劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

342 / 2283
ピッタリのタイトルだと思う……


チョコレートホイホイ

 女子の制服は男子の制服に比べて着替えるのに手間がかかる。これは一高に限った事ではなく、どの学校でも似たようなものだろう。

 短い休み時間、体育前の更衣室は常に慌ただしい雰囲気に満たされている。大急ぎで服を脱ぎ、ハンガーに掛けてロッカーに納め、体操着に着替える。ロッカーは生体認証付きの物が人数分用意されていて、生徒は使用の都度自分の静脈パターンを登録する仕組みなので、その時間も計算に入れなければならない。

 

「あら、リーナ。何時もの場所が塞がっていたの?」

 

 

 CADと情報端末をロッカー内の小物入れに仕舞いながら、深雪が隣に来たリーナに訊ねた。一年も二月になればロッカーの位置もだいたい決まっていて、深雪は右壁際中央のロッカーを使い、左側がほのか、右側が雫という並びで着替えをしていた。雫が留学中の為、深雪が使ってるロッカーの右隣は一年A組に限り余り物状態だったのだ。

 

「そういう訳じゃないけど」

 

 

 リーナは普段入口近くのロッカーを使用しており、深雪の隣で着替えるのはこれが初めてだった。短く答えたリーナに、深雪は興味なさそうに応え上着に手を掛けた。

 

「誰にチョコレートをあげるのかって……悪気が無いのは分かるんだけど、少し煩わしくなっちゃって」

 

「みんな気になるのよ。リーナは可愛いから」

 

「じゃあ何でミユキは質問責めに遭わない……のよ」

 

 

 リーナの反論が途中で切れたのは、深雪が制服のワンピースを開けて右肩を抜こうとした瞬間だった。特に何と言う事のないその仕草が、リーナの眼を釘付けにして舌の回転を滞らせたのだ。

 

「さぁ? 色気が無いからじゃないかしら」

 

 

 深雪のセリフに、リーナは訳も分からずムッとした。張り合うように制服のワンピースを勢いよく脱いだのは意識しての事では無い。制服の下から現れたリーナの半裸身に、今度は深雪が感心したように息を吐いた。

 

「リーナ、スタイル良いわね。羨ましいわ」

 

「それ、嫌味? ミユキの何処にワタシを羨む理由があるのよ」

 

「だって、腰もお尻も丁度良く引き締まっていてとてもセクシーよ。痩せているんじゃなくてシェイプアップされているのよね、リーナは」

 

「ミ、ミユキの方こそ、筋張った所が少しもない、とても女の子らしい身体つきで嫉妬しちゃいそう」

 

 

 互いに互いの身体を褒め合い、深雪に至ってはリーナの腰に手を伸ばし、小悪魔的な微笑みを浮かべている。深雪がリーナの腰から手を離したタイミングで、ガタンと背後で大きな音がした。

 深雪が振り返り、リーナが目を向ける。そこではほのかが腰を抜かしかけてロッカーに縋りついていた。

 

「……早く着替えてしまいましょうか」

 

「ええ」

 

 

 深雪の提案に、同じ事を感じていたリーナが二つ返事で頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園中が浮ついた空気に包まれており、その空気は昼休みになっても収まる事はなく、むしろ更に浮ついたと言えるだろう。

 

「あっ、司波君!」

 

「はい?」

 

 

 廊下に出て暫く歩いたら、背後から声を掛けられた達也。相手は声と気配で分かっていたので、特に反応を見せずに振り返った。

 

「平河先輩、それに千秋。何か用ですか?」

 

「これ、お世話になったお礼です」

 

「私からも。お姉ちゃんを救ってくれて、そして私を許してくれてありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

 あからさまな義理チョコだが、達也は二人から丁寧にチョコを受け取り、その場で一礼した。

 

「それじゃあね。あんまり司波君の傍にいると、他の人が渡すタイミングが無くなっちゃうから」

 

「司波君はモテモテだもんね」

 

「千秋、それは死語だ」

 

 

 苦笑いを浮かべ平河姉妹を見送り、移動を再開しようとして再び背後から声を掛けられる。

 

「達也君、今ちょっといいか?」

 

「渡辺先輩、それに市原先輩も」

 

「少しだけ付き合ってもらいたいのですが」

 

「……分かりました。生徒会室……は、ダメか。風紀委員会本部で良いですか?」

 

「あたしは何処でも構わないが」

 

「エリカが見てますよ?」

 

「……君の心遣いに感謝する」

 

 

 別に義理だから問題は無いのだが、自分の兄を取った(とエリカは思っている)相手が別の男にチョコを渡してるところを目撃したら、した方もされた方も色々と問題があるのだろう。達也の提案で三人は風紀委員会本部へと向かった。

 

「ところで、花音は何処に行ったんだ?」

 

「千代田先輩なら、生徒会室で作業中の五十里先輩の許に、弁当箱いっぱいのチョコレートを持っていっていますよ」

 

「なるほど。だから生徒会室はダメだったんだな」

 

 

 先ほどの達也の呟きを覚えていた摩利が、うんうんと頷きながら生徒会室へと続く階段を眺める。

 

「それで、お二人の用件をお訊きしても?」

 

「ああ、用件ってほど大層な事じゃないさ。これを君にあげようと思ってね」

 

「私からも、司波君には色々とお世話になりましたので」

 

「ありがとうございます。お返しは卒業式の時に、お祝いと一緒に渡しますので」

 

「別に気にしなくてもいいぞ。君はお返しの量が多そうだしな」

 

 

 達也の戦果(とは本人は思って無いが)は、上級生にも知れ渡っている。そもそも、同学年だけではなく、上級生からもチョコを貰っているので、その事が学園に広まっていてもおかしくはないのだが。

 

「そんなに貰うような事をした覚えは無いのですが……」

 

「義理、という事にしておいているんだろ。君にはほら、あの妹がいるから」

 

「俺と深雪は兄妹なんですが……」

 

 

 口だけの抗議だと言った本人も理解しているので、その後は特に盛り上がる事無く風紀委員会本部から出た。摩利、鈴音と別れて暫く、再び背後から声を掛けられた。

 

「やっと見つけたわよ~」

 

「……何かご用でしょうか、安宿先生」

 

「これ~。君には色々と訊いたりしたしね」

 

「お世話になったのは、むしろ自分の方だと思いますが……」

 

「男の子が細かい事を気にしちゃダメよ~? それに、女が勇気を出して渡した物なんだから、素直に受け取ってほしいわね~」

 

「……ありがたく頂戴致します」

 

 

 午後のカリキュラム開始時刻が迫っていた為、達也もこれ以上の抵抗は見せなかった。教室に戻ってきた達也を待ち構えていたのは、クラスの大半と言っても良い女子からのチョコレート攻撃だった。




漸く真由美まで辿りつける……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。