劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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更にチョコレート攻撃が……


真由美の策略

学園中の浮ついた空気は放課後も続き、風紀委員の見回り担当だった上級生に頼まれ(半ば強引にだが)、放課後の見回りを担当する事になった達也は、カフェから悲鳴のような声を聞いた。

 

「あら達也君。今日は巡回の日じゃ無かったんじゃないの?」

 

「先輩たちは用事があるようでして、今日の巡回は俺と森崎の二人です」

 

「体よく押し付けられちゃったのね。森崎君は分かるけど、達也君は放課後も忙しそうだと思ったんだけどな」

 

「俺がですか? まぁ資料を漁ろうとは思ってましたけど」

 

「……分かっててやってるでしょ?」

 

 

 真由美が意図した事を自分で認めるのは、何となく自惚れが強いと思った達也は、良く使っている放課後の予定を聞かれた時の「用意された返事」をしたのだが、真由美にはそれが通用しなかった。

 

「まぁいいわよ……ところで達也君、ちょっと時間良いかな?」

 

「それは構いませんが……服部会頭は何を召し上がられたのですか?」

 

 

 真由美の誘いを受けながら、達也は彼女の前で苦しそうに倒れている服部に視線を向けた。

 

「校内で毒物、という事も無いでしょうし、これほど苦しそうにもがくなど、余程の物を食べたのでしょうね」

 

「……うん、まぁ毒じゃないから」

 

 

 全て分かってる、という感じの達也に視線を向けられて、真由美は気まずそうに達也からゆっくりと視線を逸らしていく。

 

「し……司波……」

 

「はい、何でしょう」

 

「……水を」

 

「分かりました。少々お待ち下さい」

 

 

 気絶していたと思っていた服部の呻き声に、達也は素直に反応した。一瞬ミネラルウォーターとウォータークーラーのどっちにするか迷ったが、ウォータークーラーの方が近かったのでそっちを選択した。

 

「服部会頭、水です」

 

 

 服部の目の前のテーブルに水を置き、声を掛ける。その声に反応した服部が、もぞもぞと手だけを伸ばして水を探し、掴んだと思った次の瞬間には物凄い勢いで水を飲み干した。

 

「ふう……司波、すまなかったな。礼を言う」

 

「いえ……本当に大丈夫ですか?」

 

 

 服部と達也の関係は、未だに非友好的だが、相手を心配する事くらいはする。達也の態度に服部は一瞬戸惑ったが、すぐに何時もの調子を取り戻した。

 

「大丈夫だ。それではかいちょ……じゃなかった。七草先輩、自分はこれで失礼します」

 

「うん、じゃーね」

 

 

 達也の見立てでは、真由美が服部の気持ちを利用してストレス発散をした、と確信している。先ほどから鼻を突くカカオとコーヒーの匂いは、達也の考えが正しい事を裏付けていた。

 

「えっと、とりあえず座ってくれる?」

 

 

 真由美が達也に着席を促したタイミングで、この場に二人の少女がやってきた。

 

「あっ、ここにいた!」

 

「こら、エイミィ! 走るなと言っただろ!」

 

「ごめんなさい。あっ、会長……」

 

「七草先輩だろ」

 

「……エイミィ、里見、何か用か?」

 

 

 慌ただしく掛け込んできたエイミィと、大人しく、だがエイミィ相手に集中し過ぎているスバルを前にため息を吐きたくなったが何とか堪え、達也は二人に声を掛けた。

 

「何の因果かボク達が代表に選ばれてしまってね……受け取ってくれたまえ」

 

「今日は随分と芝居がかってるんだな」

 

「さすがのボクも素面では恥ずかしいんだよ」

 

 

 紙袋いっぱいに入ったチョコレートを達也に差し出したスバルは、達也が言うように何時も以上に芝居がかっていた。

 

「一応、何の代表か聞いて良いか?」

 

「九校戦一年女子チームの代表だよ! あっ、でも深雪とほのかの分は入って無いから。あの二人は自分で渡したいだろうし。あと、雫の分も入って無いよ。帰ってきてから渡すって言ってたから」

 

「それは司波君には内緒だと、雫は言って無かったか?」

 

「………あっ! 司波君、今の聞かなかった事にして! ねっ?」

 

 

 エイミィのおねだりに、達也は苦笑いを浮かべながら頷いた。頷くしかなかった。

 

「良かった。それじゃあ司波君、会長……じゃなくて七草先輩、失礼しました!」

 

「お邪魔しました」

 

 

 慌ただしくこの場を去っていく二人を眺めて、真由美がついつい呟いてしまった。

 

「若いって良いわね……」

 

「先輩だって十分若いですよ」

 

「ありがと。でも私にはあんな勢いは無理よ」

 

 

 揃って苦笑いを浮かべてから、真由美は本来の目的だった物を達也に手渡したのだった。

 

「はい、これ。バレンタインのチョコレート」

 

「ありがとうございます」

 

 

 真由美から手渡されたのは、九校戦一年女子チームから貰ったチョコとは違い、明らかに本命用の大きさだったので、達也は一瞬受け取るのに戸惑った。

 さっき大量のチョコを貰って無ければ「甘い物が苦手」という常套文句で受け取りを拒否出来たのだが、既に受け取ってしまってはその文句は使えない。

 

「ねっ、今食べてくれる?」

 

「ここで、ですか? 周りがこれ程見てる場所で、先輩からもらった物を食べろと?」

 

 

 達也に言われてから、真由美は周りの目の事を思い出した。

 

「そうね……じゃあ何処かに移動して……」

 

「それでしたら何処か空き教室で」

 

 

 達也の言葉に一瞬勘違いをした真由美だったが、続く言葉には勘違いの余地は無かった。

 

「少し先輩にご相談したい事があります」

 

「聞かれちゃまずい事?」

 

「そうですね。色々とマズイかもしれません」

 

 

 達也のセリフは、周りの人たちに勘違いさせるようになっているが、真由美にはその勘違いは起こらない。周りからは死角になっているが、達也の目が、真由美にその勘違いを許さなかった。

 

「……分かったわ。それじゃあ行きましょう。ついて来て」

 

 

 返事までに間が空いたのは、携帯端末を操作して空き教室を抑えたからだ。普通の生徒にはそんな事出来ないが、真由美なら造作もない事だ。

 

「分かりました」

 

「それから、コレ! 忘れちゃダメよ?」

 

 

 あえて勘違いを増長させるためか、真由美がわざとらしく達也にチョコレートを手渡す。この光景を見て、二人で空き教室に向かうのだから、これはもう勘違いしない方が少ないと言えるだろう。

 達也としても、勘違いしてもらえるのはありがたい事なのだが、何だか上手く真由美の掌で転がされてるような気分に陥った。それを証明するように、数十人の女子が真由美を見て羨ましそうに、数人の男子が達也を見て恨むような視線を向けていたのだった。




達也に攻撃が向かない分、服部が犠牲に……真由美に弄られるなら本望なのか?

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