達也に制御力を返してもらった深雪と、達也の行為をおまじないだと信じ、それをしてもらったリーナは、すぐさま戦闘態勢を取った。この勝負、深雪とリーナとでは精神面でもかなりの差が付いてしまっているのだ。
片やアメリカ軍スターズの総隊長、片や普通の女子高生。これがリーナの見解であり、その見解が負けられないとリーナにプレッシャーを与えてくる。
「(タツヤのあれがただのおまじないじゃなく、ミユキに何かを伝えたのだとしたら、それはいったい何を伝えたと考えるのが妥当かしら……)」
先ほどから仕掛けている魔法は、深雪が展開している障壁に防がれてしまっている。しかも二重展開していた障壁の外側を解除され、偽りの低速を強いられていた気体分子が本来の運動速度を取り戻し、狭い領域に押し込められていた空気がその圧力を解放し、爆風としてリーナに襲い掛かってきたのだ。
「(ミユキの魔法力を見誤った? いえ、明らかに強くなってる)」
リーナは爆風から身を守る為に、本能的に地面に伏せた後、対物障壁を自分の上に被せた。シールドごと身体を持って行かれそうになるのを、慣性増大魔法の多重発動で何とか持ちこたえながら、深雪の力を推し量る。
「(悉くミユキに先手を取られてる……このままじゃじり貧よ……)」
少しでも反撃しなければ押し切られてしまう。よほど強固な防御魔法を持っている場合は例外として、魔法戦においても守るより攻める方が強い。それがセオリーだ。
風圧が弱まったのをリーナは感じた。魔法の解除によって発生した爆風だから、圧縮状態の空気が全て解放されれば風は止むのが道理。リーナの右手にはコンバットナイフが握られている。
拳銃は没収されたが「分子ディバイダー」発動用のこのナイフは取り上げられなかった。先代シリウスが開発し、スターズの切り札となっている魔法用の武装デバイス。
「(ミユキの注意を引き付ける事くらいは出来るはず! 分子ディバイダー)」
伏せたまま左手で深雪に見えないようにダガーをばら撒き慣性増大を解除。自分に可能な全速で身体を起こし、片膝立ちで右手のナイフを横薙ぎに振り抜く。
仮想領域が伸びるのと、殆ど同時。今までに経験した事の無い圧倒的な干渉力が自分と深雪との間に放たれたのをリーナは感じた。
「(防がれるのは分かってた。これは計算通り) ダンシング・ブレイズ!」
分子ディバイダーを無効化されるのを確認する前に、リーナは次の魔法を放った。地面すれすれで弧を描き深雪に支配された空間を回避して、ばら撒いたダガーが目にもとまらぬ速さで飛び去った。
「(この暗闇の中、側面と背後から襲い掛かる四本の刃、防げるものなら防いでみなさい!)」
魔法を帯びた物体が高速で迫ってくるのを感じて、深雪は発動途中の攻撃用術式をキャンセルし、全周防御用の魔法に切り替えた。何時もの、制御力を達也の封印に割いた状態では、この攻撃を防ぐのは難しかっただろう。そもそもこんな緻密な術式のコントロールは出来なかったかもしれない。自分だけでリーナに勝負を挑んでいたら自分は負けていた……そう考えて深雪は心の中で感謝の祈りを捧げた。
「(お兄様が見てくださるから……私は負けない。負けられない!)」
技巧と工夫を凝らした奇襲攻撃が力ずくで潰されたのを見て、リーナの心に戦慄と闘志が同時に湧き上がった。
「(そう言えばダンシング・ブレイズは既にタツヤに破られてましたね。やっぱりただのおまじないじゃ無かったのね)」
深雪は思った。絶対に負けられない、と。
リーナは思った。全力で叩き潰す、と。
そして二人は同時に叫んだ。
「ミユキ!」
「リーナ!」
「「勝負よ!」」
空間が凍りついた。
空間が沸騰した。
二人の魔法力が世界を塗り替え、二つの世界が激突した。昭光煌めく、氷雪の世界。雷光瞬く、炎雷の世界。
空気が凍りつく極寒の地獄「ニブルヘイム」
空気が燃え上がる灼熱の地獄「ムスペルスヘイム」
片や気体分子の振動を減速し、水蒸気や二酸化炭素を凍結させるだけでなく、窒素までも液化させる領域魔法。
片や気体分子をプラズマに分解し、更に陽イオンと電子を強制的に分離する事で高エネルギーの電磁場を作り出す領域魔法。
冷気が熱プラズマを気体に戻し、熱プラズマが凍結した空気を元に戻す。ぶつかり合う二人の力は、地上にオーロラの帳を下ろした。
極光の舞う中、永劫に続くかに見えた氷雪と炎雷のぶつかり合いは、一分も経たない内にその帰趨が明らかになった。
「くっ……!」
この衝突は最初から深雪に有利な土俵で行われていたのだ。そこに加えてリーナは対吸血鬼、対達也の続く三連戦。自覚症状は無くとも疲労は蓄積されていたのだ。
「(このままじゃ、負ける)」
背中に手を回して、再び武装デバイスを引き抜いた。しかしこの状況でのマルチキャストは、リーナがどれだけ優秀な魔法師であったとしても自殺行為だった。
「そこまでだ、二人とも!」
叫びながら達也はCADの引き金を引いた。彼の「術式解散」は、深雪の「ニブルヘイム」とリーナの「ムスペルスヘイム」を同時に消し飛ばした。
「一応は深雪くんの勝ちの様だけど、この勝負どうするんだい? 彼女はまだ戦う気だったけど」
迫りくる灼熱と極寒の牙をすんなり躱して、八雲が達也に問う。
「後遺症が残るのは認められませんし、あの状態でリーナがマルチキャストを成功させたとしても、深雪には届かなかったでしょうし」
「そうね……ワタシの負けで構わないわ」
すんなりと負けを認めるリーナ。だが彼女の瞳には屈服した様子は無く、むしろ楽しそうに輝いていた。
「約束よ。訊かれた事には何でも答える。ただし……」
「ただし、何だい?」
「ただし答えは『イエス』か『ノー』よ。それで答えられない質問には答えないから。これが条件よ。問題ないでしょ、タツヤ?」
「そうだな。いくら最悪命を落としていたかもしれないとはいえ、俺が勝負に介入した時点で引き分けの約束だしな。それくらいの条件は呑もう」
敗者とは思えないステキな笑顔を浮かべるリーナに、達也は苦笑いを浮かべながら頷くしかなかったのだった。
この結果が後にとある状況を生み出す……