劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

319 / 2283
タイトル長い……


日本の魔法師の覚悟

 自分に怪我を負ってまで捕まえようとした達也に、リーナは呆れた感じで告げる。

 

「……無茶をするわね、タツヤ」

 

「何処にいるか分からないなら、指向性の無い攻撃であぶり出すのが定石だろ?」

 

「それ、無差別攻撃って言うのよ」

 

「そう解釈してくれて構わない。残念な事に、俺は広域魔法を使えないからな。まぁ、リーナなら問題なく防御出来ると確信していたから、ということで勘弁してくれ」

 

「それで自分が怪我してたら、元も子も無いと思うけど」

 

「こうでもしなきゃ、君を捕まえられなかった」

 

「ワタシを捕まえたかったの? 愛を囁くならもっとロマンチックに迫ってほしいんだけど」

 

 

 仮面の奥の蒼い瞳を覗きこんで、達也は二ヤリと笑った。リーナの両手を頭の上で重ねさせて、開いた掌を片方で押さえつける。空いた手を仮面に近づけると、リーナの方がビクッと震えた。

 

「……痛いわ、タツヤ」

 

「生憎、そのCADのカラクリは知ってるんだよ。さて……」

 

 

 達也の手がマスクに掛かる。彼の手がマスクに触れたと同時に、顔を背けていたリーナが叫んだ。

 

「アクティベイト、『ダンシング・ブレイズ』!」

 

「(音声認識の武装デバイスか……起動式ではなく遅延発動術式をアクティブ化するデバイスとは面白い)」

 

 

 高速で殺到するダガーを感知しながら、達也は心の中で呟いた。全て急所を外れているので、さほどダガーの事は気にならなかったのだ。

 

「(そう言えば、さっきからリーナの攻撃は全て無力化が目的で、殺傷する為の攻撃じゃ無かったな)」

 

 

 そんな事を考えている時には既に、ダガーは達也の身体に届き――触れた途端細かな砂と化して飛び散った。

 

「腐食……いえ、分解……?」

 

 

 達也の魔法に驚いているリーナに構わず、達也は仮面をはがしにかかった。

 

「後悔するわよ、タツヤ!」

 

「捕獲に成功したはずのターゲットに逃げられた時点で、たっぷり後悔している」

 

 

 リーナとドタバタやっている間に、吸血鬼にはまんまと逃げられてしまっている。保険は掛けてあるにしても徒労感は否めない。

 意外と固い素材のマスクをそっと取り去る。リーナが唇を噛み締めて達也をキッと睨みつけ、次の瞬間、その唇から絹を引き裂く悲鳴が放たれた。

 

「誰か、誰か助けてっ!」

 

 

 強姦魔から助けを求める少女の叫び。迫真の演技を白けた目で見詰める強姦魔……ではなく達也。その時まるでリーナの悲鳴を合図として待っていたかのように、駆けつけてくる足音が聞こえ、目を向けるとそこには桜の代紋も付けた男が四人近づいて来ていた。

 

「両手を上げて後ろを向け!」

 

 

 正面から駆け寄ってきた警官――の姿をした男が拳銃を突きつけながら叫ぶ。達也はリーナの後に回り、そのまま男へ向けて突き飛ばした。

 

「きゃっ!」

 

 

 悲鳴を上げて男の胸に飛び込むリーナ。だがその表情は達也に押さえつけられていた時より曇っていた。彼女を抱きとめた制服の男。達也はリーナの頭上を飛び越し、その男の肩に着地して蹴り飛ばすようなキックで男の顔を打ち抜いた。

 

「……本物の警官だったらどうするつもりよ」

 

「そろそろ茶番は止めてもらいたい、アンジー・シリウス」

 

 

 信じられないという口調で問うたリーナに対し、達也はきっぱりと答えた。その返答に空気が音を立てて固まった。

 

「君に協力してる以上、本物だろうと偽物だろうと同じ事。百年前ならいざ知らず、現代のこの国の刑法において外患誘致罪は武力行使が実現しなくても成立する。警官の扮装程度で怖気づくと思ってるなら大違いだ。我々日本の魔法師の覚悟を甘く見ないでもらおうか」

 

 

 蹴り倒された一人を除く三人の偽警官が、リーナの顔を――彼らの総隊長アンジェリーナ・シリウスの表情を窺っている。

 リーナは溜め息を吐くと達也に向かい膝を軽く折って丁寧に一礼した。

 

「これは失礼致しました。確かに見くびっていましたね。聞くと見るとでは大違いです。同じ魔法師として謝罪します」

 

 

 そして足を揃え背筋をピンと伸ばし右手を額の横に持っていく。誤解の余地無き軍人の敬礼。さっきは一人の魔法師として、そしてここからはUSNA軍魔法師部隊の総隊長として、そういう意思表示なのだろうと達也は理解した。

 

「ワタシはUSNA軍統合参謀本部直属魔法師部隊・スターズ総隊長、アンジェリーナ・シリウス少佐。アンジー・シリウスというのは先ほどの変装時に使う名前なので、今まで通りリーナと呼んでください。さて、ワタシの素顔と正体を知った以上、タツヤ、スターズは貴方を抹殺しなければなりません。仮面のままであれば幾らでも誤魔化しようはあったのに、残念です」

 

 

 それまで礼儀という名のオブラートに包まれていた殺気がむき出しになって達也に襲い掛かる。達也は吹き付ける殺気の中不敵に笑って見せた。

 

「後悔する、というのはそう言う意味か」

 

「せめて騙されて捕まってくれれば、殺さずに済ます事も出来たのですが」

 

「それは悪かったな。せっかくの心遣いを無駄にしてしまって」

 

「いえ、貴方を抹殺するというのはワタシたちの身勝手な都合によるものですから、謝る必要はありません。抵抗しても良いですよ」

 

 

 偽警官の一人から渡されたコンバットナイフを右手に、中型拳銃を左手に。

 

「本当に残念ですよ、タツヤ。貴方の事は気に入っていたんですけどね……さようなら、タツヤ」

 

 

 左手を伸ばしCADを達也に向けるリーナ。右手をのばしCADをリーナに向ける達也。達也の左右を後ろをリーナの部下が取り囲んだのだが――

 

「そんな事はさせないわよ、リーナ!」

 

 

――凛とした声が真冬の凍てつく空気を震わせた。

 蒼穹の瞳に驚愕を浮かべ、声のした方へ振り向くリーナ。隙を曝した上官をかばう為か、リーナの部下は三方向から同時に達也へ襲いかかった。「分子ディバイダー」の仮想領域がコンバットナイフの刃の延長戦上に形成された。

 達也がCADの引き金を引き、分子結合力を反転させる仮想領域が消え失せ、単なる刃と化したコンバットナイフを掻い潜り、達也は包囲網を脱した。彼とすれ違ったリーナの部下が、腹を抑えて転がった。

 

「っ!」

 

 

 リーナの左手は彼女の邪魔をした深雪に向いている。リーナの展開した起動式が、達也の「術式解散」で砕け散る。

 達也に襲い掛かる男の前に、踏み込む者全てを凍りつかせる冷気の壁が立ちはだかり、急停止した男の背後に忍び寄る影が一つ。声も無く男が昏倒し、残る一人は既に地に伏していたのだった。




人を飛び越えるとは……さすがはお兄様ですね

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。