劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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多分無理は無いはず……いや、自分の中で、ですけど……


剥離

 あまりに呆気ない結末に、思わず構えを解いたエリカが気の抜けた声をで問い掛ける。

 

「深雪?」

 

 

 彼女の視線の先に姿を現したのは、間違えようもなく深雪だった。その背後には達也の姿も見える。

 

『何が起こってるんです!? リーナ、大丈夫ですか!?』

 

「今は大丈夫です。ですが、手の空いているソルジャーを増援に寄越してください。もしかしたら少々荒っぽい脱出になるかもしれません」

 

『分かりました。すぐに手配します』

 

 

 焦った声で安否を訊ねてきたシルヴィアに、リーナが微かな囁きで指示を出す。リーナがシルヴィアと会話している間に、達也がリーナの前に歩み寄っていた。

 

「カット」

 

 

 リーナが素早く一言呟いた。シルヴィアの魔法が切れる。無駄かもしれないが、手の内を隠す為の措置だ。達也はリーナが何か呟いたのを見ていたはずだが、その事については何も言わなかった。

 

「リーナ、どうやら知り合いらしいが、彼女はもらっていくぞ」

 

 

 そう言いながら、氷の彫像と化した彼女の隣人へ向けて達也が近づいていく。

 

「マクシミリアンの人たちは……殺したの?」

 

「人聞きの悪い事を。少し眠ってもらっただけだ」

 

 

 マクシミリアンの社員は協力者というわけではなく、ミカエラの素性も知らなかった、単に巻き込まれただけにすぎない民間人だ、彼らが騒ぎを起こしてくれれば状況打開のチャンスも生まれたかもしれないが、これ以上迷惑を掛けずに済んでホッとした、というのも確かにリーナの本音だった。

 仕方なくではあろうが納得して引き下がったリーナに代わり、勝者の権利を主張する構えを見せる少女がいた。

 

「ちょっと待ってよ。勝手に持って行かれちゃ困るんだけど。達也君にはバカバカしく見えるかもしれないけど、あたしたちには面子ってものがあるの。その女がレオをやったヤツなら、いくら達也君でもくれてやるわけにはいかないわよ」

 

「別に要らんな。そもそも彼女の意思でレオを襲ったわけでもないんだろ、リーナ?」

 

 

 エリカが敵意を向けて来たが、達也はそれをまるっと無視して、事情を知っているであろうリーナに視線を向けた。

 

「身体はミアの物でも、意思はおそらく別物よ」

 

「どういう事よ……」

 

「タツヤ、例のニューロン構造がミアにもあると思うんだけど、それをミアから引き離せば元に戻るかしら?」

 

「知らん。そもそもどうやって剥離する気なんだ? まさかこんな場所で頭蓋骨を切開して脳を取り出すわけでもあるまい」

 

 

 達也の発言に、幹比古と美月が気持ち悪そうに口元を押さえた。おそらくはその光景を想像してしまったのだろう。

 

「ワタシには出来ないけど……タツヤなら出来るんじゃないかって」

 

「俺が?」

 

 

 懇願するようなリーナの視線を受け、達也は何となく視線を深雪に向けた。そしてその視界には辛うじてミカエラも映っていたので、それに気付いたのは達也が一番早かった。

 

「深雪、そこから離れろ!」

 

「お兄様?」

 

 

 珍しく大声で指示してきた達也に、一瞬理解が追いつかなかったが、すぐに状況を理解して深雪は氷の彫像から離れた。

 

「伏せろ!」

 

 

 状況を理解した克人が、他のメンバーに向けて命じる。克人の視線がミカエラから離れた一瞬の隙に、達也は右手でCADの引き金を引いた。

 自爆、なのかは分からないが、ミカエラを氷漬けにしていた深雪の魔法はその爆風で粉々に飛び散り、氷漬けにされていたミカエラ・ホンゴウはその場に倒れた。

 

「さて、彼女から何かが抜けて空中に留まってるわけだが」

 

 

 トレーラーの影に隠れながら、パラサイトの攻撃を撃ち落としている達也の横では、エリカが厳しい顔をミカエラに向けている。

 

「司波、何故だと思う」

 

 

 同じくパラサイトの攻撃から護るための障壁を展開しながら、同じように余裕が出てきた克人が達也に訊ねる。今達也と克人は、深雪、エリカ、リーナを間に挟む形で背中合わせの陣形を取っている。お互いの顔は見えないが、質問の意図を理解するのに不自由は無かった。

 

「意図的なものか本能的なものか分かりませんが、俺たちをこの場に留めたい理由があるようですね」

 

「逃げる気になれば、何時でも逃げられるという事か」

 

「少なくとも俺には、拘束する手段がありません」

 

「俺もだ。そもそも何処にいるのか分からん」

 

 

 相手は霊子情報体なので、座標は分かるが構造が分からないので、達也には攻撃手段が無いのだ。

 

「リーナ、何か知らないか」

 

 

 そのセリフの最中に、達也は振り返りざまエリカにCADを向け、引き金を引いた。彼女の隣で生じかけていた魔法の兆候が霧散する。

 

「……ヴァンパイアの本体はパラサイトと呼ばれる非物質体よ」

 

「ロンドン会議の定義だろ。それは知っている」

 

 

 黙秘を決め込もうとして、そんな場合じゃないと思いなおしたリーナの渋々な感じの口調の言葉に、達也はあっさりとそう返した。その返事にリーナはタップリ十秒、絶句した。

 

「……何なの、アナタたちって。まさか日本の高校生が皆、こんなだっていうんじゃないでしょうね」

 

「安心しろ。俺たちは色んな意味で例外だ。それで?」

 

 

 特別と言わずに例外と言った、その裏に潜む屈折した心情をリーナが理解したかどうかは定かではない。達也自身も明確には意識していなかったのだから、分からなくても不思議ではないが。

 

「パラサイトは人間に取り憑いて人間を変質させる。取り憑く相手に適合性があるらしんだけど、宿主を求めるのは自己保存本能に等しいパラサイトの行動原理らしいわ」

 

「つまり、彼女にもう一度取り憑くと?」

 

「分からない。もしかしたら別の人かもしれないけど……」

 

「どうやって」

 

「知らないわ。ワタシが教えてほしいくらいよ」

 

「……使えん」

 

「悪かったわね!」

 

 

 憎まれ口を叩きあいながらも、達也はあちこちに発生している魔法の兆候を撃ち落としている。

 

「ミアが目を覚ましたら聞いてみましょう。元に戻ってるかは分かりませんが」

 

「取り憑かれていた時の記憶があればいいが」

 

 

 完全に『分解』して密かに『再成』したので、もしかしたら記憶も無くなってるかもしれないと達也は思っている。だがそんな事に気を割けるほどの余裕は、いくら達也でも持ち合わせていなかったのだった。




パラサイトを強制的に剥がして、自爆の爆風を分解。多少負った傷を再成で無かった事に。これでミアが生き残っても特に物語には影響しないはず……

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