達也たちが侵入者と対峙しようと移動していた途中、泣きそうな顔をした真由美が達也の姿を確認するとそのまま彼に近づいてきた。
「達也君、大変! 大変なのよ!」
「大丈夫です。落ち着いてください」
「これが落ち着いてられるわけないでしょ! 吸血鬼が……って、達也君も気づいてたの?」
真由美が何で慌てているのかに見当がついている様子の達也に、真由美は少し驚いた表情を見せた。先ほどまで大慌てしていたのが嘘のような変化だった。
「先輩たちに周波数やパターンを教えたのは俺です。その電波を捉えられても不思議ではありませんよね」
「それは……そうだけど……って、驚いてる場合じゃないのよ! 資材搬入口の辺りから例のシグナルを受信したのよ! だから急いで……」
「先輩はモニターの操作をお願い出来ますか」
「モニター?」
自分も現場に行くつもりだった真由美は、達也の提案に首を傾げた。
「タツヤ、悪いけどワタシは先に行くわね」
「ちょっと、リーナ!」
真由美と話している時間も惜しかったのか、リーナが達也たちをおいて先に資材通用口に向かう。その背中にほのかが声をかけたが、リーナは止まる事無く進んでいってしまった。
「何なんでしょうか……」
「リーナにも思うところがあるんだろうさ。それで先輩、モニターの操作はお願い出来るでしょうか?」
「それは構わないけど……何でモニター?」
「色々と知られたくない事がありますからね。俺にも、深雪にも、リーナにも。それに、先輩たちだって校内に敵が侵入された、なんて全校生徒に知られたくは無いですよね? 映像も残さなければどうとでも言い訳が出来ますので」
「相変わらず人が悪いわね……まぁ、確かに校内に敵が侵入したなんて事実が発覚したら問題だしね。その代わり、達也君は今度私に付き合ってよね」
「……何が代わりなのか分かりませんが、俺に出来る事ならやりましょう」
「約束だからね!」
妙に浮かれている真由美を見て、つまらなそうな顔を見せる美少女が二人。もしリーナがこの場に残っていたら似たような表情を見せたのだろうが、達也はその二人に気づかないフリをして話を進める。
「では俺たちは搬入口へと向かいますので、先輩は頼んだ事をお願いしますね」
「了解よ。一応すぐ連絡がつくように、電話は繋いでおきましょう」
「分かりました」
通話状態の端末をポケットにしまい、いよいよ達也たちは現場へと急ぐ事にした。
CADを返却してもらおうと急いだエリカたちだったが、事務員は異変に気づいていなかったので、エリカたちの返却要請を却下していた。
「吉田、どうした……ああ、受信機を持ってないのに良く気が付いたな」
「十文字先輩」
何度めか分からない返却要請をしようとしたタイミングで、彼女らの背後から重厚感のある声がかけられた。
「CADは在りませんが、僕には呪符がありました。それに、柴田さんの目は僕らよりもよほど『魔』の気配に敏感だったようです」
「なるほどな。CADの返却をお願いします」
幹比古たちが何故この場にいるかに納得した克人は、そのまま事務員に向かってCADの返却を求めた。
「し、しかし……CADの返却は緊急時を除き……」
「その緊急時だから返却を求めているのです。そして、この二人は自分のアシスタントです」
「……分かりました」
克人の圧に負け、事務員は渋々と三人のCADを返却する。職員を脆弱だというには、克人の迫力があまりにも強すぎだと、幹比古には思えていた。
「場所は分かってるな」
「はい」
「おそらく七草たちも気づいてるだろう。互いに邪魔をしないように動くぞ」
これはエリカに向けられた言葉。真由美とエリカが妙な敵対意識を持っている事を、さすがに克人も気づいている。だがそれを如何にかしようとは思っていなかったのだ。
現場に到着してすぐ、幹比古は普通の魔法師には見えない『精霊』を飛ばした。もしこれに気が付くのなら、その相手が吸血鬼だと判断出来るからだ。
すると一人の女性が、『精霊』を見て忌避を示した。それを見て幹比古は彼女が『ソレ』だと判断したのだった。
「彼女です。間違いありません」
「あれは、リーナ……彼女、グルだったのね」
近くにリーナの姿を見て、エリカが呟いた。だが彼女の考えに対する答えは、この場にいる克人や幹比古は持ち合わせていなかった。
「視覚と聴覚を遮る結界を張ります。機械は誤魔化せませんが……」
「そちらは俺が何とかしよう」
幹比古が克人と頷き合う。幹比古の背後には、怯えを隠せない顔で美月が身体を縮こませている。
「エリカ、まだだよ」
「分かってる」
気が逸っているいるのは確かだが、それでも冷静さを保っている返事に頷いて、幹比古は手にした呪符を投げた。六枚の短冊が、まるで見えない羽根を構えているように空中を低く滑って行く。呪符はトレーラーを取り囲む正六角形の頂点に着地した。
「行きます」
幹比古が両手で印を切った。現代魔法とは術理の異なる、知覚阻害の領域魔法が発動した。
一足先に到着していたリーナだったが、ミカエラが虫を追い払うように手を振ってるのを見て、訝しげに首を傾げた。
「ミア……どうしたんですか?」
今が夏なら全く違和感の無い仕草だ。春でも秋でも不思議がるほどの事でも無い。だが季節は冬。それも暖冬ではなくまともに寒い。部屋の中なら兎も角、屋外を羽虫の類いが飛び回ってるはずも無かった。
「いえ、何でもありません」
声だけ聞いていれば本当に何でも無い事で、深い意味は無かったように思える。だが彼女の表情は、確かに動揺を示していた。
「(ミア、何をそんなに慌ててるの?)」
その表情を見て、リーナは彼女が失策を犯したと理解し、それを確かめなければならないと直感した。
「ミア、貴女いったい……!? 何これ? 囲まれた!?」
色々と迷っていたリーナだが、それ以上決断に悩む必要は無かった。認識阻害の領域魔法が自分を取り囲んで発生した事に、リーナは意識を奪われたからだ。
涙目の真由美……なかなか良いかもしれない