劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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最後に大きな爆弾が……


盗聴会話

 かつて外交と言えば、砲艦外交か密室外交と相場が決まっていた。やがて、バランス・オブ・パワーの時代を経て大同盟が外交の基本方針となり、それと同時に外交スタイルも議会・セレモニー型が主流となったが、砲艦外交が姿を消したわけではない。秘密外交はセレモニーを成功させるために欠くことの出来ない下準備をして、これに携わる者は外交の花形から外交の職人へと姿を変え、今も世界を暗躍している。

 何時でも、何処でも、この世界から陰謀の種が尽きる事は無い。今夜も、この国でも。

 

「……全く、狂信者という輩は度し難いものです」

 

「ハハハ……あの手の連中は走らせるのは簡単ですが、手綱を取るのは困難ですから」

 

 

 テーブルを挟んでスーツ姿の中年の男が、向かい側に座る、やはりスーツ姿の、ただしこちらはモンゴロイドではなくコーカソイドの中年の男に酒を勧めた。

 コーカソイドの男は在日期間が長いのか、あるいは趣味、もしくは教育の賜物なのか、差し出された徳利から注がれる透明な液体を小さな杯、つまりお猪口で受け取ると、作法に従いそのまま口元に運ぶ。

 

「改めて考えると実に不思議で、何と言いますか上品な酒ですな、この清酒という酒は……蒸留していないのに無色透明なのですから」

 

 

 そつなく相手国に対するお世辞を挿むのも忘れない。

 

「いえいえ、ワインの鮮やかな赤に比べれば華やかさに欠けていることは否めません。無論、味の方はご満足いただける物をご用意したつもりですが」

 

 

 お世辞を受けた方も、謙遜とアピールを忘れない。向かい合う二人の共通点は、心の裡を見せない事。

 

「本当ですね……このまま心地よく酔いしれたいところですが、先ほども申しました狂信者どもが無法を尽くしているものですから、なかなかゆっくりは出来ません」

 

「貴国滞在中の同胞の安全に特段のご配慮をいただいている件につきましては、感謝にたえません」

 

「いえいえ、当然の義務ですから。とはいうものの相手は理屈の通じない狂人ですからな……例えば、大亜連合艦隊を殲滅した大爆発は科学的に体系化された魔法技能によるもので悪魔の仕業などではないと、いくら説明しても聞こうとはしないのですよ」

 

「相手が聞く耳を持たないからといって、保護すべき外国人に被害が出た時の言い訳にはなりませんからね……ご同情申し上げます」

 

 

 二人は相手に向けて交互に徳利を傾け、示し合せたように同時に杯を呷った。

 

「これは愚痴と思って聞いていただきたいのですが、せめてあの『グレート・ボム』の概要だけでも明かしていただければ、彼らを大人しくさせる事も出来ると思うのです」

 

「……これも愚痴だと思って聞いていただきたいのですが、朝鮮半島南端で使用された兵器については、軍部が握り込んでいるのですよ。いくら機密性が高いとっても、シビリアンコントロールは民主主義の基本なのですが、軍人というのは何故ああも頑固なのか」

 

 

 二人の視線が瞬時に火花を散らし、刹那の後にはどちらの瞳も空っぽの笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 盗聴した会話の再生を止めて、響子が顔を上げた。

 

「今、聞いてもらった通りよ。今回はウチの外交官連中も結構頑張ってるみたい。さすがに『戦略級』の重要性と特殊性は理解出来ているんでしょうね」

 

「それに」

 

「んっ?」

 

 

 何かを言い淀んだ達也に向かって、小首を傾げ響子が続きを促す。

 

「……それに、外交官にも面子があるのでしょう。三年前、一方的な侵攻を受けて、日本中から腰ぬけの罵倒を浴びながらも必死で非軍事的解決を探り奔走していたというのに、その努力を真っ向から虚仮にされたんですから」

 

「それは大亜連合のやった事ですよね……?」

 

 

 響子には釈迦に説法だったが、深雪にはピンと来なかったようだ。

 

「日本とUSNAは同盟国だが、同時に西太平洋地域における潜在的な競合国である。日本の適度な弱体化はUSNAの利益に適ってるんだ。一方で大亜連合は大国と言っても日米同盟と正面からやりあう力は無い。そんな博打を打たなければならない程、国内状況も追いつめられてはいない。では何故、大亜連合は横浜侵攻という暴挙に出たのか」

 

「大亜連合には日本とアメリカを同時に相手取る力は無い……アメリカは日本の同盟国だけど、日本が今よりも少し弱くなれば良いと考えている……」

 

 

 独り言のようにそう言って、深雪は「あっ!」とばかり口元に手を当てた。

 

「まさか……大亜連合とUSNAが裏で手を結んでいたのですか?」

 

「手を結んでいた、というのは言い過ぎかもしれないが、一種の共謀関係にあった可能性はかなり高いと思う」

 

 

 達也が響子の方へ目を向けると、小さく頷いた。

 

「例えば大亜連合の軍事侵攻に対し、USNAは太平洋艦隊の出動を故意に遅らせる、とか」

 

 

 達也の推測に対する響子の反応は肯定的なものだった。

 

「実際、あの時のUSNA艦隊の動きは……後から思い返してみれば不自然なくらい鈍いものだったわ」

 

「おそらく大亜連合軍の目的は、領土の占領や重要施設の破壊ではなく、技術者の拉致と技術の強奪にあったのではないでしょうか?」

 

「そうでしょうね。場所と戦力から考えると、それ以上の戦果は望めないもの。艦隊の動員はあくまでも作戦失敗に備えたものだったのでしょう。結果は彼らにとって藪蛇もいいとこだったけど」

 

「雉も鳴かずば撃たれまい、ではないかと。藪を突いて出てきた蛇に悩まされているのは、むしろ俺たちの方ですから」

 

「最大の当事者の発言には、さすがに実感がこもっているわね」

 

 

 達也はポーカーフェイスを装っていたが響子には通用しなかったようだ。

 

「さてと、私はそろそろお暇するね。いくら『青田買い』って名目があっても、軍人が日曜日の一般家庭に長居するのは不自然ですものね」

 

「今日はわざわざありがとうございました」

 

 

 玄関まで見送ったところで、響子はハンドバッグに手を突っ込んで、綺麗にラッピングされた小箱を取りだした。

 

「はい、二日早いけどチョコレートよ」

 

「ありがとうございます」

 

「……相変わらずクールね。他の隊員に渡した時はもう少し嬉しそうにしてくれたんだけど」

 

「俺はそういった感情とは無縁ですから」

 

「そうね……何時か達也君にも反応してもらいたいわね」

 

 

 呆れたように響子を見ていた達也の一瞬の隙を突いて、響子は達也の頬に口付けをした。

 

「これはおまけよ」

 

 

 この後起きるであろう事を理解していたので、響子は颯爽と玄関から逃走したのだった。




この後の事は、皆さんならおわかりですよね?

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