劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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深雪も鋭い勘を持ってますからね……


疑問点

 病院から帰る途中、深雪は気になった事があったので達也に問いかけた。

 

「お兄様、ひょっとしてお兄様は西城君を襲った相手に心当たりがあるのではないですか?」

 

「どうしたんだ、いきなり」

 

「いえ、吉田君の話を聞いてる時も、お兄様は特に驚いた様子もありませんでしたし」

 

「犯人の心当たりは無い。だがおそらくはリーナが追いかけてる相手だと言う事は分かっている」

 

「リーナが?」

 

 

 今回の事件に全く関係ないと思っていた留学生の名前が出てきて、深雪は少し首を傾げた。何故兄はリーナが誰かを追いかけている事を知っているのか、またその相手が今回の事件とどう関係しているのかが気になったからだ。

 

「昨日ほのかが言ってただろ? アメリカでも似たような事件が起こってるって」

 

「はい」

 

「これはあくまでも想像、確証の無い空想だと思ってくれ」

 

「深雪はお兄様の言う事は事実だと思います」

 

 

 まだ何も言って無いのにそう言いきる妹に、達也は苦笑いを向けた。だが次の瞬間にはその笑みも消え、何時も以上に緊張感のある表情に変わっていた。

 

「深雪はアンジー・シリウスの仕事内容を知っているよな」

 

「はい、存じております」

 

「その一つが脱走兵の粛清、つまりは殺しだ」

 

 

 その単語に、深雪は無意識に肩を震わせた。いくら四葉家の跡取り候補とはいえ十五歳の女の子。「殺し」という単語に無反応を貫けるほどの強い意志は持ち合わせていない。

 

「その脱走兵が吸血鬼なのですか?」

 

「その可能性はあるだろう。USNAの最大戦力であるスターズの総隊長を国外に派遣するほどの仕事だ。それくらいだと考えて大丈夫だろう」

 

「ではなぜ、西城君は襲われたのでしょう。血を抜かれたと言ってましたが、傷痕も残さずどうやって?」

 

「レオが襲われた原因は、たまたま遭遇してしまったからだろう。いや、もしかしたらレオはそこに『何か』がいるのを分かってて近づいたのかもしれないが。血を抜いた原理は、さすがに想像もつかない」

 

 

 深雪の疑問一つ一つに丁寧に答えて行く達也。彼もさすがに傷痕を残さず血を抜く原理には心当たりは無かった。

 

「リーナに聞けば何か分かるのでしょうか?」

 

「さすがにこれだけ重大な情報は漏らさないと思うぞ。いくら諜報向きではないとはいえ、話しても大丈夫なものとそうじゃないものの区別くらいは出来るだろうし」

 

 

 既に結構重大な情報をリーナから聞き出してる達也だが、いくらなんでも潜入した目的をあっさり話してしまうほどドジだとは思っていない。もし漏らすようなドジだったら、リーナはシリウスになり得なかっただろうとも思っているからだ。

 

「幹比古が言っていたように、吸血鬼が必要としているものは血ではなく精気だと俺も思っている。そして生存に必要な分以上吸い取ってる理由は、もしかしたら仲間を増やそうとしているのではないかとも思っている」

 

「仲間、ですか?」

 

「アメリカと日本、同時に似たような事件が起きているんだ。単独犯だとは考えられないだろう」

 

「それは……そうですけど。ではお兄様は複数犯だと考えて、その犯人はどのくらいの人数だとお考えなのですか?」

 

「少なくとも五人以上はいるだろう。既にリーナが狩り終えたかもしれないが、そのくらいはいてもおかしくないと思ってる」

 

 

 深雪を過剰に刺激しないため、「殺し」から「狩り」に言葉を変えた達也。意味は同じでも直接的じゃ無い分深雪の反応も穏やかだった。

 

「ではお兄様のお力では、西城君は治せなかったのでしょうか?」

 

「盗聴器があったからな。いきなりレオが治ったら情報が警察に漏れ出る可能性が高かった。治せたとしてもあの場所では何も出来ない」

 

「盗聴器ですか?」

 

「エリカの兄、千葉寿和警部が仕掛けたんだろう」

 

 

 気付かなかったのか? と目線で問われ、深雪は静かに首を左右に振った。

 

「では病室を出てから吉田君に質問したのは……」

 

「別に聞かれても問題は無かっただろうが、下手に刺激して犠牲者を増やされると問題だったからな。それと恐怖心を植え付けて動きが鈍くなるのも避けたかった」

 

「千葉家の人間がそれくらいで怖気づくでしょうか?」

 

「そこは心配してないが、仕入れた情報は本部に知らせるだろ? その本部にいる人間が皆千葉寿和並みの精神を持ち合わせているとは考えられないからな」

 

「そこまで考えていらっしゃったんですね。さすがはお兄様」

 

 

 達也の考えに納得し、尊敬したように深雪の表情が急に明るくなる。その変化に達也が一瞬ついていけなかったが、すぐに元の緊張感のある顔に戻った。

 

「師族会議も動くだろうが、なるべくなら警察に任せた方がリスクが少なくて済むからな」

 

「師族会議……叔母様も動くのでしょうか?」

 

「リーナが日本に来ている段階で、叔母上はこの件に関わるつもりが無いんだろう。それに、七草弘一とイザコザがあるらしいから、七草家が動くなら叔母上は動かないだろ。協調も共闘も、今の四葉と七草には無理だろうからな。頼むなら十文字だろ」

 

「つまり七草先輩と十文字先輩が吸血鬼狩りに動くと?」

 

「中心はその二人だろうが、あくまで師族会議として動くだろう」

 

「お兄様は吸血鬼を捕まえられるとお思いですか?」

 

 

 真剣な眼差しで問うてくる妹に、達也は幾分か柔らかい表情を浮かべた。

 

「アンジー・シリウスでも難しいのに、高校生が捕まえるのは難しいだろ。だが七草先輩も十文字先輩も『並みの』高校生じゃないからな。上手く魔法を使えばもしかしたら捕まえられるかもしれない。だが、エリカや幹比古が別に動くかもしれないから、そこと上手く協調出来ればの話だがな」

 

 

 何故エリカが別に動くのだろうかと、深雪は考えてみたがさっぱり分からなかった。だが一つだけ確実なのは、達也がそんな事を言うということは、必ずそうなるのだろうと深雪には思えるのだった。




並み以上ですが、相手はそれよりも上……

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