劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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彼女たちが何処で画像を見つけたんだ、ってツッコミは無しでお願いします


星々と星屑

 レオは今日も夜の渋谷を歩いていた。ただし、何時ものように「宛てもなく」ではない。怪しげな連中の噂を知り合いに聞いて回って、目撃情報を追いかけて実際に足を運んでいるのだ。

 

「(何で俺はこんな刑事の真似事なんてしてるんだ?)」

 

 

 理不尽な犯罪は他にも起きている。正義感からではない。では縄張り意識か? だが渋谷は彼のホームグランドと言う訳でもない。犯人の正体にさほど興味があるわけでもないので、好奇心と言う訳でもないのだ。

 

「(何となく放っておけないんだろうな)」

 

 

 自分の心情を顧みて、そう結論付けた。

 夜を歩く。闇の中を突き進む。さっきから断続的に、虫の羽音のようなざわめきが聞こえていた。耳に、ではなくその音はレオの意識の奥底近くを過っていた。

 意味は分からない。レオには単なるノイズとしてしか認識出来ない。

 

「(会話か?)」

 

 

 レオは何かを直感していたのだ。意識の奥底、魔法を使う領域の近くで交わされる声。その発信源へ吸い寄せられるように近づいていく。

 

「(危ねぇ真似はしないって約束だけどな)」

 

 

 先日、寿和と交わした約束を思い出し、レオは誰に言い訳するでもなく心の中で呟き苦笑いを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スターズはUSNA軍の中核的魔法戦力である――とは言っても、軍に所属するアメリカの魔法師全てがスターズに配属されている訳ではない。現にUSNAの国家公認戦略級魔法師三人の内、スターズに所属しているのはアンジー・シリウスのみで、残る二人はアラスカ基地と国外のジブラルタル基地に配属されている。

 そして今、夜の渋谷を速足で進む二人も、逃亡者処分に派遣されたUSNA軍のハンターだ。所属は「スターダスト」。スターズと同じくUSNA軍統合参謀本部直属の魔法師部隊、星々(スターズ)になれなかった星屑(スターダスト)たち。

 今夜彼女たちは脱走兵の一人、スターズ衛星(サテライト)級ソルジャー、デーモス・セカンドことチャールズ・サリバンの想子波を補足し徒歩距離内まで追いつめていたのだ。

 

「ヤツはこの先の空き地だ」

 

 

 足を止めたハンターの言葉に相棒が頷き、コートの中から情報端末を取り出した。

 

「……地図を出してよ」

 

「間違えたのよ」

 

 

 相棒の端末を覗き込み、そこに映し出されていた画像を見て呆れるハンター。でも、彼女もツッコミを入れるまでに間があったので、まんざらでもないのだろう。

 

「反応は一人。挟撃しよう。私が右に行く」

 

「分かった。……移動を始めたぞ、急げ。ただし、仕掛けるのは同時だ」

 

「了解だ」

 

 

 二人のハンターは左右に分かれ、チャールズ・サリバンを挟撃しようと動きだした。

 そのターゲットであるサリバンは、目深にかぶった帽子とマフラーで顔を隠し、その間には翼を広げた黒い蝙蝠の描かれた灰色の覆面をしていた。そしてその覆面に隠れた口元には、微かな嘲笑を刻んでいた。

 

「(軍の追手か。私相手にスターダストが二人だけとは、甘く見られたものだ)」

 

「(以前の貴方しか知らないからでしょう)」

 

 

 姿を消した同胞から届く思念波に、チャールズ・サリバンであったものは嘲笑に替えて苦笑いを浮かべた。現在の自分になってから同胞に隠し事は出来なくなった。プライバシーなどまるでない。

 だが今のチャールズ・サリバンはそれが不快ではなかった。

 

「(なるほど。衛星級だった私しか知らないのであれば、彼女たちの打つ手も予想がつく。援護は不要だ)」

 

「(念の為準備だけはしておきます)」

 

 

 サリバンの飛ばした思念に、蜂の巣から聞こえてくるような羽音のようなざわめきが帰った。形になった答えはすぐ近くに潜む同胞のもの。

 遭遇はその直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前線でスターダスト二人がターゲットと戦闘を開始したのを、リーナは少し離れた位置で確認していた。

 

「(フォーマルハウトに続きサリバンまで……やはりあのニューロン構造が原因なのかしら……)」

 

 

 大使館で聞かされた話しを達也に聞かせ、彼の考えを聞いたリーナは達也の考えを自分のものとして考えるようにしていた。

 

「(サリバンも操られている……でも誰が? 何が目的で?)」

 

 

 脱走兵と相対している二人が負けるとはリーナは思って無い。スターダストとはいえ衛星級一人相手に後れをとるようなら、最初からこの任務には就いていないからだ。

 

「(捕えたらまた大脳周辺を調べてもらわなければ。もしフォーマルハウト中尉と同じニューロン構造が形成されていれば、これはもう達也の考えが正解だと断言が出来る)」

 

 

 頭では分かっているのだが、リーナの気持ちとしてはそうであってほしいと願っているのだ。

 脱走兵の処分がアンジー・シリウスの仕事とはいえ、同胞を殺害するのは十六歳の少女には重すぎる罪なのだ。

 

「(何時からこんなに弱くなったのかしら、ワタシ……フォーマルハウトを手にかけてから? ううん、本当はもっと前から嫌だったんだろうな……)」

 

 

 以前の自分なら、規律を乱した不届き者を処分するのにこんなに心を痛める事は無かった、とリーナは考える。だがそれは、自分の心の中でそう思わなければいけないと決めつけ、自分の本心を封じてきたから出来た事。一度考えてしまったのなら、再びその思いを封印するのは簡単ではない。

 

「(誰かに相談出来る事でも無いし……)」

 

 

 リーナの頭に一人の少年の顔が思い浮かぶ。少年、と言っても歳はリーナと同じ。それも随分と大人びている少年だ。

 

「(タツヤ……ッ!? この闘気は!)」

 

 

 考え事に没頭していた、訳ではない。だが前線の状況が芳しくない事に漸く気づいたリーナは、先ほどまでの考えを頭の中から追い出して前線へと急いだ。

 

「(明らかに強くなっている? あのニューロン構造は魔法師としての質を高めるとでも言うの?)」

 

 

 用意は完璧だったはずだ。念の為キャスト・ジャマ―まで持ち出したと言うのに。スターダストの二人QとRはかなり苦戦――というか敗色濃厚まで追いつめられているのだ。

 

「(逃がしたら厄介だわ)」

 

 

 先ほどまでの弱々しい考えからは考えられないほど真剣な表情で『アンジー・シリウス』はチャールズ・サリバンの下まで急いだのだった。




仕事よりも達也……かなり浸食されてますね。

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