劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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深雪の次は達也……


リーナVS達也

 達也の放課後のバリエーションは豊かである。基本パターンは二種類、図書館に篭るか風紀委員として校内を巡回しているかなのだが、後者のパターンにおいては本当に色々な事が起こる。

 九校戦で術式解体が使える事を自ら暴露してしまった達也は、二学期以降授業外では主に無系統魔法を使用している為、風紀委員の特権であるCADの携帯の権利を使っていない。巡回の時にCADを身につけるのは、示威的な意味合いが強いのだ。

 今日も何時も通り授業時間の終了後、風紀委員会本部に足を運んだ達也は、厄介事の匂いを嗅ぎつけて、早くも逃げ帰りたくなったが、極めて冷静を装い普段通りに声をかけた。

 

「おはようございます」

 

「あっ、司波君! 良いところに」

 

 

 達也の予感は的中したようで、声をかけた途端に花音に捕まった。明らかに面倒事を押し付けようとしている時の声だった。

 

「何でしょうか?」

 

「こちらのシールズさんの事はもちろん知ってるわよね?」

 

 

 質問形式の断定。達也に頷く以外の選択肢は無い。

 

「シールズさんから風紀委員の活動を見学したいって言われているの。日本の魔法科高校の生徒自治を見てみたいんですって。司波君、今日当番でしょ? 彼女を連れていってもらえない?」

 

「分かりました」

 

 

 リーナを取り囲んでいる上級生たちから、羨望と嫉妬の視線を向けられても、達也は動揺せずリーナの同行を認めた。達也には諦めて受け容れる以外の選択肢が無かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナと二人きりの巡回でも、タツヤに気まずそうな雰囲気は微塵も感じられない。だが少しリーナを気にしている雰囲気はあった。

 別にリーナが美少女だからではない。先ほどからリーナがチラチラと達也を窺い見る視線に気づいているからだ。本人は隠せてるつもりでも、達也から見れば全く誤魔化せていないのだ。

 達也は何とかしてこの視線をどうにか出来ないか考えて、質問でもしようとしたが、自分の考えている質問が意地の悪い、また別の気まずさを生むだけだと考えて口を噤んだ。

 達也が自重している間、周りからは突き刺さる視線が多かった。だが幸いな事に、留学生に恥ずかしいところは見せられないと周りも自重したのか、実力行使に及ぶ生徒はいなかった。

 そのままリーナを連れて主に実習室、実験室を回る。解説を交えての巡回は、改めて校内施設の案内をしているみたいな格好になった。

 

「疲れたのか? 戻ろうか?」

 

 

 裏庭に降りる昇降口でリーナが足を止めた。達也もリーナが疲れたから足を止めたなどとは思って無いが、会話のきっかけを欲したのだ。

 

「いいえ、大丈夫よ」

 

「なに?」

 

 

 何か言いにくそうに言葉を切ったので、達也がリーナの言葉を促す。それで決心したのか、リーナは逡巡を押し切った。

 

「タツヤは補欠(alternate)――二科生なのよね?」

 

「そうだけど?」

 

「A組のみんなと制服が違うから何故かなって思ってたら、ミユキが不機嫌そうな声で教えてくれたわ。でもさっきカノンに聞いたら、タツヤは一高でもトップクラスの実力者だって」

 

 

 達也には「花音」の発音が「キャノン」に聞こえたが、大砲(cannon)ではなく典礼聖歌(canon)の方だと勝手に解釈した。そんな余計な事を考えていたので、リーナが何を言いたいのか理解するのが遅れた。

 

「タツヤ、何故劣等生のフリなんてしてるの? 劣等生のフリをしていて、何故簡単に実力を見せちゃうの? タツヤのやってる事って凄くチグハグで。どうしてそんな事するのか分からないわ」

 

「千代田先輩にどう聞いたのかは知らないけど、フリなんてしてないよ。俺は本当に劣等生なんだ。実技試験で評価されるのは速度、規模、強度の三つ。国際基準に合わせた項目を使っている。でも、実戦の勝敗はこの三つの優劣だけで決まるわけじゃない。そもそも実戦では肉体の能力も勝敗を分ける重要な要素だからね。実技試験では劣等生だけど、喧嘩は強いってだけだ」

 

「……試験の実力と実戦の実力は別物だ、って考えにはワタシも賛成よ。ワタシも、学校の秀才じゃなくって実戦で役に立つ魔法師になりたいとおもってるの」

 

 

 リーナからキナ臭いオーラがユラリと立ち上る。

 

「穏やかじゃないな」

 

「分かるのね。凄いわ」

 

 

 それを見て、達也の瞳から熱が消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也の実力を計ろうと仕掛けたが、あっさりと達也に迎撃されてしまったリーナは、とりあえずの降参を申し出た。

 

「でも達也、この格好は色々とマズクないかしら?」

 

 

 リーナの手を左側に捻り上げた様子は、まるで強引にキスを迫ってるように見えなくも無い。達也は言われてから手を離したが、そこに羞恥の欠片も無かった。

 

「ご無礼をお許しください、タツヤさま」

 

「……いや、もういい。それから普通に喋ってくれ。そんな風に上品に振る舞われるとリーナじゃないみたいだ」

 

「ワタシの何処が上品じゃないと言うのよ!」

 

「……キャラじゃないだろ」

 

「そんな事無いわよ! これでも大統領のお茶会に招かれた事だってあるんだから!」

 

 

 自分のハイソ具合を主張しようとして墓穴を掘った。達也はそんなリーナを冷気が漂う笑みを浮かべながら見ていた。

 

「大統領の、ね……」

 

「はめたのね……?」

 

「人聞きが悪いな。今の話の流れは全くの偶然だ。どちらかと言えば、リーナの自爆だろ? 先に仕掛けてきたのはリーナなんだから」

 

 

 ぐうの音も出ない、とはこのことだった。

 

「それで、何であんな事をしたのか、事情を説明してはもらえないのか?」

 

「……タツヤの腕を知りたかっただけよ」

 

「俺の腕を? 何のために?」

 

「別に……単なる好奇心よ」

 

「好奇心ね……では、そう言う事にしておこうか」

 

「……あえて言うなら、ステイツに来ないかなって思ったの」

 

「俺が、アメリカに?」

 

 

 リーナはこの後、日本で評価されないのならアメリカに来て、特殊な評価をしている場所で達也は輝けると力説したが、その「特殊な評価をしている場所」を問われ口ごもった。もちろん、達也もリーナが何で力説しているのか分からないほど鈍感ではない。

 彼女は――リーナは達也と戦う事をなるべくなら避けたいと思ってるのだ。

 

「まっ、それならそれで良いが」

 

「……訊かないの?」

 

「なにを?」

 

「ワタシの正体……」

 

「別に。リーナは俺の実力を見たかった。それは好奇心から来たもの、なんだろ?」

 

「……嫌な人」

 

 

 口では悪態を吐きながらも、リーナの顔は何処か嬉しそうだった。




達也じゃなくリーナが動揺してしまった……

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