保険医の安宿に鍵を渡された女子生徒は、狩猟部の倒れた生徒を運ぶ為に周りに手伝ってもらってるが、狩猟部の元気なメンバー全員で運んでも人が足りない。そこでほのかと雫は狩猟部を手伝う事にした。
本当はバイアスロン部の先輩たちが手伝おうとしてたのだが、この後デモがある先輩たちに任せられないからと、ほのかと雫が申し出たのだった。
「ありがと~! 助かったよ~!」
「う、うん。困った時はお互い様だし」
「気分の悪そうな人を無視出来ないもの」
彼女の高いテンションに、ほのかは若干たじろいだが、雫は持ち前のマイペースを崩す事無く返事をした。
「あっ、私の名前は明智英美。日英のクォーターで、正式にはアメリア=英美=明智=ゴールディ。エイミィって呼んでね」
なんとも長い名前だが、愛称を教えてくれたので呼び名に悩む事は無くなった。自己紹介されたので、ほのかと雫も自分たちの名前をエイミィに教えた。
「私は光井ほのか。よろしくね、えっと……エイミィ?」
愛称で呼んで良いものか悩んだほのかは、少し間を置いて呼んだ。対するエイミィは、愛称で呼ばれた事に喜び、ほのかの手を取った。
「よろしく~ほのか!」
「私は北山雫。よろしく、エイミィ」
「うん! 雫もよろしくね!」
相変わらずのマイペースで雫も自己紹介を済ます。こうしてほのかと雫は、新しい友人と出会ったのだった。
ほのかたちがエイミィと盛り上がってる頃、達也は闘技場での一件を報告する為に部活連本部に呼ばれていた。聞かれた事は始めから仲裁に入らなかった理由と、魔法を使用したのは桐原のみかの二点だった。
「仲裁に入らなかったのは、両者が主張している問題の現場を見てなかったからです。それに、怪我程度で済めば自己責任だと判断したからです」
「なるほど……適切な処置だな。それで、本当に魔法を使ったのは桐原だけなんだな?」
「はい」
正確には魔法を発動出来たのが桐原のみなのだが、達也は余計な事は口にしなかった。
「それで、十文字。風紀委員としては桐原を追訴するつもりは無いが、お前は如何だ?」
「俺も風紀委員の処置に従おう。せっかくの温情を無駄にするつもりは無い」
部活連会頭、十文字克人を前に、達也は感嘆の息を吐いた。服の上からでも分かるほど隆起した筋肉と、それ以上に凄まじい威圧感を放っている雰囲気に、達也は警戒心を抱いたのだった。
「(まるで巌のような人だ)」
「それで、達也君は怪我してないの?」
「ええ、自分は特に怪我などはしてません」
心配そうに聞いてきた真由美に、達也は簡単な答えを返した。そもそも一撃も喰らって無いのだから、怪我のしようが無いのだ。
「あっ、そうだ。保険医の安宿先生が聞きたい事があるそうだから、帰りがけにでも保健室に寄ってくように」
「分かりました」
多分桐原の怪我の事だろうと思った達也は、摩利からの命令に了解の返事をして部活連本部を後にした。
「さてと、それじゃあ私たちも解散だな」
「そうね。それにしても参入早々やってくれたわね」
「期待以上の成果だ」
達也が居なくなってすぐ、摩利と真由美は達也の成果について話し合った。克人は聞いてるだけで口を挟む事はしなかったが、無言で退出するほど礼儀知らずでも無かったのだ。
「殺傷ランクBの魔法を意図も簡単にあしらうとはな」
「何か対処法でもあるのかしら?」
「私は知らん……十文字は如何だ?」
「俺も知らんな。現場を見ていた生徒に聞いてみたら如何だ?」
「それが、高周波ブレードの不快な音の後に、それ以上の何かが聞こえてきて気持ち悪くなったとしか……」
既に確認を取っていた真由美が、残念そうな口調で克人の提案を退けた。
「まぁ何より、大した怪我人も出ずに事件を修めてくれたのは嬉しい事だな」
「そうね。達也君も怪我しなかったようだし、良かったわね」
「真由美、やけにアイツを気にしてるな。やっぱりそうなのか?」
「なっ!?」
この後何時ものやり取りが繰り広げられた中、克人は微動だにせず腕組みをして考え事をしていたのだった。
摩利に言われたので、達也は帰りがけに保健室に寄る事にした。特に怪我をした訳でも無い自分に、いったい何のようだろうと疑問に思っていたのだが、答えられる事には答えようと決めたのだった。もちろん答えられない事には答えないのだが……
「1-E司波達也です」
「どうぞ~」
少し間延びした返事に、達也は思わずコケそうになったが何とか踏ん張ってそのまま保健室に入る。
「失礼します」
「いらっしゃい、ゴメンねこんな時間に呼びつけちゃって」
「いえ」
何だか調子の狂う相手だと達也が思ったかは知らないが、如何もやり難そうな相手だとは思っただろう。
「第一高校保険医、安宿怜美よ」
「それで、自分に聞きたい事とは?」
深雪を待たせてる以上、達也はあまり時間を使いたくないのだ。要件を素早く終わらせ、妹の機嫌が少しでも傾かないうちに校門に向かいたかったのだ。
「そんなに焦らないで、座って?」
「いえ、このままで」
「そう? それじゃあ聞くけど、君が桐原君と対峙してた時に、狩猟部の子たちがサイオン波酔いになっちゃったのよね」
「………」
「それでね、君は何か原因に心当たりは無いかな~って思ったんだけど」
「何故自分が知ってるかもと思われたのですか?」
達也は見た目に反して鋭い勘をしている怜美に警戒心を抱いた。もしかしたらこの人は自分の知られたく無いものを知ってるのかもしれないと。
しかし、それは達也の杞憂だった。
「特に理由は無いのだけど、ほら君って今年の入学生の中で入試成績が一番だったんだよね? だから何か分からないかな~って思ったの」
「ペーパー試験は確かに良かったようですが、自分の入試成績は下の方から数えた方が早いですよ」
「そうなの?」
「自分は二科生、所謂補欠ですからね」
苦笑いと共に自分の肩を指差す達也。入学式前に真由美にした事と同じ事を怜美にもして見せたのだ。
「それでも桐原君相手に無傷で立ち回ったんでしょ? やっぱり凄いわね~」
「……用件がそれだけなら失礼させてもらってもよろしいでしょうか?」
「あっ、念の為君の身体も調べさせてね。痛みが無くても怪我してる場合があるから」
「いえ、大丈夫ですので」
「先生の言う事は聞くの」
この人自分と歳が変わらないのではと思った達也は、子供っぽい仕草で達也に近付き、身体をチェックし始めた怜美を苦笑いを堪えた表情で見ていた。
「うん! 大丈夫ね!」
「ですからそう申し上げましたのに」
「自分で確認しないと気になっちゃうのよ。それにしても随分と鍛えてるのね~」
「まぁそれなりに」
「司波達也君ね。覚えておくわ」
「はぁ……」
いったい何で覚えられたのか理解出来なかった達也は、そう答えるので精一杯だった。
「それじゃあお疲れ様。また来てね」
「……保健室に頻繁に来なければいけない学園生活は嫌ですね」
「確かに」
怜美の発言を真面目に返した達也を見て、怜美は楽しそうに笑った。達也も多少苦めではあるが笑みを浮かべて、保健室を退出したのだった。
何となく安宿先生をピックアップしましたが、出番あるのか?