ノックをして中からの返事を待った。達也たちはレオが返事をするものだと思っていたのだが、中から聞こえてきたのは女性の声だった。
「はい、どうぞ」
「カヤさん、お邪魔するね」
戸惑いを隠せない友人たちを尻目に、エリカはドアを開けてすたすたと中へ入って行く。こういう時に立ち直りが早いのはやはり達也で、エリカの姿がカーテンで見えなくなる前に病室の中へ進む。
達也の行動に深雪が間髪を入れずにその後へ続き、ほのかが小走りで追いかけた。美月と幹比古が顔を見合わせて病室に入りドアを閉めた。
「こちら西城花耶さん。レオのお姉さんよ」
エリカが女性を紹介すると、花耶が立ち上がり達也たちに向かって丁寧に頭を下げた。優雅とも洗練されたとも言えないが、学生とは一線を画す折り目正しい仕草だ。
一通り挨拶を交わした後、花耶は花瓶を持って病室を出た。水を替えに行くと言って出て行ったが、達也には彼女が遠慮と気まずさから逃げ出したように見えていた。
「優しそうなお姉さんですね」
美月の裏の無い言葉に、レオは少し苦い表情を浮かべた。それなりに家庭の事情があるのだろうと、似たような境遇である達也と深雪、ほのかはすぐに察し、幹比古も一時期気まずい感じで過ごしていたので理解出来た。だが、家族と円満に暮らしている美月には、レオが浮かべた表情が何を物語っているのかが理解出来なかった。
「酷い目に遭ったな。だから深く踏み込むなと言ったのに」
だから達也はそれ以上踏み込ませなかった。もともとレオの家庭事情は彼には関係ないのだ。
「みっともないとこ、見せちまったな」
「見たところ怪我もないようだが」
「そう簡単にやられてたまるかよ。俺だって無抵抗だったわけじゃないぜ」
「じゃあ何処をやられたんだ?」
達也の質問にレオの顔から笑みが消えた。
「良く分からねぇんだよな……殴り合ってる最中に急に身体の力が抜けちまってさ」
「毒を喰らった、ってわけでもないんだよな?」
「ああ」
「相手の姿は見たのかい?」
達也が一緒になって首を傾げている横から、幹比古が口を挿んできた。
「見た、って言えば見たけどな。目深に被った帽子に白一色の覆面、ロングコートにその下はハードタイプのボディアーマー人相も身体つきも分からんかったよ。ただ……」
「ただ?」
「……女だった、ような気がするんだよな」
レオからその根拠を聞いて、幹比古は少し考え込んだ。
「もしかしたら、その相手は最初から人間じゃ無かった、って可能性もある」
「ミキ……あんたまさか、吸血鬼が本当にいると思ってるの?」
「僕の名前は幹比古だ」
エリカが挿んできた軽口に、幹比古も何時もの返し文句で応戦する。だが、表情は何時も以上に真面目で、決してふざけてるようには見えなかった。
「何か心当たりがあるのか?」
「多分レオが遭遇した相手は『パラサイト』だ」
「
首を傾げたエリカに――その態度に――気を良くしたのか、幹比古は講義口調で語り始めた。
「
幹比古が進める説明に、達也以外の五人が首を傾げている。かなりの専門的で、また古式魔法に関する説明なので仕方ないのだが、幹比古の方にも、達也以外が理解していない事は分かっている。その説明の中に、妖魔や悪霊という単語が出てきて、ほのかの表情は青ざめて行く。
「妖魔とか悪霊とかが実在するなんて……」
怯えたようにほのかが呟くと、その肩に達也の手が置かれた。
「魔法だって実在するとは思われていなかった。でも、俺たちは魔法を使っている。未知の存在だからといって無闇に怯える必要は無い」
達也は天然でこういう振る舞いに及んでいるのではない。彼は自分がほのかに対して大きな影響力を持っている事を認識している。だから達也は彼の手の感触にビクッと身体を震わせたほのかから、盲目的な不安が拭い去られたのを確認すると、すぐにその手を引っ込めた。名残惜しそうにした素振りには気づかないフリをして……
「それが吸血鬼の正体か」
達也の問い掛けには直接答えず、幹比古は何事か心に決した表情でレオに向き直る。
「レオ」
「お、おう」
「君の幽体を調べさせてもらっても良いかな?」
「ゆうたい?」
幽体という言葉がピンとこなかったようで、レオは単語を発音の羅列に逆変換して鸚鵡返しに訊ねた。
「幽体というのは精神と肉体をつなぐ霊質で作られた、深躯体と同じ形状の情報体の事だよ。幽体は精気、つまり生命力の塊。人の血肉を喰らう魔物は、血や肉を通じて精気を取り込み己が糧としている、と考えられているんだ」
「つまり吸血鬼は血を吸うけど、本当に必要としているのは一緒に吸い取ってる精気だってこと?」
エリカの問い掛けに、幹比古は緊張した表情で頷いた。
「吸血鬼は血を吸い、食人鬼は肉を喰らう。でも元々が物質的な生物でない彼らは、本来精気さえ取り込めればいいはずだ。僕たち古式の術者が伝えている伝承が真実であるならば」
「その発想に立てば、精気だけを吸い取るヴァンパイアがいてもおかしくない、か」
幹比古の言葉を受けて、達也が呟く。その小さな呟きに、幹比古はもう一度頷いた。
「良いぜ、幹比古。やってくれ」
「……良いのかい?」
「ああ。ってぇか、こっちからお願いするぜ。原因が分からねぇと治しようが無いからな」
「……分かった。じゃあ準備するから少し待ってくれ」
レオから許しが出たので、幹比古は足元に置いた鞄から道具を取り出し始める。その準備をしている幹比古を尻目に、達也は『眼』でレオの状態を既に把握していたのだった。
レオの女性版と考えると、IFは無くても良いかな……