

「だからこうして確かめに来てるんだけどね」

 

 

 この実習が始まってから、深雪はこれまでに同級生をまるで寄せ付けなかった。その話しを聞きつけた新旧生徒会役員(プラス風紀委員長)が交互に深雪の相手を買って出たが、誰一人敵わなかった、というのは今や一高の公然の秘密となっている。

 

「これは……凄いな」

 

 

 目の前で繰り広げられた一瞬の攻防に、摩利はそう言葉をこぼした。

 

「あーっ、また負けた!」

 

「これで二つ勝ち越しよ、リーナ」

 

 

 深雪の言葉から分かるように、二人の対決は深雪の圧勝、と言う訳ではない。この後時間内に同じ実習が四回繰り返されてスコアは二対二、今日の実習は深雪が二勝リードのまま終了したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼時、何時もの学生食堂。今日はリーナが同席しているが、これは毎日と言う訳ではない。編入から一週間、彼女にはあちらこちらからお誘いがあり、その都度違う相手と食事をしていた。

 広く交流を深める、留学生としては模範的な態度だと言えるだろう。達也たちと一緒にお昼を食べるのは、実に初日以来の事だ。

 

「大人気ね、リーナ」

 

「ありがとう。皆さん良くしてくれて嬉しいわ」

 

「でもリーナって予想以上に凄かったんだね。そりゃあ選ばれて留学してくるくらいだから相当な実力者とは思っていたけど、まさか深雪さんと互角に競う程とは思わなかった」

 

「驚いてるのはむしろワタシの方よ。これでもワタシ、ステイツのハイスクールレベルでは負け知らずだったんだけど。ミユキにはどうしても勝ち越せないし、ホノカにも総合力なら負けないけど精密制御じゃ負けてるし、さすがは魔法技術大国・日本よね」

 

「リーナ、実習は実習で、試合じゃないわ。あんまり勝ち負けなんて考えない方が良いと思うのだけど」

 

「競い合う事は大切よ。例え実習でもせっかくゲーム性の高いカリキュラムなんだから、勝ち負けにはこだわった方が上達すると思うわ」

 

 

 やんわりと窘める深雪に、衝突を恐れずリーナは正面から反論した。これが彼女の流儀なのだろう。こういうところも少し新鮮に感じる部分だった。だから達也も遠慮なく意見してみる事にした。

 

「やってる最中は闘争心を持つのも大事だろう。でも、終わった後まで引き摺る必要は無いんじゃないか? 実習はあくまで練習で、評価に結びつく実技試験とは違うんだから」

 

「……そうね、タツヤの言うとおりかもしれない。ワタシ、少し熱くなり過ぎていたかも」

 

「熱くなるのは悪い事じゃないさ。深雪も新たなライバル登場でモチベーションを上げているからな。その点、リーナには感謝している」

 

「出たよ、達也君のシスコン発言」

 

「あ、ああなるほど……タツヤとミユキって仲が良いのね」

 

 

 エリカのわざとらしい発言に、リーナも乗る事にした。そして達也はこの展開は拙い様な気がしたので、話題転換を試みたのだった。

 

「そう言えばリーナ、大した事じゃないんだが……」

 

「何かしら」

 

「アンジェリーナの愛称は普通『アンジー』だったと思うんだが、俺の記憶違いかな?」

 

 

 達也の質問に、リーナは間違いなく狼狽した。それを達也以外に気づかせないのはさすがだったのだが、一瞬でも達也の前で狼狽した時点で、この戦いはリーナの負けだった。

 

「いえ、記憶違いじゃないわよ。でもリーナって略すのも珍しいって程じゃないの。エレメンタリー、っと、小学校の同じクラスにアンジェラって子がいて、その子がアンジーって呼ばれてたものだから」

 

「なるほど、それでリーナは『アンジー』じゃなくって『リーナ』って呼ばれるようになったのか」

 

 

 納得、という風に達也は頷く。リーナの動揺に気づいた事は欠片も匂わせずに。




この二人の間に入るのは大変そうだ……

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