劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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魔の手が忍び込んで来る……


侵入

 それはエリカがとりあえず腰を落ち着かせて、三人一緒にサンドウィッチにかぶりつこうとした、その瞬間の事だった。

 

「痛ッ……!」

 

 

 美月が突然顔を顰めて両目をきつく閉じた。手からこぼれ落ちたサンドウィッチをエリカが空中で器用に掴み取る。だがそれは反射的な行動で、彼女の目も幹比古の目も、突然苦しみ出した美月に向けられている。

 美月は眼鏡を外して、両手で目を押さえている。苦しげな呟きが、その唇から漏れる。

 

「……なに……これ……こんなオーラ、見た事ない……」

 

 

 何が起こってるのか悟った幹比古は、咄嗟に呪符を取り出して霊的波動をカットする結界を張った。CADの携帯を禁止する校則の盲点をついた格好だが、そんな事を気にする人間は、今この場にいなかった。

 外に意識を向ける事で、幹比古もその波動に気づいた。

 

「これは『魔』の気配……」

 

 

 想子ではなく霊子の波。だからエリカには分からないし、幹比古も意識の焦点を合わせるまで気づかなかったのだ。

 純粋な「魔」の波動が結界を越えて流れ込んで来る。これ程の強さなら、オーラを遮断するレンズの効果を打ち消して、美月の目に影響を与えても不思議はない。

 

「柴田さん、眼鏡をかけて」

 

 

 しかし結界で緩和したこの状態なら、オーラ・カット・コーティング・レンズで波動を遮断できるはずだ。幹比古の考えた通り、眼鏡を掛け直させる事で美月の様態は落ち着いた。

 そこでやっと何が起こったのか考える余裕が生まれて、エリカと幹比古は青褪めた顔を見合わせた。

 

「まさか、吸血鬼が学校に? こんな昼間から? いったい何が目的で!?」

 

「いい度胸じゃない! ミキ、場所はっ?」

 

「エリカ、落ち着いて。まずは得物を取りに行こう。僕も呪符だけじゃ心許ない」

 

「……そうね。美月、教室で待ってて」

 

「私も行く」

 

 

 エリカの当然とも思える指示に、美月は首を横に振った。

 

「美月?」

 

「私も行った方が良いような気がするの。理由は……分からないけど」

 

「……分かった。でも、僕から離れないで」

 

「ミキ?」

 

 

 幹比古の思いがけない言葉に、エリカが目を丸くする。だが彼の答えもしっかり考えた上でのもので、雰囲気に流された訳では無かった。

 

「一人の時に襲われるより、一緒にいた方が対処しやすい。それに柴田さんの目は、きっと役に立つ」

 

「ハァ……ミキ、だったらアンタが責任もって美月をシッカリ守りなさいよ」

 

 

 これ以上は時間がもったいないとばかり、エリカはCADを預けてある事務室へ走り出した。幹比古もそのすぐ後に続いた。

 彼も、そして美月も、ラブコメ、あるいは青春ドラマを演じている場合じゃない事は重々理解していた。ただ、美月を置いてきぼりにしないよう手を繋いで走ったのは仕方の無い事だ――と、幹比古は自分に言い訳していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はエリカの機嫌が悪いので、達也は無理してエリカたちと昼食を共にしようとは思わなかった。だがエリカ、美月、幹比古が抜け、レオは入院中、雫は留学中なので、達也と共に食堂に行くメンバーは深雪とほのかとリーナの三人だった。

 深雪とリーナは言わずも無くの人気だが、ほのかも美月と並び、陰で上級生から人気の高い女子だ。その三人と一緒に食堂に行こうものなら、ものすごい視線を向けられる事は食堂に行く前から分かっていた。

 だから達也は食堂ではなく屋上で昼食を摂る事にしたのだった。

 

「大変ね、人気者も」

 

「人気があるのは俺じゃなく、三人だろ」

 

 

 昼食を買い、屋上に到着するや否やリーナが面白がってるのを隠そうともしない口調で達也に声をかける。

 

「そんな事ありません。お兄様の方が、深雪なんかよりも人気が高いんです!」

 

「そうですよ! 深雪やリーナは兎も角、私なんかが達也さんより人気が高いわけありません!」

 

 

 達也が一般的な考えを言うと、深雪とほのかがほぼ誤差なく達也の発言を否定する。普段なら達也の発言を否定するなど無礼極まりない、と思っているはずの深雪だが、達也が自分自身を否定する発言は、どうしても看過出来ないのだ。

 

「お兄様はご自分の事を低く見過ぎなのです。お兄様には誰にも真似出来ない事があるのですから」

 

「そうですよ! 達也さんはもっと自分の評価を高めるべきなんです!」

 

「そうか……二人とも、少し落ち着け」

 

 

 ヒートアップする二人に、達也が苦笑いを浮かべながら落ち着かせる。彼の後ろでは、リーナが笑いを堪えている。達也は気配だけでリーナが堪えているのに気が付いていた。

 

「リーナも面白がってないで手伝え」

 

「なんでワタシが」

 

「元を辿れば原因はリーナだろ」

 

 

 彼女の冗談発言が原因で、深雪とほのかがヒートアップしてるのは、ある意味事実だが、リーナからすれば、二人がここまで熱くなってるのは達也が原因だと思っているのだ。

 

「とりあえず落ち着きなさい、ミユキ、ホノカ。タツヤが困ってるわよ」

 

「申し訳ありません、お兄様」

 

「達也さん、ごめんなさい」

 

 

 普通に説得しても無駄だろうと、リーナも心得ていた。達也が困ってる、と言うだけで二人は冷静さを取り戻し、達也に深く頭を下げた。

 

「そう言えばリーナ。午後から君の知り合いがここに来るんじゃなかったのか?」

 

「えっ? ……何でタツヤがその事を?」

 

「俺にだってそれなりに伝手はあるさ」

 

 

 マクシミリアン・デバイス社に潜入しているミカエラ・ホンゴウが午後、CADの定期検査の為に第一高校を訪れるのだが、リーナは何故達也がミアの事を知っているのか不思議でしょうがなかった。

 実は達也はミアの事は直接知っているわけではない。『とある事情』で彼女の事を知っており、その彼女がこの場所に向かっているのを、先ほど確認しただけなのだ。

 

「お兄様、先ほどから嫌な感じがするのですが……」

 

「さすが深雪だな。まだ距離があるのに、もう気づいたのか」

 

「あの、達也さん? いったい何なのですか?」

 

「もう少しすれば分かる。本当は学園に入られたくなかったんだが、もう遅いな」

 

 

 マクシミリアン・デバイス社のトラックが校門付近を走ってるのを見て、達也は小さくため息を吐いた。感受性の高い人にはもう気づかれてるだろうし、今から止めても遅いと、達也自身が分かっているのだ。

 

「ほのか、俺から離れるなよ」

 

「わ、分かりました」

 

「深雪、リーナ、行くぞ」

 

「は、はい!」

 

「わ、分かったわ」

 

 

 事件が起こってからでは遅いので、達也は早めに動き始めた。エリカたちと違うのは、CADを取りに行く必要が無い事だった。




原作ではリーナは別行動なんですけどね……

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