リーナとのデートを終え達也が帰って来たのを、深雪は待ち構えてたかのごとく玄関で出迎えた。
「お帰りなさいませ、お兄様」
「ああ、ただいま」
出迎えられた事に何の驚きも見せない達也だが、深雪はその事に不満を覚えるでもなく、笑顔で達也をリビングまで先導する。
達也がソファに腰を下ろしたのとほぼ同時に、深雪は飲み物を達也に差し出した。
「悪いな」
「いえ、お兄様のお世話をするのが、深雪の生き甲斐ですので」
少し行きすぎているような気もするが、達也はその事にツッコミを入れるでもなく、深雪の用意した飲み物を一口飲んで深いため息を吐いた。
「お兄様?」
「リーナの相手は結構疲れる。相手がシリウスだと言う事を差し引いても、普通に付き合うには難しい相手だ」
「お兄様なら何方とでも上手くお付き合い出来るのではありませんか?」
「俺にそんな外交スキルは無いさ。それに、リーナのバックにはあの九島烈がいるからな。何を考えてるのかさっぱりわからん」
兄が珍しく疲れているのを見て、深雪は少し嬉しくなった。達也が疲れているところを見せるのは深雪に対してだけであり、それはつまり達也が深雪には弱みを見せてもよいと思ってくれているからだ。
「ところでお兄様、七草先輩やエリカのお手伝いはしなくても良いのでしょうか?」
「さっき渡したもので十分手伝いはしてるさ。それに、今俺が手伝ってもチームワークを乱すだけだろ」
「お兄様がそうしたのではありませんか?」
深雪の人の悪い笑みに対し、達也は苦笑いを浮かべる。
「犯人は大体見当はついてるが、確証が無いからな。別に誰が処分しようが関係無いが」
「相変わらずお人が悪いですね、お兄様は。もしリーナが吸血鬼の正体を知ったらどれだけショックを受けるでしょうね」
「気づいてないのか? あえて泳がせてるようにも思えるが」
「リーナがそんな器用な事を出来るとは思いませんが。それに、叔母様からの情報では、アメリカ軍ではまだ吸血鬼の特定には至って無いとの事です」
「そうか」
撃ち込んだ発信機で、吸血鬼の潜伏先は特定出来ている。真由美たちには街路カメラに併設された違法電波取締り用の受信機を使うように言ったが、撃ち込んだ本人がその電波を受信するものを持ってないわけがない。達也はモニターに映し出された吸血鬼の居場所を見て、人の悪い笑みを浮かべる。
「七草先輩や幹比古たちは、今日も頑張ってるようだな」
「十師族の面子とそれに対抗する意地がぶつかり合う事は無いのでしょうか?」
「七草先輩とエリカには何やら遺恨があるようだが、十文字先輩にはそんな事は関係ないだろ。幹比古も下手に首を突っ込む事はしないだろうし」
「吉田君なら巻き込まれる可能性もあるとは思うのですが」
「そうだね。だが、今はそんな時でも場合でも無いと言う事は二人にも分かってるだろう」
深雪と共に、吸血鬼捕獲に勤しむ人たちの状況をハッキングしたカメラから見ている達也は、出来る事なら自分に飛び火してこなければ良いなと、かなり望みの薄い事を考えていたのだった。
昨晩、真由美たちと吸血鬼捕獲の為に動きまわっていた幹比古は、教室に着くなり机に突っ伏してしまった。
「吉田君? 大丈夫ですか?」
「柴田さん……うん、大丈夫。ちょっと寝不足なだけだから」
「やっぱり大変なんですか? 例の吸血鬼を捕まえるのって?」
「大変……かな? やっぱり」
美月と話す事で少し癒されていた幹比古だったが、同じように疲れ果てているエリカが教室にやって来て、視線を幹比古に向けている事に気づくと、再び疲れが増してしまったのだった。
「幹比古、随分疲れてるが大丈夫か?」
「達也……」
事情を知らない美月には、達也が普通に幹比古の事を心配しているようにしか思えなかったが、当事者である幹比古とエリカには、達也のセリフは実に白々しい物だった。
「達也君、何で昨日は手伝ってくれなかったのよ」
「ちょっと色々あってな。それに、あの発信機はそれなりに役に立ったはずだろ?」
「それは……まぁ闇雲に走らなくて良くなった分は楽出来たけど……」
「達也君がちゃんと捕えてくれてれば、昨日もほぼ徹夜で駆けまわる事も無かったのに!」
「仕方ないだろ。吸血鬼を追う他のチームと鉢合わせになって、一戦交えてた内に逃げられたんだから」
「それで、達也さんは怪我してないんですか?」
「問題無い。それに、それほど派手にやらかした訳ではないからな」
自己修復の事は、こんな場所で話せる内容ではない。だから達也は最初から怪我をしなかった事にして、そして話せない事実は伏せて本当っぽく話した。
「大体さー、先輩たちは指示を出すだけで、なんであたしたちが駆けまわらなければならないのよ!」
「そんな事俺に言われても知らん。七草先輩か十文字先輩に直接言えばいいだろ」
「あーもう疲れた! 午前中は寝てるから、あとで課題手伝ってよね」
「何で俺が……」
実に八つ当たり感満載のエリカに呆れながらも、達也はその申し出を断る事無く席に着いた。彼の前の席、レオは未だに退院する事無くベッドに横になっている。
「(そもそも、俺だってエリカや幹比古の事を気に掛けられる状況ではないのだが……)」
「達也さん? 大丈夫ですか?」
「ん? いや、大丈夫だ。美月に心配を掛けるような事は無いぞ」
「そうですか? 何やらお疲れのようでしたし……」
「色々とな。でも大丈夫だ。幹比古やエリカのように徹夜って訳じゃないしな」
隣の席から声を掛けられ、達也は何でも無い風を装い美月を安心させる。達也だって他人を心配させないようにする気遣いくらいは出来るのだ。
「そうですか。でも、達也さんでもお疲れになる事はあるんですね」
「あのな……俺だって人間だ。疲れもすれば怪我をする事だって当然あるんだが?」
「そうですよね……でも、達也さんが疲れてるところなんて滅多に見た事ありませんでしたし」
美月の、聞き様によってはかなり失礼な言葉に、達也は苦笑いを浮かべた。本当は色々と考え事が山積みで疲れてるのだが、この気の良い友人にこれ以上心配させないようにしようと思っての笑みだ。
だが美月は、達也が自分の発言に呆れてるのだと勝手に勘違いして、午前中の間ずっと達也の表情を見ては落ち込んでいたのだった。
幹比古の受難は続く……のか?