劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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八雲も怒ると怖いんですね……


仮装行列の元

 吸血鬼と仮面の魔法師の戦闘を、達也は木陰から観察していた。この公園に着いたのは交戦が始まる三分前。捕捉地点の予測的中を確認した時は思わず口元を緩めてしまったが、今は息を潜めて気配を殺して介入の機を窺っていた。

 

「(……偶然、だよな?)」

 

 

 真由美の話では、吸血鬼は複数、これを追う狩人も複数と言う事だったが、今目の前で戦っているのは確かに昨日の二人だった。彼はあくまでも集団の動きを見て最初に戦闘が発生する地点を予測しただけなのだ。

 

「(これが運命なら嫌過ぎる……)」

 

 

 達也は、仮面の魔法師がリーナである事を確信している。もし彼女との間に運命などというものが存在するのであれば、もう少し別の形であってほしかった、と達也は心の中でぼやく。だがそんな事で動揺する事など、達也にはあり得なかった。

 改めて戦闘の様子を覗き見る。押しているのは明らかに仮面の魔法師の方だった。吸血鬼と思しき白覆面の方は、逃げ出す機会を探っている。そして、その逃げ道を塞ぐ包囲網はまだ不完全だ。

 

「(四人か。予想通りとはいえ少ない)」

 

 

 三つの勢力――七草と協力体制にない警察も含めれば四つの勢力――が複数に牽制し合う中で、四方向から四人の魔法師が迫ってくる。街路監視機器が使えないアウェーだろうに、よくも別の勢力に気づかれずに四人も集めた、というべきなのだろうが、立体的に広がるこの街で逃走経路を全て潰すには手が足りないと言わざるを得ない。

 

「(敵の敵は、所詮他人。敵の敵だというだけで味方とは限らない、か。さて、どう出るか)」

 

 

 仮面の反応は何通りか予想しつつ、達也は腰の後ろからCADではなく銃を抜いた。もちろん違法所持だが、そんな事を達也が今更気にするはずもない。ナイフを避けて大きく飛んだ吸血鬼に完全な自然体で銃を向け、大雑把に腹を狙って達也は無造作に引き金を引いた。

 日常的に銃の練習をしている訳ではない達也だが、細かく照準を定めなかった事が功を奏したようで、弾丸は吸血鬼の腹部に命中、後ろ倒しに転倒させた。

 その結果を確認する暇もなく、達也は別の方向に視線を向けている。それと同じように仮面の魔法師が達也の方へ顔を向けた。金色の瞳に射抜かんばかりの苛烈な眼光を宿して達也を見ている。そこにあるのは誤解の余地無き殺意。彼女がナイフを捨てたのと、達也が銃を手放したのは同時だった。

 彼女の手が腰に回り、達也の手が懐へ伸びる。抜き終えたのは達也が先だが、CADの引き金を引く彼の指は、途中で停止した。

 

「(早いな)」

 

 

 既に魔法式が形成されている相手の自動拳銃を見て、達也は情報体分解魔法から実体分解魔法に起動式を切り替えた。照準は仮面の魔法師が握る銃のチャンバー部分。そこから発射される弾丸だ。

 

「(さようなら、タツヤ)」

 

 

 仮面の魔法師が引き金を引くのと同時に、達也がCADの引き金を引いた。情報強化が施された弾丸を放った仮面の魔法師は、その弾丸が達也を撃ち抜く事を確信していた。だが、一瞬で弾速を含めた属性情報が強化された弾丸はその飛翔の途上、微塵に分解された。

 

「(またわけのわからない魔法を!)」

 

 

 仮面の魔法師が達也の前に隠しきれない隙を曝した瞬間、最初に放ち損ねた魔法が、今度こそ仮面の魔法師を狙い撃った。

 達也の視界に映る「色」と「形」と「音」と「熱」と「位置」を記述した情報体。相手の本体ではなく、偽装の魔法それ自体に照準を合わせて放たれた対抗魔法・術式解散。魔法式そのものを分解する魔法により、着ぐるみに似た中身の無い外装が散り散りに剥ぎ取られる。

 次の瞬間、魔物が天使に生まれ変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 都心のハイウェイを滑るように走る電動四輪の内部は、外の景色が立体映像に見えるほど、音も振動も伝わってこない。その静かなキャビンの後部座席で、深雪は隣に座る八雲に声を掛けた。

 

「……先生」

 

「ん、何だい?」

 

「今回は何故……お力を貸してくださるのですか? 俗世間には関わらない事を戒めにされている、と記憶しておりますが」

 

「今回はちょっとばかり事情があってねぇ。出家して俗世のしがらみを捨てた僕だけど、忍びの技は捨てなかった。僕一人の問題じゃないからね。技を受け継ぐものとしての義務とか責任とかいうヤツもね……これもまた俗事の極みかもしれないけど、仏門ですら権威と伝統から無縁じゃいられないんだから許容範囲じゃないかな?」

 

「はぁ……」

 

 

 十五歳の少女に問うても、答えようがない。深雪が曖昧に相槌を打つ。その反応に運転席の八雲の弟子も納得しているようだった。

 

「実は達也君から風間君に伝えた事が僕にも流れてきてね。敵が九島の『パレード』を使ってる可能性があると聞いてね。それが本当なら釘を刺しておかなきゃならないんだよ。九島に『パレード』の元になった術『纏衣』を教えた先代の代わりにね。まったく面倒臭い事だよ」

 

 

 最後のぼやきは深雪の耳には届かなかった。

 

「九島家の秘術『パレード』の原型を、先生のお師匠様が……?」

 

「あれ? 知らなかったのかい? 第九研の設立目的は、合理化して再体系化した古式魔法を現代魔法として実装した魔法師の開発だ。その目的の為に、第九研には古式の術者が大勢集められた。その中に先代もいたんだよ」

 

「……ではもしかして、先生のご苗字は」

 

 

 深雪はハッと目を瞠って、青ざめた顔でそう訊ねた。何を疑ったのかすぐに分かったのだろう。八雲は苦笑いをしながらパタパタと手を振った。

 

「いや、それは考え過ぎ。九重の姓は先代から受け継いだものだよ」

 

 

 車内の空気が少し和らぐ。だが一旦上昇した温度は、すぐに急降下する事になった。

 

「まぁ、そういう経緯で先代が九島に教えた『纏衣』を九島が改造して出来たのが『パレード』の術式。その中には僕たちにとって本来門外不出の秘伝が含まれている。だから達也君と事を構えている魔法師が『パレード』を使ってるなら、これ以上外に広まらないように釘を刺しておかなきゃならない。もし言う事を聞いてもらえなかったら、遺憾ながら、ね」

 

 

 八雲の口調も表情も相変わらず飄々としたままだが、深雪は背筋に寒気が走るのを感じた。それは深雪だけの錯覚ではなく、ハンドルを握る八雲の弟子も肩を強張らせていたのだった。




ただの変態坊主じゃ無いんです

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