劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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お互いに本気を出したら街一つ消え去るかも……


達也VSリーナ

 魔物が天使に、そんな陳腐な感想を達也の心に呼び起こすほどの鮮やかな変化が生じていた。深淵の闇を思わせる真紅の髪は、弱々しい街灯の光の下ですら煌めく黄金に。禍々しい金色の瞳は、澄み渡った蒼穹の色に。頬の線は柔らかく、身体つきは華奢に。身長すらも僅かに縮んで見える。その美貌は小さな仮面程度で隠せるものではなかった。

 体格すら違って見えるのなら、今まで世界中の目を晦まし得ていたのも納得出来る。様々な材料が積み上がって無かったなら、達也にも多分分からなかっただろう。

 思考とは別に、手と無意識領域は動いていた。鮮やかな金髪碧眼の少女の手から、立て続けに五発の銃弾が放たれ、その全ては達也に届く前に塵と消えた。そして通算七発目の弾丸が放たれる直前、少女の手にする拳銃からスライドが飛び、バレルが抜け落ちる。

 銃撃が強制停止させられた事、それ以上に使用中のデバイスが魔法で破壊されるというあり得ない事態に仮面の少女の動きが止まる。

 

「止せ、リーナ! 俺は君と敵対するつもりは無い」

 

 

 その空白を狙って、達也は状況の転換を図った。今日の彼の目的は、吸血鬼を拘束する事。拘束して、その正体を突き止める事だ。だからわざわざ着弾と同時に針が飛び出すなどという複雑なギミック付きの麻酔弾と、それを撃つための中折れ単発銃を苦労して調達した。

 仮面の魔法師=リーナとの戦闘は、彼にとって必要の無い、余計なもの。だからこのセリフはその幕を引く為のものだったのだが……

 

「ッ!」

 

 

 逆効果だった。仮面の奥の蒼い瞳にキツイ光が宿った。スライドとバレルの外れた拳銃一体型CADを腰のホルスターに戻したリーナの右手には、銃の代わりに小振りのスローイングダガーが握られていた。

 USNAの魔法師は武装一体型CADを好んで使うというのが定説だ。このダガーもただの短剣ではなく何らかの武装デバイスかもしれない。ショートブーツがソフトコートの地面を蹴った。そのスピードは到底少女のものではなかったが、常人の限界を超えるものでもない。

 達也はポケットから鉛玉を取り出し指で弾く。風を切る鉛玉はリーナの右手へと飛翔しそのまま貫通した。だが血飛沫は散らない。肉体を撃ち抜いたのではなく、幻影を通り抜けたのだ。

 リーナがそのまま腕を振る。ダガーは達也に肉眼が知覚した位置より一メートルほどずれたところから飛んできた。横に飛んで躱しながら、達也の目はその軌道をたどる。彼が目を向けた先で、幻影が再びスローイングダガーを構えていた。彼の肉眼は小さな仮面をつけた少女の姿を知覚し、彼の心眼は空っぽの立体映像を確認している。

 

「(厄介な!)」

 

 

 心の中で毒づいた。知識として知っているのと、実際に体験してみるのとでは、やはり勝手が違う。パレードの術式が作り出す情報体に記述されている要素は「色」、「形」、「音」、「熱」、そして「位置」。八雲の幻術「纏衣」と同じだ。

 

「(師匠の技と似ているのなら、何とかなるか……)」

 

 

 「パレード」と「纏衣」の些細な違いを考えながら、達也はどうすればリーナを捕えられるかを考え始める。多少怪我をする程度なら、彼にとって問題ではない。

 

「(ちょっと手荒だが仕方ない)」

 

 

 五本目のダガーを躱したところで、達也は決心した。新たな幻影が形成される前に本体を見つけ出して攻撃するのでもなく、情報の次元で直接エイドスを探し出すのではない別の方法を彼は使う事にした。

 上着のポケットから片手に収まるサイズの円筒形の管を取り出し、それを上に放り投げる。一瞬訝しげな表情を浮かべたリーナが「缶」の正体を覚って目を見張った。――小型の投擲榴散弾。

 

「ジ」

 

 

 ジーザスとでも言いたかったのだろうか。しかしリーナのそのセリフは完結させる事が出来なかった。彼女は短い単語を口にする間も惜しんで対物障壁を展開する。

 

「(定率減速)」

 

 

 一方達也は物体の運動速度を一定割合で減速する領域魔法をフラッシュ・キャストで発動した。仮想魔法領域が作り出す弱い障壁では、自分が使った投擲榴散弾を完全に無力化することは不可能だ。速度をゼロにする停止魔法では散弾の運動エネルギーに負けて事象改変に失敗してしまう可能性があった。それ故の定率減速。それでも百分の一とか千分の一とかそういう大規模な改変は手に余る。

 自分で用意した武器のスペックと仮想魔法領域の干渉力を天秤にかけて、確実に魔法が成功するギリギリのレベルで魔法を放つ。

 定率減速で弾体を止める事は出来ない。もとよりそういう魔法ではないのだ。半身になって片膝をついた肩に、脇腹に、大腿に、頭部をかばった腕に、細やかな散弾が襲いかかる。簡易防弾機能を持たせた人工皮革の布地を貫通した物は殆ど無かったが、それでも脚と腕に十個以上は浅く食い込んでいる。

 

『自己修復術式/オートスタート』

 

「(自己修復強制停止)」

 

 

 自動的に作動しようとした自己修復を意識の力で停め、達也は咄嗟に障壁を展開して榴散弾を完全に防いだリーナ目掛けて飛びかかった。リーナが新たに形成しようとしていた対物障壁は分解魔法で無効化する。完全に不意を突かれて、さすがのリーナもそれ以上の抵抗は出来なかった――いや、しなかった。

 彼女は飛びかかってきた達也の手や脚に散弾が食い込んでるのを見て、自分の状況よりも達也の状況を優先してしまったのだ。

 

「ちょっとタツヤ! 大丈夫なの!?」

 

「別に問題は無い」

 

「嘘言わないで! こんなに食い込んで、大丈夫な訳無いじゃない!」

 

「この程度なら、すぐに治る。それよりもリーナ、君は今の君の状況を把握する事が先決じゃないのか?」

 

 

 自分の心配をしてる場合か、と言外にリーナに言う達也。彼としても、今の状況になったらすぐにリーナが抵抗するものだと思っていたので、この展開は予想外だったのだった。




ちょっとリーナが押され気味になってしまった……
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